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EY Japanライフサイエンスシンポジウムレポート

ライフサイエンス業界へのデジタル化の大きな波 
「ライフサイエンス4.0」で業界はどう変わるのか

EY Japanのライフサイエンスセクター主催によるシンポジウム「EYライフサイエンス シンポジウム~業界に進むデジタル化の波~」が9月19日に開催された。本シンポジウムは、急速に変化するライフサイエンス業界において、特に重要なエリアとして位置づけられている診療データや臨床データなどのデジタル化とその活用について、最新の動向を伝えるものとなっている。

厚生労働省によるデータヘルス改革

シンポジウムの開始にあたり、EY Japanのライフサイエンスセクターリーダーである矢崎弘直が挨拶を行った。シンポジウムの会場となった日本橋は、LINK-Jの尽力もあってライフサイエンス企業の集積度が高まっており、ライフサイエンスタウンと呼べるほどのネットワークやイノベーションの中心になりつつある。こうした街の中心でライフサイエンスシンポジウムを開催できることを非常に嬉しく思うと述べた。

ライフサイエンス業界は非常に激しい変化にさらされており、特にデジタル化の波が大きな影響を与えている。デジタル化による大きな産業の変化は「インダストリー4.0」と呼ばれているが、EYでは特にライフサイエンス業界への影響について「ライフサイエンス4.0」と呼び、そのインパクトについて様々な分析を加えている。今後は個別化や健康の自己責任化がさらに加速し、データがその鍵を握る。その業界が変化する方向性の一端をお伝えしたいと述べた。

EY Japanライフサイエンスセクターリーダー 矢崎弘直
EY Japan
ライフサイエンスセクターリーダー
矢崎弘直

続いて、厚生労働省大臣官房審議官(社会保障担当)である伊原和人氏による基調講演「データヘルス改革について」が行われた。伊原氏はまず、17年前のデータヘルスとして「2002年の改革に際して公表された医療制度改革試案(坂口厚生労働大臣:2001年9月)」を紹介した。これには、電子カルテシステム導入促進のための用語、コード、様式などの標準化や、レセプト電算処理の導入に向けた取組みなど、医療のIT化がちょうどスタートしたばかりの状況が記載されている。

そして伊原氏は、現在の活用事例をいくつか紹介した。例えば、レセプトデータをもとに処方薬をジェネリックにした場合の金額を通知する「ジェネリック医薬品軽減額通知サービス」。ジェネリック医薬品の活用は、保険加入者は医薬品の自己負担額が軽減され、協会けんぽは医療保険財政の改善につながるなど、双方にメリットがある。このサービスにより、平成28年度には約1/4がジェネリック医薬品を使用するようになり、約236倍の費用対効果を実現している。また、このデータを活用して、協会けんぽ各支部のジェネリック医薬品使用割合の格差解消に向けた取組みも行っている。

厚生労働省としての取組みでは、健康寿命延伸に向けたデータヘルス改革として「保健医療記録共有」「救急時医療情報共有」「PHR・健康スコアリング」「乳幼児期・学童期の健康情報」「データヘルス分析」「科学的介護データ提供」「がんゲノム」「人工知能(AI)」の8つのサービスの提供を目指している。これに向けて、2017年1月に「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」、同3月には「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」が設立され、これらの報告書をもとに「国民の健康確保のためのビッグデータ活用推進に関するデータヘルス改革推進計画」を7月に発表。データヘルス改革として2020年度に8つのサービスの実現を目指すとしている。

データヘルス改革の大前提となるのが、オンライン資格確認など医療分野におけるIDである。日本では皆保険を有しているにもかかわらず、生涯を通じた個人のIDが存在しないと伊原氏は指摘する。データヘルス改革の基盤構築には、被保険者番号の個人単位化、オンライン資格確認システムの導入が必須となる。そこで厚生労働省では、現行の世帯単位の被保険者番号に2桁の番号を追加することで個人単位化し、マイナンバーカードでこれを確認するシステムを構築する考えだ。

その情報を支払基金・国保中央会に集約することで、加入者および保健医療機関・薬局の利便性を高める。また、失効保険証の利用による過誤請求や保険者の未収金を大幅に減少でき、保険者における高額療養費の限度額適用認定証の発行などを大幅に削減できるとしている。伊原氏は8つのサービスについて詳細に説明し、2020年度までに実現するとともに、以降もサービスの充実に取り組んでいくとした。

