刊行物
情報センサー2014年6月号 EY Institute

ビッグデータ健康法
-生涯健康データ活用で健康長寿資本を形成-

EY総合研究所(株) 主席研究員 小川高志
経済産業省(旧通商産業省)入省、産業技術総合研究所、東京工科大学での勤務等を経て、2013年にEY総合研究所(株)入社。入社以前は、企業等との包括連携、産業クラスター計画、地方自治体情報化、情報システム基盤更改等、多くのプロジェクトに従事。情報政策、情報システム、科学技術政策、産学官連携、地域振興、経済分析・統計整備を専門とする。

Ⅰ 脱「宝の持ち腐れ」

ビッグデータとは「データ量の大きさ、リアルタイム性、多様性の三つの軸で捉えられ、これらのいずれかが、これまでのデータ群を上回ってきているもの」を指します。オバマ政権による「ビッグデータ・リサーチ・イニシアチブ」(2012年)もあり、世界的に研究が進展し、ビジネスへの適用も加速しています。しかし、これまでのビッグデータへの取り組みは、ITベンダー等供給者の論理に引きずられた形でデータ量の大きさが注目されがちであったため「大量のデータを集めてみたものの、宝の持ち腐れ」に陥るリスクが高まってきました。今後は、利用者の視点に立ち、シーンに応じたデータ利活用によって生み出される価値を追求していくことが必要です。
また、パーソナルデータは、従来「個人情報」と呼んだものよりも広い概念で「個人を特定、識別できるかによらず、個人に関わる、あらゆるデータ」を指します。現在、パーソナルデータを織り込んだ個人情報保護制度の抜本的見直しに向け、精力的に議論が進められており、適切な保護の下、経済社会に役立つ形での利活用が期待されます。
本稿では、ビッグデータやパーソナルデータの利活用が期待される分野として、20年代の日本が抱える社会課題のうち「健康長寿対策」を取り上げ、ビッグデータやパーソナルデータの利活用に向けた今後のビジネス展開や、中央・地方政府の取り組みの在り方を考察します。

Ⅱ パーソナルデータ利用で健康増進

1. 生活習慣病や認知症の増大に歯止めを

児童から高齢者まで、運動不足、食生活の乱れなどにより生活習慣病が増大しています。糖尿病患者の推移を見ると、12年には、わが国の糖尿病患者と糖尿病予備軍の合計は2,000万人以上となっています(<図1>参照)。また、糖尿病は認知症への引き金となることが多いため、認知症患者も増大しており、10年には高齢者の9.5%程度を占め、今後も増加する見込みです。
この結果「健康寿命」(日常生活に制限のない期間)は10年には男性70.42歳、女性73.62歳と、平均寿命(男性79.55歳、女性86.30歳)と比べ低く、また、その差は、近年広がってきており、こうした傾向に歯止めをかけることが急務となっています。

図1 糖尿病患者と糖尿病予備軍の推移

2. パーソナルデータの活用による健康管理プログラム

健康長寿を実現するためには、20年の東京五輪開催でスポーツや健康に関心が高まることをきっかけに、地域における運動機会を増やすことに加え、地域の各機関の連携により、健康管理を身近にすることが必要です。
具体的には<表1>の通り、地方自治体は、健診・検査結果や血圧等バイタルデータに基づきメタボリック症候群等の生活習慣改善指導をきめ細かく実施し、医療機関は、治療から予防や健康管理に重心を移すことが必要です。
また、近年の情報通信技術やネットワーク環境の進展の中で、日常的な健康管理に関するビジネスモデルがさまざまな形で提案されています。例えば、適切な管理下でのウエアラブル健康管理端末と、それにより得られたパーソナルデータに基づく健康管理クラウドサービス(<図2>参照)の展開が期待されます。
その際、地方自治体が保有する個人の特定健康診査データを匿名オープンデータ化し、個々のプログラムの効果を評価するために提供するとともに、良好な効果が出たプログラムについては地域内外での横展開を進めることで、地域全体での医療費負担の軽減につなげられます。
既に、世界最高水準の長寿国である日本で、天寿近くまで健康で高水準の生活の質を保てる地域健康管理システムを確立できれば、そのシステムは高い競争力を持った形での国際展開が可能となるでしょう。

(下の図をクリックすると拡大します)


図2 健康管理クラウドサービス(例)

