冬季パラリンピックにおける日本人初の金メダリストである大日方邦子さん。チェアスキーの選手として数々の実績を残してきた一方で、スポーツ以外でも、TV局ディレクター経験やPR会社のシニアコンサルタントとして活躍。そして今は、日本パラリンピック委員会の運営委員などを務め、多くの選手の指導に当たっている。そんな大日方さんの成功の秘訣とは何か。そのキャリアの築き方やリーダーシップスタイルなどについてお話をお聞きしました。
パラリンピックに人生をかけてみたい
――スキー選手として活躍してきた中で、大日方さんに大きな影響を与えたロールモデルはいましたか。
大日方: 初めてパラリンピックに参加したときに出会ったアメリカのサラという女性選手です。彼女は当時トップアスリートでしたが、各国のライバル選手にも親しみを込めて声をかけてくれるような人でした。パラリンピックについても、なぜ参加するのか。それが社会的にどのような価値を生むのか。そして自分たちが伝えられるものとは何か。そんな強いメッセージ力を有した選手で、私も日本で彼女のような存在になってみたいと思ったのです。
セカンドキャリアを築くには視野を広げることが必要
――選手として大会に出場しながらNHKの番組ディレクターとしても活躍。スポーツとキャリアを両立されました。1998年の長野大会では冬季パラリンピックにおける日本人初の金メダリストとなるなど多くの成果を上げられますが、その後、キャリアの転換期を迎えることになります。
大日方:2000年代半ばからパラリンピックの世界でも選手のプロ化が急速に進むようになりました。どちらかを選ばなければならない状況になったのです。もしNHKの仕事を選べば、スキーの活動はどうしてもセーブしなければなりません。そのとき、やれるところまですべて挑戦したあとに自分は何を得ることができるのだろうか――。純粋に突き詰めてパラリンピックに挑戦してみたい。そして、自分の人生に挑戦したいという気持ちが強くなったのです。そこからスキーの世界に専念することになりました。
――1994年のリレハンメルから始まり、2010年のバンクーバーまで5大会に連続出場し、アルペンスキー競技で計10個のメダル(金2個、銀3個、銅5個)を獲得され、2010年に代表引退を表明されました。今先輩として、これから引退を迎える女性アスリートへセカンドキャリアのアドバイスとして、一番伝えたいことは何ですか。
大日方: 物事を広く見ることですね。スポーツの世界だけでなく、ほかの世界の切り口を持つことも重要です。今、日本でパラリンピックの選手を取り巻く環境が良くなっている一方で、選手にとってはスポーツがすべてであり、スポーツ以外のものになかなか目が向きにくい状況になっています。そうした中で、自分のセカンドキャリアを考えるのであれば、やはり視野を広げておくことが大切だと思います。
――大日方さんは現在、日本パラリンピアンズ協会の副会長をつとめていらっしゃいますが、リーダーの一人として2020年の東京大会に何を期待しますか。
大日方:この大会をきっかけに、日本という社会がもう少しお互いを許容し合える、寛容な社会になってほしいと思っています。大会では多くの国から、いろんな障がいをもった多様な人たちが集まってきます。まさに世界にはさまざまな人がいるのです。でも、そんな当たり前のことを日本で生活しているとなかなか実感できません。それを東京大会ではぜひ実感してほしいのです。もちろん多様であるがゆえに、ある種の衝突が起きるかもしれませんし、異文化を理解することは難しいと感じるかもしれない。しかし、それこそがチャンスになるのです。いろんな人がいることが当たり前で、いろんな人がいるからこそ力になる。そこに気付いてもらう一つのきっかけになることを期待しています。
あるべき姿に近づくために一番必要なものは何か
――組織を率いるリーダーとして、ご自身のリーダーシップスタイルはどのようなものだと思われますか?