厚生労働省大臣官房審議官(社会保障担当)伊原和人氏
厚生労働省大臣官房審議官(社会保障担当)
伊原和人氏

ヘルスケアは、プラットフォームベースのビジネスモデルに

続いて、EYグローバル ライフサイエンスセクターのリーダーであるパメラ・スペンスによる「ライフサイエンス業界におけるデジタル化のインパクト(ライフサイエンス4.0の世界)」と題する講演が行われた。パメラ氏はまず、近未来のヘルスケアを想定した動画を紹介した。登場する女性セーラは、自身の健康だけでなく娘のゾーイ、父親のジョンの健康も管理している。家族はそれぞれ別々の医療機関で診察を受けており、服薬はスマートピルで管理し、靴の中やフォークにあるセンサーで症状を管理している。しかし、それらの情報は独立しており、症状の改善にはつながっていない。

3年後、ジョンのパーキンソン病が悪化し、手術によって脳にナノノードを接続、インテリジェントなシステムに接続することで、異常が検知されると通知が来るようになった。また、微生物の状況から健康状態の確認や、ナノピルや肌に貼られたセンサーの情報も同期される。さらに家の中のデータも活用することで病気にかかるリスクを下げると同時に、保険料も下がるという取組みも行われている。娘のゾーイはDNAのゲノム解析を行い、これにより疾病リスクのマッピングが行われる。彼女の人生の中で、より適切なリスク管理や治療が提案される。こうした長期の健康が実現する時代を考えたときに、自社を同様に評価するのかという問いかけで動画は終わった。

スペンスは、動画で紹介されたテクノロジーの羅列を示した。例えば電子カルテについて、世界の優秀な電子カルテの技術はエストニアにあり、電子カルテはブロックチェーンによって安全に管理されている。これは非常に興味深いこととした。AIについては、ロシュがフラットアイアン・ヘルスを買収したことを取り上げた。フラットアイアン・ヘルスは、ロシュの臨床データにアクセスすることなく、そのアウトカムを非常に高い精度で予測した。2018年の初頭に20億ドルで買収されたが、ロシュでは投資に見合う価値を得たと話しているという。これはとても素晴らしいことで、プロダクトの90%は治験や開発の問題で成功しないという。

スペンスはこうしたヘルスケア業界での買収の例をいくつか示し、今後は遺伝子レベルで個人の治療を行っていくようになるため、サプライチェーンが大きく変わるとした。これは、消費者が一番重要なヘルスケアサイクルのプレイヤーになるということ。今までは保険者やライフサイエンス企業といった大手がヘルスケア業界を支配してきており、患者や消費者は自分に合った薬を探さなければならなかった。それがデータの活用による治療や予防に変わり、薬自体はデータの中の補足的なものに変わっていく。パワーバランスが大きく変化する。また、データが中心になることで、接続性やシェアリングも進んでいく。ネットワークのアジャイル性、コネクト性も今後もどんどん進んでいくとした。

ライフサイエンスのバージョンについても説明。1.0はブロックバスターのモデルであり、医師とケアプロバイダーが中心であった。それが2.0になって多様化が進み、現在は3.0となりペイヤー(保険会社)も参加している。ヘルスケアはボリュームではなく価値を重視するようになった。そして4.0ではデータドリブンのプラットフォームとなり、患者や消費者、政府などの政策立案者も関わってくる。より複雑になるため、企業はビジネスモデルをアジャイルに、そして新しいニーズをスピーディに満たすことが重要になるとした。プラットフォームベースのビジネスモデルとは、AirBnBやUberのようなもので、さまざまな人がつながっている。新しいオペレーションとして、プラットフォームベースの形態で対応できないような会社は生き残ることはできないとした。

また、現在は製薬業界よりも医療機器業界が進んでいるとして、Appleの「Apple Watch」を例に挙げた。Apple Watchは心電図としてFDAに承認され、医療機器となった。FDAの承認を得るのは非常に難しいため、これは素晴らしいことである。今後も吸入器などの医療デバイスは次々に登場し、業界の常識が大きく変わる。ただし、成功するためにはプラットフォームベースのビジネスモデルにシフトしていくことが必須である。これにより個別化されたサービスを統合された形で提供できるようになる。これは非常に重要であるとした。

スペンスは、「テクノロジーは常に変化、進化しています。そして医療制度、ヘルスケアも変わっています。それはいいことですし、個人的には非常に期待しており、楽しみにもしています。EYは、今後もライフサイエンス企業と一緒に、技術や変化が進む中で仕事をしていきたいと思います」と述べ、講演を締めくくった。

EYグローバル ライフサイエンスセクターリーダー パメラ・スペンス
EYグローバル
ライフサイエンスセクターリーダー
パメラ・スペンス

インテリジェントオートメーションのR&Dへの適用

シンポジウムの最後の講演として、EY 欧州、中東、インド、アフリカ ライフサイエンスR&Dハブ担当のエグゼクティブディレクターであるマーク・ハモンド、およびEY Japan ライフサイエンスセクターのアドバイザリーリーダーである佐野徹朗による「グローバルライフサイエンス企業におけるデジタル技術の活用~ロボティクス・AIによる業務改革~」が行われた。