Ⅲ ビッグデータ活用による生涯健康管理

1. ライフサイクルに分散する健康ビッグデータ

こうした健康管理を生涯にわたって行えば得られるものが多いのですが、生涯健康管理のためには、さまざまな課題の解決が必要です。
私たちの健康情報は、<図3>の通りライフサイクルを通して膨大かつ多様なデータが取得され、医療機関、調剤薬局、自治体、学校等さまざまな機関で保管されています。このうち、医療機関や調剤薬局が保有するデータは数年後には廃棄されてしまいます。また、転居・転校・転職によって健診データが組織間で引き継がれないなどの問題があります。さらに、母子手帳など紙や冊子の情報は散逸しがちです。
例えば、風疹対策を実施する場合、若い頃に受けたワクチン接種履歴の情報が残っていないこと、本人・家族の記憶が曖昧であることから、本人に合った、きめ細かな対策が打ちづらくなっています。
このように、健康情報全体を見ると、本来の所有者である本人がアクセスできない部分が多く、仮にアクセス可能となっても、機関ごとに異なる形で保管・廃棄されており「名寄せ」が難しいといった問題もあります。

(下の図をクリックすると拡大します)

2. 電子カルテ等のデータ連携の取り組み

こうした中、複数機関間でのデータ連携の取り組みも行われています。1998年に香川大学医学部の取り組みから始まった「かがわ遠隔医療ネットワーク K-MIX」では現在、エックス線やコンピューター断層撮影(CT)などの電子カルテや医用画像のデータを通信回線により伝送するシステムを実現しています。これにより、患者はかかりつけの診療所に日々の健康管理を任せ、必要に応じてネットワーク越しに専門医の助言を得られるようになりました。

3. マイナンバーの活用による生涯健康管理を

13年に成立した「マイナンバー法」(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)では、マイナンバーは社会保障・税分野のみで活用されることになっていますが、18年に予定される制度改正で、医療・健康分野への応用の道が開かれれば「名寄せ」による生涯健康管理が可能となり、健康長寿に向けて大きな力となるでしょう。
もちろん、そのためには、パーソナルデータの取り扱い、マイナンバーの適用分野の見直しなどが必要ですが、社会経済へ与える効果が大きいため、優先的に検討が必要であると考えます。
当面、全国的展開が難しい場合には、例えば「かがわ遠隔医療ネットワークK-MIXにおけるマイナンバー活用による電子カルテ連携」プロジェクトを、特区制度を用いて香川県内で実施し、その効果を観察して横展開するという道も考えられます。

4. 年金・税・医療・健康を横串にするビッグデータ分析を

さらには、仮に、マイナンバーで国民一人一人の年金・税・医療・健康関係のビッグデータを統合し、分析できれば、これらの制度設計最適化や財政健全化に大きく貢献することとなるでしょう。保険業界では、保険設計に当たり「保険数理人(アクチュアリー)」が活躍していますが、政府や政府機関において、こうした分析を専門とするアクチュアリーの育成が必要となる日が近づいています。

Ⅳ 「健康長寿資本」づくりに向けて

ノーベル経済学賞受賞者であるベッカーは、人々のもつ資源を増大することによって、将来の貨幣的および精神的所得の両者に影響を与える諸活動を「人的資本投資」と定義しました。それは、日本では、カイゼンなど人に体化された形で生産性や品質の向上を可能とし、戦後日本の高度成長を支えました。また、医療経済学研究の先駆者であるグロスマンは、人的資本の概念の延長線上で、食生活の改善や適度な運動、医療サービスの利用などを、健康に対する投資行動として「健康資本」を提唱しましたが、近年、多くの日本企業がその価値に着目し、「健康経営」(従業員の健康への配慮による持続的な企業成長)に力を入れるようになっています。
本稿の締めくくりとして、健康への投資が年代や組織を超え、労働や生活の質の向上に役立つことを強調するため「健康長寿資本」と名付け、今後も、その展開に向けて研究を進めていきたいと思います。
こうした健康長寿資本の形成において最適な投資を行うためには、健康パーソナルデータ管理やビッグデータ分析により、一人一人の健康状態を細かく把握する必要があり、今後の健康関連サービスの展開と、それを促進するための関係者間連携の仕組みづくりを期待しています。また、健康長寿資本は個人への恩恵を超え、経済成長や財政健全化にも大きく貢献する「国富」のため、日本全体の健康長寿資本の構築に向けて制度の見直し、実証への支援等、政府の取り組みを強化すべきと考えます。
最後に、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のブレスローらがカリフォルニア州アラメダ郡住民7,000人のデータに基づく実証分析で明らかにした、「七つの健康習慣」(1972年)を紹介します。

【七つの健康習慣】
  • 適正な睡眠時間を確保する
  • 喫煙をしない
  • 適正体重を維持する
  • 過度の飲酒を避ける
  • 定期的に激しい運動をする
  • 朝食を毎日取る
  • 間食をしない

日頃から健康習慣に気を配り、生き生きとした人生を送りたいものですね。