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情報センサー2015年12月号 業種別シリーズ

今、化学企業においてIFRSの導入を検討することの意義

化学セクター 公認会計士 植木貴幸
当法人の化学セクター ナレッジリーダー、海運セクター ナレッジサブリーダー。化学産業、海運業などの監査、内部統制助言業務およびIFRS導入支援業務などに従事。

Ⅰ 化学企業の課題

筆者は、本誌2011年4月号においてIFRS導入が化学産業に与える影響について紹介しました。当時は15年度から16年度に予定されていた国際会計基準(IFRS)の強制適用に備え、他の業界と同様に大部分の上場化学企業が導入準備に取り組み、その進捗(しんちょく)の差もほとんどありませんでした。その後11年6月の強制適用延期、12年12月の政権交代、14年1月の東証でのJPX日経インデックス400の公表、15年6月の修正国際基準(JMIS)の公表などがあり、現在に至っていることはご存じのとおりです(<図1>参照)。

(下の図をクリックすると拡大します)


11年4月と現在で、「IFRSをめぐるわが国の動き」は紆余(うよ)曲折を経ています。一方で、わが国の化学企業が取り組むべき「製品付加価値のさらなる向上」、「国内コンビナートのさらなる競争力強化とリストラ」、それに海外市場の開拓や生産拠点の海外シフトといった「さらなる国際化の進展」などの課題は、どのように変わっているでしょうか。経済環境は、安倍政権の経済政策による超円高の修正と、14年夏ごろから始まった原油価格の大幅な下落などにより大きく変わっています。経済環境の変化は、輸出品販売価格上昇と原材料価格下落によるスプレッド幅の拡大をもたらすとともに、国内市場への輸入品流入減少と海外への輸出品の増加などにより、リストラが一巡したわが国の化学企業の業績を回復させました。しかし、この間での欧米の巨大化学企業のアジアへのさらなる進出やアジアの新興化学企業の急成長により、課題は解決されるどころか、その重要性が増しています。業績が上向いている現在こそ、これらの課題解決のスピードアップが必要だと考えます。

Ⅱ さらなる国際化の進展ために

企業の掲げるIFRSの導入のメリットの一つは、管理会計の変革であると考えます。IFRSは「財務報告基準」であり、投資家を主たる報告対象とした会計基準です。毎年基準の改定が行われ、報告対象のニーズを満たすとともに、より新しい認識、測定、開示の概念を絶えず導入しています。その結果として、IFRSは企業が独自に設定している管理会計のルールの変更も間接的に促す会計だと考えます。その管理会計の目的の一つは、企業の課題解決です。IFRSにより変化を促された管理会計は「製品付加価値のさらなる向上」、「国内コンビナートのさらなる競争力強化とリストラ」という課題を解決するため、重要なポイントを計数として明確にすると考えます。
また、IFRSは化学企業の「さらなる国際化の進展」をサポートするツールであると考えられます。11年のIFRSの強制適用延期が決定された後に、化学企業の海外売上高比率は大幅に上昇しました(<図2>参照)。すなわち、わが国の化学企業は、この間に過去にないほど海外市場の開拓や生産拠点の海外シフトを推進したと推察されます。これが一部の化学企業のIFRS任意適用を促したと考えられます。IFRS任意適用を公表している化学企業は、資本市場という企業外部の側面とグループ内の会計処理方法の統一という企業内部の側面の両者に関して、例外なく「国際化」「グローバル化」を目的として導入を決定しています。


図2 化学産業に属する上場会社の海外売上高比率

IFRS導入の目的

規模を拡大した海外製造子会社を管理する場合、買収したもしくは買収をしようとする海外の会社を考察する場合、また海外同業他社とJVを組成する場合、さらに海外の機関投資家や金融機関に説明する場合など、会計での共通言語としてのIFRSへの期待は高いといえます。

Ⅲ 化学企業のIFRS対応状況

約200社ある東証の業種分類で「化学」に属する上場会社のうち、IFRSを任意適用済みもしくは任意適用を表明している会社は7社です(上場子会社を含む)。一方で、基本的には強制適用が要請されるまではIFRSの適用を考えていない化学企業も多いと思われます。これは強制適用が想定されていた11年までと、任意適用となっている現在という違いがあるものの、企業間の準備の進捗状況に大きな差がなかった前回執筆(11年4月)時点とは大きく異なっています。一方で、化学業界では、公にはIFRSの任意適用は考えていないとしているものの、適用の準備は進めているという企業もあるものと考えられます。

Ⅳ 今、IFRSの導入を検討することの意義

総合商社、医薬、大手ITなどの企業およびIFRSを適用する大規模子会社を持つ一部の製造業に始まったIFRSの任意適用は、海外売上高比率が高く原価計算を伴う輸送用機器、電機といったアセンブリーメーカーへ広がり、さらに石油や化学といった素材メーカーへと広がってきました。
グローバルな視点で化学業界を見ると、欧米の巨大化学企業は一段と付加価値の高い領域にシフトするとともに、アジア進出を加速させています。またアジアの新興化学企業も一段と大規模化しています。このように一段と国際的な競争が激化している状況では、わが国の化学企業も海外でのM&Aによる規模拡大や海外グループ会社を統一的な尺度でグリップすることにより、競争に対応していく必要があります。化学企業の「さらなる国際化の進展」を目指す上で、IFRSの適用を検討することは有用だと考えます。


情報センサー 2015年12月号