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情報センサー2016年7月号 Law update

労働問題と取締役の個人責任

EY弁護士法人 弁護士 久保田淳哉
国内大手法律事務所において、国内企業・外国企業を依頼者とするさまざまな人事労務案件に従事。2015年10月よりEY弁護士法人に入所。米ニューヨーク州弁護士、経営法曹会議 会員、第二東京弁護士会労働問題検討委員会 幹事。

Ⅰ はじめに

労働問題においては、刑事責任・民事責任の両者が問題となり、さらに、会社の責任のみならず、取締役個人の責任も問われ得ます。本稿では、労働問題における取締役の個人責任に焦点を当てて、最近の裁判例を参照しつつ概説を行います。

Ⅱ 取締役個人の刑事責任(懲役刑・罰金刑)

労働基準法(以下、労基法)への違反に対しては、刑罰が科されることがあります。例えば時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)を締結せずして労働者に時間外労働をさせた場合には、6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処するものとされています(労基法119条1号、32条)。
さて、この刑事責任は、誰が負うのでしょうか。上の例では、労基法32条1項は「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない」と定めていますので、この違反については「使用者」が刑事責任を負うことになります。そして労基法上、「この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」とされています(労基法10条)。
つまり、労基法上の刑事責任は、雇用契約上の使用者である会社(法人)だけでなく、労働者に関する事項(労基法32条1項でいえば労働者の労働時間に関する事項)について権限を有する者(自然人)にも及ぶということになります。むしろ、労基法は、「この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をした代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する」としており(労基法121条1項)、責任者個人の刑事責任を原則的なものとして捉えています。
以上より、人事労務管理の権限・責任を有する取締役個人が、労基法違反の刑事責任を追及され得る立場にあるということがお分かりいただけると思います。

Ⅲ 取締役個人の民事責任(損害賠償責任)

1. 二つの条文(民法と会社法)

労働問題が生じた場合には、刑事責任のみならず、民事責任(損害賠償責任)も問題となります。刑事責任は国家により追及され、民事責任は被害者により追及されます。労使紛争において取締役個人の民事責任(損害賠償責任)を追及するために使われる法律上の根拠条文は、基本的には二つです。民法709条と、会社法429条1項です。
民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています(以下、不法行為責任)。
会社法429条1項は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています(以下、役員責任)。取締役はこの「役員等」に、会社の従業員はこの「第三者」に該当します。
以下、取締役個人の民事責任(損害賠償責任)が問われた近時の裁判例を概観します。

2. 過労・パワハラ事案

東京地判平成26年11月4日(労判1109号34頁)は、会社の経営する飲食店で店長として勤務していた労働者が、長時間労働及び上司からのいじめ・パワハラにより急性のうつ病を発症して自殺したと主張して、当該労働者の両親が、損害賠償を求めた事案です。本稿のテーマとの関係では、会社の代表取締役個人に対して、前記の会社法429条1項に基づく損害賠償請求がなされました。
裁判所は、当該労働者が自殺に至るまでの経緯を詳細に認定した上で、①被告会社においては、業績向上を目指す余り、社員の長時間労働や上司によるパワハラ等を防止するための適切な労務管理ができる体制を何ら執っていなかったというべきである②そして、被告代表取締役は、長時間労働や上司によるパワハラを認識し、又は容易に認識することができたにもかかわらず、何ら有効な対策を採らなかった、と判示し、故意又は重大な過失により当該労働者に損害を生じさせたものとして、役員責任を認めました。認容された損害賠償の額は、両親に対するものの合計で約5,800万円です。

3. 解雇事案

東京地判平成27年2月27日(労経速2240号13頁)は、会社を解雇された従業員が、同社の代表取締役等に対し、違法に解雇された等と主張して損害賠償を求めた事案です。本稿のテーマとの関係では、会社の代表取締役に対して、前記の民法709条及び会社法429条1項に基づく損害賠償請求がなされました。
本件での解雇は主として会社の経営状況の悪化を理由としてなされたものでしたので、裁判所は、整理解雇の有効性についてのいわゆる4要件又は4要素(人員削減の必要性の存在、解雇回避努力の履践、人選の合理性、手続の妥当性)に沿って判断をしました。その中で裁判所は、会社の収入減少、目標不到達、赤字の継続計上等の事実から、人員削減の必要性があったことは認めました。しかし、解雇回避努力が不十分であり、解雇手続も相当性を欠くとして、本件解雇を解雇権の濫用に当たると判断しました。続いて、この濫用は著しいものであるとして、民法709条の不法行為を構成するものと判断し、さらに、代表取締役は本件の解雇が不法行為に該当することにつき少なくとも過失が認められるとして、代表取締役個人の不法行為責任を認めました。
解雇の関係では、逸失利益として137万4,000円(当該従業員の給与3カ月分)が損害として認容されました(慰謝料部分は認められませんでした。)。
なお、本件の舞台となった会社は従業員数が数名の小規模会社であったことを指摘しておきます。

4. 賃金不払事案

福岡地判平成26年8月8日(労判1105号78頁)は、元従業員が会社に対して未払時間外割増賃金を請求する訴訟を提起し勝訴判決を得たのにもかかわらず会社がこれを支払わないとして、会社の元代表取締役及び現代表取締役に対して会社法429条1項に基づく損害賠償を求めた事案です。
裁判所は、取締役が会社に同割増賃金を支払わせなかったことが取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に反し、そのことが悪意又は重過失によるものであるか否かを判断するためには、会社に割増賃金を支払わせなかったとする具体的事情を明らかにする必要があるところ、原告(元従業員)がこの点に関する具体的な立証を行っていないとして、元代表取締役及び現代表取締役の責任を認めませんでした。

Ⅳ おわりに

刑事責任については、責任者個人が追及を受けるものであるとの認識が重要です。また、民事責任(損害賠償責任)についても、会社の責任であって取締役個人は無関係であるという一般論は存在せず、不法行為責任又は役員責任が追及される可能性がある(とりわけ過労事案については賠償額が多額となり得る)点に、留意が必要です。


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