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情報センサー2014年11月号 業種別シリーズ

TPP交渉が消費財産業(主に食品業界)に与える影響

消費財産業研究会 公認会計士 田中計士
2000年10月、当法人へ入所。食品、化粧品・トイレタリー、宝飾品などの消費財産業を中心とした監査、上場支援、その他アドバイザリーに数多く従事。化粧品・トイレタリー業界専門誌へのコラム連載をはじめ、消費財産業に関する外部への情報発信に多く取り組んでいる。

Ⅰ TPPとは

現在、日本政府は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉を参加各国と進めています。内閣官房のウェブサイトによると、TPPとは「多くの国々の間で結ばれている、ヒト、モノ、カネの流れをスムーズにするための経済連携協定の一つ」とされています。その範囲は、物品市場アクセス(物品の関税の撤廃・削減)やサービス貿易のみならず、非課税分野(投資、競争、知的財産、政府調達等)のルール作りのほか、新しい分野(環境、労働等)も含んだ、包括的な協定となっています。
特に、コメ、麦、乳製品、甘味資源作物(サトウキビ等)、肉等の農林水産物については重要5品目と位置付けられ、交渉に当たり、優先されるテーマとして扱われています。これらの品目は、いずれも海外からの輸入品に対して高い関税が設定されており(<表1>参照)、仮に関税が完全に撤廃された場合、日本国内の農家、酪農家等の生産者や、これらの品目を加工する加工食品業者(多くの上場企業も含む)に大きな影響が出るといわれています。
なお、重要5品目の関税率は、実際には586の細目(タリフライン)ごとに設定されているので、<表1>は代表的なものの例示にとどめています。


表1 重要5品目の関税率(例)

Ⅱ 有価証券報告書の事業等のリスクにおける扱い

上場企業等が開示している有価証券報告書では、企業の財政状態や経営成績に影響を及ぼす可能性があるリスクについて、事業等のリスクとして開示することが求められています。2010年11月に、アジア太平洋経済協力会議(APEC)CEOサミットにおいて、当時の菅直人首相がTPPへの参加に向けて関係国との協議を開始する旨の発言を行ったこともあり、10年度の各社の有価証券報告書から、TPPを事業等のリスクとして開示するケースが見受けられるようになりました。
09年度以降の有価証券報告書において、「TPP」または「環太平洋パートナーシップ協定」のいずれかを事業等のリスクとして記載している企業数をまとめたものが<表2>です。前述のとおり、TPPはあらゆる分野を対象とした協定ですが、こうしてみると、TPPを事業等のリスクとして捉えている日本の企業の大半は、食品、特に重要5品目の加工を主な事業としていることが分かります。

(下の図をクリックすると拡大します)

Ⅲ 業界別分析

例えば、事業等のリスクの一つとしてTPPを記載している業態のうち、一番多いのが製糖業界です。現在わが国では、安定供給、食料自給率、農家保護等のさまざまな背景から、「砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律」により、輸入品に対する関税の設定や交付金制度の整備を通じて、外国産糖と国産糖の消費者向け価格水準の調整が行われています。製糖または精糖を中核事業とする複数の企業では、TPPにより当該法律に基づくビジネス環境が大きく変化し、業績等に影響を及ぼす可能性をリスクとして認識しています。
次に多いのは、製粉業界です。日本国内の小麦粉の原料となる小麦の大半は、輸入により調達されています。国の食糧・農業政策の下、海外から輸入した原料小麦を、国内の製粉企業が一定の価格で買い取る形式が、長年にわたり続いています。このような中でも、07年の食糧法の改正により、政府からの原料小麦の買入価格が国際的な小麦相場に連動するようになったことをはじめ、原料小麦の輸入に際した国の関与割合を縮小する10年の即時販売方式の導入など、官から民への業務の移管が徐々に進んできました。製粉業界各社では、TPPにより、さらにこの動きが加速し、ビジネス環境が大きく変化することをリスク項目として認識しています。
その他、乳製品や飼料といった業界でも、TPPを事業等のリスクとして記載する事例が見受けられるほか、<表2>において主要な事業が化学および卸売業となっている各社でも、農業および酪農に関連した事業である場合、コメや乳製品等の重要5品目に関連した事項を事業等のリスクとして記載しています。

Ⅳ 消費財産業におけるTPPの影響

例えば、業界各社間の原料の調達条件が均一であったところに完全自由化の原理が働くようになると、企業規模や業界各社でのアライアンス体制が調達力の差として出るため、企業の財政状態や経営成績への大きな影響が想定されます。また同時に、さらなる調達力強化のための業界再編など、業界地図を大きく塗り替えるような動きの加速もあり得ます。その他、穀物等の時価変動をヘッジするための、デリバティブ等の利用や為替戦略の大幅な見直し、グローバルな規模でのサプライチェーン構造の改革など、新たに取り組むべき課題も数多く生じると想定されます。
このようなことから、重要5品目に関係する消費財業界各社が、事業等のリスクとしてTPPを掲げていると考えられます。

Ⅴ おわりに

TPPへの対応の結果として、単に自由化による海外企業との競争の激化だけでなく、ある日を境に、日々の為替や穀物等の相場変動リスクに対応していかざるを得ない事業環境になることも否定できません。また、例えば相場変動リスクに対して、取引ごとにデリバティブ契約を締結するような状況となった場合、日本基準、国際会計基準(IFRS)等、会計基準によって取扱いが異なり、将来の財政状態や経営成績に想定外の影響を及ぼすこともあり得ます。ビジネス環境が激変する中での事業戦略の立案に際しては、適用している会計基準あるいは新たに採用予定の会計基準において、どのように取り扱われるかについても、併せて検討する必要があります。


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