刊行物
情報センサー2015年4月号 EY Institute

eSIM-IoT拡大を加速する「SIM仮想化」の第一歩

EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部
上席主任研究員 廣瀨明倫
総務省情報通信政策局、在シドニー日本国総領事館、情報通信研究機構などでの勤務を経て、2013年にEY総合研究所(株)入社。総務省においては情報通信審議会、研究会などにて企画戦略立案を実施した経験を有する。国内外の情報通信の業界動向・政策動向・技術動向調査、情報通信に関連する事業戦略立案・法令対応等を専門とする。

Ⅰ はじめに

情報通信分野の話題として、最近メディアで取り上げられることの多い「格安スマホ」。これまで、通信料の高さからスマートフォンの購入をためらっていた消費者層が興味を示し、市場が拡大する傾向にあることから、続々とさまざまな事業者がこの分野に参入しています。皆さまも購入を検討されたことがあるかもしれません。
本稿では、格安スマホが生まれた背景にある「SIM※1」 と、それが進化した「eSIM※2」の仕組み、そしてeSIMに関するEYでの調査の概要などについて、解説します。

Ⅱ SIMと通信事業者

スマートフォンを含む携帯の端末には、SIMと呼ばれるユーザーを特定する小型のICカードが内蔵されています。日本では多くの場合、携帯端末が特定の通信事業者が提供するSIMしか利用できない仕様になっており、その端末で利用可能な通信事業者が固定されています。これは「SIMロック」という名称で呼ばれています。
しかし、全ての端末でSIMロックが掛かっているわけではありません。そこでSIMの扱いに詳しいユーザーはその点を利用して、格安の通信料でサービスを提供するMVNO※3のSIM(以下、格安SIM)を、SIMロックが掛かっていない端末(以下、SIMフリー端末)に入れて、低廉な料金で通信サービスを利用していました。
このように、原理的にはSIMフリー端末を利用し、格安な通信サービスを利用することは可能でした。しかし、SIMフリー端末を探して格安SIMを購入してSIMのICチップを直接自分の手で端末に格納し、各種の設定を行うことは、初心者にはハードルが高く、サービスの利用はなかなか拡大しませんでした。
そこで格安スマホでは、さまざまな事業者が、最初から携帯端末(多くの場合SIMフリーのスマートフォン)と格安SIMをセットで調達して組み合わせた上で、通信サービス付きの完成品として市場に提供しました。これまでのような面倒な手間が不要であることから、多くの消費者層に受け入れられ、市場が拡大しているというのは前述の通りです。
なお、総務省では2014年12月に「SIMロック解除に関するガイドライン」を改正し、15年5月から新たに販売される端末について、SIMロックを禁止することとしました。そのため、同時点以降から販売される全ての新規端末はSIMフリーになる予定です。これまで以上に、端末と通信事業者の組み合わせ方法の自由度が増し、ユーザーの利便性の向上が期待されています。ただし、通信方式が異なる場合があるので、全てのSIMフリー端末で全ての通信事業者のSIMが利用可能なわけではないことには注意が必要です。

Ⅲ eSIMについて

SIMフリー端末が増えたとしても、格安スマホを購入する場合を除けば、通信事業者を変更する際に、SIMを入れ替えなければいけないことには変わりはありません。SIMはICなので、取り扱う際には静電気に気を付ける必要があるなど、やはり取り扱いには一定のハードルが残ります。
また、例えば自動車などに通信機能を持たせること※4を考えると、車体の奥深くに置かれた通信用ユニットに対して、輸出した先の国でその国用のSIMを格納することは、容易ではありません。逆に、輸出前にそのユニットに輸出先各国の通信事業者が提供するSIMを内蔵するとなると、今度は国内での製造管理工程が煩雑になります。
このようなSIMの物理的な入れ替えに伴う困難を避けるため、「eSIM: Embedded (埋め込み型)SIM」と呼ばれる規格が提唱されています。この技術仕様は、GSMAによって13年12月に合意されており、ソフトウエア的に情報を書き換えられるSIMとして設計されています。このeSIMを活用すると、SIMを物理的に入れ替える事なく、利用する通信事業者を変更することが可能になります(<図1>参照)。

