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情報センサー2015年12月号 JBS

米国企業ガバナンスにおける女性起用の動向

EYニューヨーク事務所 米国公認会計士 渡辺武雄
米オハイオ州立大学MBA取得後、米国の大手会計事務所を経て、2002年5月EY入社。ニューヨーク事務所にてSEC上場企業の監査を担当し、会計や内部統制を専門分野とする。

Ⅰ はじめに

女性取締役とガバナンスの関係と聞かれて、すぐに答えられる方は企業統治の歴史や目的にかなり精通されているのではないでしょうか。世界をリードする企業群を生み育て続ける米国の強さの背景に迫ってみました。

Ⅱ 米国におけるガバナンスの改革

今から15年ほど前の21世紀初め、米国は巨額の不正経理・不正取引による粉飾決算がもとで破綻したエンロンやワールドコムで大きく揺れていました。投資家や規制当局をだまし続けた後、エンロンは、300億ドルを超える負債総額を抱えて2001年12月に破綻しました。そして、02年7月に破綻したワールドコムの負債総額は400億ドルを超え、08年に経営破綻したリーマン・ブラザーズ証券に抜かれるまで米国史上最大の経営破綻でした。経営陣の暴走を阻止できなかった取締役会も多くの批判を浴びました。例えば、エンロンの監査委員会は、スタンフォード大学の著名な会計学の教授など有能なメンバーで構成されていましたが、一年に数回、毎回2時間ほどしか会合を持たなかったため、特別目的会社を利用して損失を簿外にしていた取引などを十分に精査することができなかったといわれています。
02年7月に立法されたSOX法は、投資家保護の観点より、取締役の監視機能を強化し、違反者への罰則条項も採り入れました。取締役は、内部統制を有効に運営するための仕組みについての説明責任も負うことになりました。世界最大の証券取引所であるニューヨーク証券取引所(New York Stock Exchange:NYSE)も、02年6月に取締役会のガバナンス強化のための改正を行いました。社外取締役の定義を制定し、取締役の過半数以上を外部から招聘(しょうへい)すること、経営陣が退席して取締役のみで討議する機会を持つことなどが、全てのNYSE上場会社に求められるようになりました。
さらに、リーマンショック再発防止のため、米国議会は10年7月にドッド・フランク法を制定しました。金融機関がリスクの高い取引に関わることを規制するほかに、非金融一般会社においても、経営陣の報酬額および業績と報酬額の相関関係の開示が求められます。また、CEOの報酬額と従業員の平均年収の比率の開示や、株主が経営陣の報酬につき賛否を投票できるようになります。これらのルールの遵守は、取締役会が責任を持つことも制定されています。
1933年に連邦証券法が制定されてから60年以上、米国企業のガバナンスは放置され、一年に数度の会合に出席することによりある程度の報酬を得られるため、社外取締役は特定の階層に属する人々の割の良い副職になっていました。ところが、エンロン事件以後の政治介入により、投資家保護や透明性の強化の観点からガバナンスの在り方が法的に改善され、取締役にはリスクを伴う職務遂行能力が求められるようになりました。

Ⅲ 取締役の構成の変化

National Association of Corporate Directorsの最新の調査によると、72%の回答者が過去1年間に取締役の交代があったとしており、前回の14年の調査における64%を上回りました。さらに、80%の交代者は、女性か非白人の取締役が抜てきされているとの調査結果もありました。また、取締役の平均年齢は低年齢化傾向にあると調査結果は示しています。企業が多国籍化し、従業員や顧客も多角化しているため、ガバナンスの要となる取締役の構成も多角化が求められています。多様な経歴や経験を持った有能な人材を登用すれば、他の取締役とは異なる視点から質問が繰り出され、より良いガバナンスにつながるはずです。熟年の白人男性ばかりが目立った取締役会からの脱皮が求められています。
それでは、米国における女性取締役の登用はどの程度進んでいるのでしょうか。女性の職場や社会進出を支援するCatalystの14年の調査によると、米国の上場企業では取締役の19%が女性です。これは北欧諸国の30%前後(ノルウェー35%、フィンランド30%、スウェーデン29%)と比較すると、見劣りします。これらの国では、取締役の4割を女性に割り当てることを目標とする法制度があります。ちなみに日本は、わずか3%です。
では、米国における有能な人材の女性割合はどうでしょうか。米国屈指のエリート学生が集まるアイビーリーグ校における女性の割合は50%ですが、全米全ての大学で、終身在職権のある教授の女性割合は38%です。難関ハーバードMBAの女性割合は39%ですが、Fortune 500における女性CEOはわずか5%です。将来の監査委員会メンバーの候補を輩出する可能性のある米国会計事務所の採用時の女性割合は48%ですが、女性パートナーの割合は18%です。

Ⅳ 目に見えない壁

世界各国の政府、非営利団体、活動家などは、女性の社会進出(特に出世)の妨げとなる原因の解明とその除去に努めてきました。企業も女性社員を育て、長期雇用を促すための努力を続けています。米国で身近に感じる事例として、会社での拘束時間を少なくし、時には仕事より家族や私用事を優先できるフレキシビリティーの考え方が多くの職場で浸透しつつあります。家事や育児を夫婦で分担する啓蒙活動も盛んです。働く女性のネットワーク作りや、女性経営陣と女性社員のメンタリングを支援する企業内および企業間の活動も頻繁に行われています。
また、米国で女性取締役の30%達成を目標に掲げる非政府組織「Thirty Percent Coalition」は、参加メンバーの投資家としての立場を利用して、女性取締役のいない取締役会(160社ほど)に改善の勧告を行い、実際に22社がすでに女性取締役の登用を終えました。
さらに、株主総会のための開示資料には、取締役の選定基準、選定過程、およびその過程で取締役の多様化(女性や人種)をどのように検討しているかを株主に開示する必要があります(Item 407(c)(2) of Regulation S-K)。

Ⅴ おわりに

これまでご紹介してきたガバナンスの改革の歴史や女性取締役の登用を促す活動以外に、忘れてはいけない事実があります。世界の消費のうち2,000兆円(20兆米ドル)を女性が支配しているといわれています。女性の社会進出が全世界で進むことにより、中国とインドを合算した成長額の2倍を上回るスピードで、女性の支配する消費額が増加しているともいわれています。消費者として女性が重要であるだけでなく、企業内において女性社員の提案するアイデアや考え方で経営の方針を変更できる経営者は、そうでない経営者と比較して、2倍の確率で新製品や新サービスなどの革新的なアイデアを導くことができるとの調査結果もあります。女性の才能を企業内およびガバナンスの場で発掘し活用することは、企業にとって不可欠な成長戦略といえます。


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