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情報センサー2015年2月号 業種別シリーズ

日本の製薬業におけるIFRS導入に伴う影響および課題について

ライフサイエンスセクター 公認会計士 北池晃一郎
1998年10月、当法人に入所。製薬業をはじめ、さまざまな製造業、住宅産業、サービス業等の監査業務や、IFRS導入支援などの業務に従事。

Ⅰ はじめに

製薬業界では、すでに大手を中心に複数の企業が国際会計基準(IFRS)を任意適用しており、2014年12月現在でIFRSの国内適用企業38社のうち製薬企業が6社を占めています。
この背景には、多くの製薬企業が積極的に海外進出しており、また外国人株主比率が高いため、より外資系企業との比較可能性が高まる指標を必要としていることなどが考えられます。
本稿では、IFRSを任意適用した製薬企業6社(アステラス製薬(株)、武田薬品工業(株)、第一三共(株)、エーザイ(株)、中外製薬(株)、小野薬品工業(株))の開示を比較し、製薬業界におけるIFRS導入に伴う影響や、会計上の課題などを考察します。

Ⅱ 利益へ影響を及ぼす主な要因

製薬企業では、開始財政状態計算書における利益剰余金、および純損益計算書(比較年度)における(税引後)当期利益について、<表1>に記載のとおり影響が生じています。
大手製薬4社(アステラス製薬、武田薬品工業、第一三共、エーザイ)では、IFRS導入に伴い利益剰余金が大幅に減少する一方で、アステラス製薬や武田薬品工業では、比較年度における当期利益が大幅に増加するなど、一定の特徴がみられます。これらについて、各社で開示している影響要因をベースにして検討します。

(下の図をクリックすると拡大します)


1. 開始財政状態計算書における利益剰余金にのみ影響を及ぼす項目-在外営業活動体の為替換算差額

IFRS第1号では、遡及(そきゅう)免除規定として、移行日時点における在外営業活動体の為替換算差額の累積額を利益剰余金に振り替えることを許容しています。大手製薬4社においては、開始財政状態計算書の利益剰余金が大きく減少しています。それは、当該規定を適用し、IFRS移行日に在外営業活動体で多額のマイナス金額となっていた為替換算差額の累積額を利益剰余金に振り替えたことが主要因となっています。

2. 利益剰余金および当期利益の両方に影響を及ぼす項目

(1)無形資産の計上、減損および償却

製薬業界では、他社から取得する仕掛中の研究開発プロジェクトの支払いは、日本基準上、企業結合の場合を除き、発生時に研究開発費として費用処理します。それに対しIFRS上は、一般的に取得対価自体に経済的便益が企業に流入するとの期待が反映されていると考えられるため、無形資産として計上します(IAS第38号第25項)。従って、利益剰余金および当期利益ともに増加要因となります。なお、本項目により、アステラス製薬では1,471億円、武田薬品工業では928億円、第一三共では226億円の無形資産が計上されるなど、製薬業界においてはIFRS導入に伴う重要な影響が生じています。
一方で、当該無形資産は、使用可能となった時点から見積耐用年数にわたって規則償却することになるとともに、研究開発が失敗した場合には、減損処理が必要になり、将来の利益を減少させる要因となります。

(2)有形固定資産の減価償却方法

有形固定資産の減価償却方法についてはIFRS上、6社全てが定額法を採用しています。日本基準では多くの企業が定率法を採用しているため、利益剰余金および当期利益の増加要因となっています。なお、初度適用時に6社中3社(アステラス製薬、エーザイ、小野薬品工業)で、一部の有形固定資産についてIFRS第1号の遡及免除規定である、みなし原価規定※1を適用している旨の開示が行われています。

3. 当期利益のみに影響を及ぼす項目-のれんの非償却

製薬業界では、製品パイプラインの拡充などを求めて多くの買収が行われており、多額ののれんが発生しています。日本基準では、のれんは20年内の一定の年数で規則償却されます。一方、IFRSでは償却されないため、減損処理されない限り、日本基準に比べて利益を増加させる要因になります。
なお、比較年度において、武田薬品工業では344億円、第一三共では111億円、アステラス製薬では103億円の利益が増加するなど、当期利益に重要な影響を与えています※2

Ⅲ 新たな会計上の課題と独自の業績測定指標の採用

1. 新たな会計上の課題

IFRSの導入に伴い、新たな会計上の課題も生じています。前述のとおり、IFRSでは、一定の要件を満たした場合、無形資産の計上が必要になります。日本基準では費用処理されるため論点にはなりませんでしたが、IFRSでは当該無形資産の減損処理の判断が毎期必要になるため、その減損ルールを明確にし、開発パイプラインごとの進捗(しんちょく)把握などを行うことが必要になります。
また、日本基準とは異なり、のれんが非償却となるものの、減損の兆候がない場合でも、毎期減損テストが必要とされるなど、より厳密な判断が求められると考えられます。

2. 独自の業績測定指標の採用

IFRSでは、前述のとおり無形資産やのれんの減損のように、多額の損失が一時に費用処理されるリスクが増加しています。また、日本基準における特別損益項目のように、非経常要因による損益への影響を異常項目として表示することは認められていません。これらのことからグループの経営成績に対する、より適切な説明を、投資家にどのように行うかが重要な課題となっています。
この課題への対応策として、6社中3社(アステラス製薬、武田薬品工業、中外製薬)では「コア営業利益」などの名称で独自の業績指標を設定し、非経常要因を除いた利益をベースに、決算短信などで投資家への業績予想を開示しています。除外項目の定義は各社において若干異なるものの、通常の営業利益から無形資産の減損損失や事業再編費用などの項目を除いたものとなっています。


  • ※1IFRS移行日現在の公正価値をIFRS移行日現在の原価と見なすことが許容される規定
  • ※2簡便的に日本基準ののれん償却額で記載している。