(下の図をクリックすると拡大します)

Ⅳ 通信事業者の受け止め方

通信事業者はこのeSIMに対して、どのような反応をしているのでしょうか。eSIMは他の通信事業者への乗り換えを促進してしまう場合もあり、事業戦略上はマイナスに働く可能性も否定できません。
そのため、EYではこのeSIMに関して、昨年の後半にかけて全世界の11の通信事業者に対するインタビュー調査を行いました。その結果の概要は、次の通りです。

  • インタビューに応じた全ての通信事業者が、販売奨励金を活用した端末販売収益化のモデルが確立している事もあり、スマートフォンについてeSIMを導入する事については否定的
  • タブレット端末については、導入可と不可とが混在、または判断保留
  • 携帯ゲーム機、カメラ・ビデオなどのメーカーによるeSIMの採用が進むと考えており、彼らとの協業に前向き
  • その他の機器については、まだ取り組み初期の段階であるが、今後はさまざまなモノがネットにつながってくるため、収益が期待できる分野として見ている
  • ブラジル、中国、インドなど、恒久的な海外ローミングを禁止している地域においては、法令遵守のための手段として有効
  • 顧客との直接の関係の喪失、セキュリティー面での問題、および技術進歩により、運用面で急な変更が必要になることなどを懸念

調査結果からは、スマートフォン以外の多様な機器・端末がネットワークにつながる、いわゆるIoT(Internet of Things)のビジネス分野について、新たな市場・収益を開拓するものとして、積極的に受け入れていくという通信事業者の方向性が明らかになりました。

Ⅴ その他の「SIM仮想化」

eSIMはGSMAによって合意された方式ですが、その他にも独自の方式により通信事業者の切り替えが可能なSIMや、ICカードのようなハードウエアを持たず、完全にソフトウエアで構築されるSIM(「Virtual SIM」や「Soft SIM」と呼ばれます※5)も構想されています(<図2>参照)。なお、海外では、前者によるものと考えられる方式が、あるメーカーのタブレット端末によって採用され、ICT業界では大きな話題となりました。
クラウドサービスはサーバーの物理的リソースを「仮想化」して、ハードウエアに制限されず、ソフトウエア的に柔軟に利用することを可能としました。eSIMやVirtual SIMといった方式は、本質的にはクラウドサービスの基になった仮想化の概念を、SIMにも応用したものと言えます。サーバーの仮想化がクラウドビジネスを興隆させ、ネットワークの仮想化がSDN※6やNFV※7といった新ビジネス領域を導いているのと同様に、eSIMを含めたSIMの仮想化は、IoT関連のビジネスを拡大する強力なドライバーとして作用することが期待できると思います。


  • ※1Subscriber Identity Moduleの略
  • ※2Embedded SIMの略。GSMA(Global System for Mobile Communications Association。通信事業者の業界団体)ではハードウエアの名称としてはeUICC(Embedded Universal Integrated Circuit Card)という用語を使用
  • ※3Mobile Virtual Network Operatorの略。自社で通信網を所有せず、他社から借り受けて通信事業を営む事業者のこと
  • ※4近年は「Connected Car」と呼ばれ、こちらの市場も拡大していくことが期待されている。
  • ※5GSMAによる。なお「SoftSIM」をeSIMの名称に使う場合もあるので注意を要する。
  • ※6Software Defined Networkの略。ソフトウエア的に柔軟に経路や帯域を制御できる方式のネットワークのこと
  • ※7Network Functions Virtualizationの略。ファイアウォールやルータなどの、通信に必要な機能をソフトウエアで実現する方式のこと

情報センサー 2015年4月号