ハモンドは、R&Dを中心に製造や財務、バックオフィス、サプライチェーン関係などの領域でインテリジェントオートメーションを推進している。そうした経験から、まずはインテリジェントオートメーションの定義について、またライフサイエンス業界の特にR&Dでインテリジェントオートメーションをどう適用するか、さらに2つの事例と実際のアプローチについて、そしてまとめとしてチェックリストを紹介する流れとなった。

ハモンドはまず、好きな言葉としてドイツ銀行のかつての頭取による「問題は、人がロボットみたいに動いている。そうではなく、ロボットが人間のように動いた方がいいのだ」という言葉を挙げた。これはすべての業界に言えることで、特に治験やレギュレーション、あるいはドラッグセーフティをしている場合には重要なことであるとした。

そこでなぜインテリジェントなオートメーションが必要なのか。それは一貫性と信頼性。そして会社が休みの日でも働けるし、病気になることもない。スケーラビリティも高く、コストメリットもある。監査に対応しやすいことも、レギュレーションの厳しい業界では非常に重要となる。人によって異なるが、3割から4割の活動は自動化の候補になるといわれている。実際のユースケースでは6割から8割のコスト、お金や時間を削減できている。ビジネスケースという意味では、この技術は非常にいいものであるとした。

ただし、インテリジェントオートメーションは、いろいろなツールやメソトロジーを合わせて使うことを意味している。これらの活動を自動化するための技術やツール、RPAもあるがアドバンストアナリティクス、AI、ブロックチェーン、IoTなども、すべてデジタルの技術としてリストに加わるとした。また、デジタルであることも前提とハモンド氏は指摘する。そのためデータを収集してライフスタイルや行動に反映することになり、治験の結果も変わってくる。デジタルの定義は狭いが、親和性は高いとした。

またハモンドは、「hype:ハイプ」についても紹介した。現在ブームになっていて過熱気味でさえある。ただ、あくまでテクノロジーのひとつであり、過去を見ても素晴らしい成功もある一方で、明らかな失敗もある。また、100%自動化といっても、社員が遊んで暮らせるわけではないとした。必要なのは正しい認識と展開するための戦略であり、これをせずにスイッチをオンにしてしまうと、混乱の世界に突入してしまうと警鐘を鳴らした。

ライフサイエンス4.0は、業界に大きな変化の波を引き起こすとともに、機会でもある。これはビジネスモデルも同様で、データドリブンになっていく際には摩擦も生じる。この摩擦とは、マニュアルのプロセスや紙の作業であるが、インテリジェントオートメーションが潤滑油の役割を果たし、いくつかの可能性が開ける。ここでの自動化は、サイエンスとプロセスに対して行われる。そうした企業がここ3~5年で出てきたが、次に来るのはコンソーシアムであり、インテリジェントオートメーションにどのようにAIを適用すれば問題を解決できるか、競争ではなく一緒に学びを共有していくようになる。

ここで、EYがエンドツーエンドにファーマコビジネスのプロセスを、AIそしてコグニティブロボティクスを使っていかに自動化をしたかというデモ動画を流した。治験にはトライアル・マスター・ファイル(TMF)が必要になるが、これは約240の種類があり、治験ごとに数万というTMFが生成される。ここにインテリジェントオートメーションを適用することで、ファイルを電子化するとともにリアルタイムの処理が可能になった事例が紹介された。

ハモンドは、「現在は、いろいろなところに小さなパイロットでPoCを開始し、行動を起こす企業が増えています。そこから学ぶことでスケールアップができるわけです。これはまったく新しいスキルなので、とても重要になってきます」と述べた。

EY 欧州、中東、インド、アフリカ ライフサイエンスR&Dハブ担当 エグゼクティブディレクター マーク・ハモンド
EY 欧州、中東、インド、アフリカ
ライフサイエンスR&Dハブ担当
エグゼクティブディレクター
マーク・ハモンド

最後に佐野が登壇し、日本国内の事例を紹介した。そこでは、メガネ会社が製作したメガネ型デバイスを治験データの収集に活用するケースや、安全性情報をスマホで収集するシステムの構築支援などが紹介された。「日本では、まずはPDCAサイクルを回しながら、一歩ずつ良くしていくことを短期目標にしながら取り組んでいることが非常に特徴的です。いきなり爆発的なイノベーションというよりも、改善を重ねながらやっていく。ここに一つ、日本国内のデジタル推進の肝となるポイントがあると考えています。私たちは国内でチャレンジしている方々を積極的にご支援させていただいておりますので、気軽にご相談ください」とした。

EY Japan ライフサイエンスセクター アドバイザリーリーダー 佐野徹朗
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アドバイザリーリーダー
佐野徹朗