大日方:もし周囲にプロフェッショナルな人たちが集まっている場合は、自分は大きな方向性しか示さないようにしています。細部まで指示を出したり、現場に出て行ったりすることは必要以上にはしません。一方で、もし何もないところからつくっていく場合には、自分が率先して動いていく。小さな仕事から大きな仕事まで、まずは自分がやり方を示す。そんなスタイルだと思いますね。
――リーダーシップを執るときの難しさとは何でしょうか。
大日方:失敗事例の話をしましょう。今、私は日本障がい者スキー連盟の常任理事(強化本部長)に就任して5年目になるのですが、最初に理事としてボードメンバーに加わったとき、とにかく自分ががんばるというスタイルで連盟に貢献しようとがむしゃらに働きました。しかし、自分がやり過ぎてしまって、周りがついてこられなくなったのです。それも部下ではなく、幹部たちがそうなってしまった。まったくバックグラウンドが異なる幹部らを顧みないまま、困惑させてしまったのです。そのとき、自分一人ががんばるものではない。周囲の理解を得ながら進むべきだという教訓を得ました。
――リーダーとして決断する際に、最も重要なものとは何でしょうか?
大日方:あるべき姿、理想の姿に近づくために一番必要なことは何か、優先順位をつけて考えることです。でも、決断するというのは本当に難しいものです。私も自分の決断によって、物事が決まるときは、自分の脈拍が上がっていることがわかりますから(笑)。
リーダーは学び続けることが大事
――ご自身が成長し続け、リーダーとしてのスキルを高め続けるために、どのようなことをなさっていますか?
<大日方> 学び続けることです。そして、もっとより良いリーダーになるための意欲を持ち続けることです。そうすると、自然にポジティブな感情が芽生えてきて、周囲にも良い影響を与えることができる。それがチームを前に進める力になるのです。そして、常にオープンマインドでいる努力をすることです。そうしていれば、おのずと道は開けるのです。
変化に柔軟に対応できるのは女性
――私どものEY女性アスリートビジネスネットワーク(WABN)の研究では、アスリートがビジネス界においてリーダーになる資質を備えているという結果が出ています。女性アスリートのビジネス界での活躍という観点から、これから5年、10年のうちにどのような変化が起きると思いますか。
大日方: これから働き方や組織との関わり方が変化していく中で、働くスタイルも多様化していくと思います。そのとき柔軟に対応できるのは女性のほうではないかと考えています。その意味で、個人的には、シンクロナイズドスイミングの選手だった田中ウルヴェ京さんに学ぶべき点は多い。彼女が今何を考えているのか。何に関心があるのか。直接話す機会も多いのですが、自分のロールモデルとして参考にしています。
――EY WABNのようなプログラムは、セカンドキャリアを考える女性アスリートに、どうすれば価値を提供していくことができると思われますか。
大日方:WABNでは世界中で活躍している女性の方々から、キャリア構築などさまざまなお話を聞く機会が頻繁にあります。そこで大事なことは、ワークショップで得たものを次にどのようにつなげていくのかということです。1回限りで終わるのではなく、その知恵を多方面に生かしていくことが必要です。それが自分の仕事のスタイルを確立していくことにつながると考えています。
――オリンピック・パラリンピック東京大会の後は、北京(冬季)へと続きます。ご自身の次の目標について教えていただけますか?
大日方:2018年の平昌大会では女性選手たちが大活躍しました。女性選手が金メダルを多数獲得する一方で、男性選手は金メダルを獲れませんでした。彼らは力があったのに、力を出し切れなかったという悔しさがあります。北京大会では男女選手がともに金メダルを獲ることを目標にがんばりたいと思っています。
※肩書・所属はインタビュー当時のものです。
サマリー
冬季パラリンピックにおける日本人初の金メダリストである大日方邦子さん。チェアスキーの選手として数々の実績を残してきた一方で、スポーツ以外でも、TV局ディレクター経験やPR会社のシニアコンサルタントとして活躍。そして今は、日本パラリンピック委員会の運営委員などを務め、多くの選手の指導に当たっている。そんな大日方さんの成功の秘訣とは何か。そのキャリアの築き方やリーダーシップスタイルなどについてお話をお聞きしました。