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マクロ経済環境のリスクシナリオ分析

2016年9月30日 PDF
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情報センサー2016年10月号 EY Institute

EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部
シニアエコノミスト 鈴木将之

シンクタンクを経て、2014年3月、EY総合研究所(株)に入社。専門はマクロ経済分析、計量経済学、産業連関分析。これまで、中期日本経済予測をはじめとして、日本経済の構造分析、計量分析に従事。現在、日本経済の研究・調査を行う。著書に『2060年の日本産業論』(東洋経済新報社)などがある。

Ⅰ マクロ経済環境のリスクシナリオ分析の重要性

企業にとって、成長への投資というアクセルと、マクロ経済環境のリスクシナリオ分析というブレーキの両方を駆使して、先行き不透明感が漂う世界経済の曲がり角を乗り越えて成長していくことの重要性が高まっています。
なぜ、マクロ経済環境のリスクシナリオ分析が重要になっているのでしょうか。その理由として、世界経済という外部環境が、企業収益に大きく影響していることが挙げられます。実際、日本企業の収益(自己資本利益率:ROE)と世界経済の成長率を比べると、その連動性の高さが分かります(<図1>参照)。また、注目されるのは、今後2000年代のような高成長が見込めないなど、世界経済が曲がり角を迎えていることです。これらを合わせてみると、日本企業のROEも低位で推移する恐れがあります。

図1 日本企業の自己資本利益率(ROE)と世界経済の成長率

世界経済が曲がり角を迎えている理由は、大きく二つあります。第一の理由は、リーマンショック後、日米欧の非伝統的な金融緩和によって大量のマネーが市場にあふれ、世界経済の振れ幅を拡大させていることです。大量のマネーが収益性を求めて、新興国経済や原油などの国際商品市場に流入し、それらを押し上げます。その一方で、投資家がリスク回避的な姿勢になれば、マネーの流出が新興国景気や商品市況を押し下げる局面に転じるなど、振れ幅が拡大しています。
第二の理由は、世界経済のけん引役が不在なことです。リーマンショック後に4兆元の景気対策を打った中国では景気が減速しており、他のBRICS諸国もかつての輝きを失っています。日欧の成長率は低く、米国も相対的にけん引力が弱まっています。
こうした中、マクロ経済環境のリスクシナリオ分析の重要性が高まっており、それに基づく企業経営者と機関投資家など、株主との対話の促進が必要になっています。例えば、短期の業績予想や中期経営計画などで前提となる経済環境を共有できれば、お互いの考えの理解を深めて、より戦略的な企業経営を実現できるからです。
こうした視点から、以下ではマクロ経済環境のリスクシナリオ分析・評価について整理します。

Ⅱ マクロ経済環境のリスクシナリオ分析の進め方

1. ステップ①:リスクの把握

リスクシナリオを考える第一段階は、企業リスクの把握です。ここでは、リスクチャートによって、企業の外部環境にあるリスクを整理します。
リスクを捉える軸として、時間、地域、発生確率、経済的な影響力の四つがあります。例えば時間軸において、短期の業績予想では1年程度、中期経営計画では3~10年程度がスコープになります。また、地域軸では、すでに事業展開している地域や、今後計画している地域とともに、グローバルに影響し得るイベントも考慮することが必要です。このような時間軸・地域軸を前提に、リスクイベントの発生確率と経済的な影響力の掛け算によって、リスクを総合的に捉えます。
例として、時間軸を16年7月時点で評価したグローバル企業のマクロ経済環境のリスクチャートを取り上げます(<図2>参照)。「英国の欧州連合(EU)離脱」(Brexit)をめぐる国民投票の結果を受けて、その離脱プロセスの先行き不透明さがリスクになりました。また、その煽(あお)りでタイムスケジュールが崩れた米国利上げや、日本での追加緩和期待感に伴うリスクシナリオが浮上しました。

図2 例:グローバル企業の16年7月時点のマクロ経済環境のリスク

2. ステップ②:リスクシナリオの作成

次に、抽出したリスクについてシナリオ分析を行います(<図3>参照)。リスクの背景を整理して、着地点を見据えたシナリオを作り、関連する政治・制度・法律への影響なども踏まえた上で、マクロ経済への影響を分析します。そこから企業の対策へのインプリケーションを導出します。

図3 リスクシナリオ分析

具体例として、ここでは16年7月時点に想定されたBrexitのシナリオ分析を取り上げます(<図4>参照)。第一段階として、国内の意思統一があります。6月の国民投票で離脱派が過半数となったものの僅差であり、下院やスコットランド、北アイルランドなどで残留派が多数を占めていたことから、新政権では英国内の意思を十分確認する必要があります。また、それまで不明であった英国内の手続き(議会承認や自治政府の承認の有無など)を明らかにして、実際の手続きに行動を移すことが必要です。

図4 16年7月時点で想定されるBrexitシナリオ

第二段階として、それと同時にEUとの水面下での調整も、英国にとっては重要でした。なぜなら、国内意見統一のためにも、離脱後の見通しを明らかにする必要があるからです。しかし、EU側は事前協議を否定しており、交渉がこう着する恐れがあります。
第三段階では、年明け以降に英国がEUに離脱を通告、第四段階で2年間をメドにした離脱交渉、第五段階で2年後にEU法の英国内での適用が終了して正式離脱というものです。もちろん、離脱後の貿易協定などの締結、EU以外の国との再交渉などを踏まえれば、5~10年単位の長期的な交渉となります。
また、残留シナリオというサブシナリオを想定しておくことも必要です。国民投票に法的拘束力がないため、残留派が多数であった議会が国民投票結果を無視することも可能だからです。離脱派が外相や離脱担当相に就任したことで、かえって離脱交渉が難航する予想が立ちます。スコットランドなどの残留表明もあり、国内外で離脱プロセスが暗礁に乗り上げる恐れがあります。
その状況を打破するために、下院の解散・総選挙によって、国民に真意を問うというシナリオが考えられます。もちろん首相に下院の解散権がなく、解散には下院の3分の2の賛成が必要になるなど、このシナリオのハードルは高いことも事実です。しかし、リスクシナリオの一つとして、英国内の混乱の長期化は十分想定されるものです。

3. ステップ③:グローバル経済への影響

続いて、公的機関などの試算を活用して、Brexitなどによるマクロ経済への影響を整理してみます。例えば、EY ITEM Clubの見通しでは、16年の英国の経済成長率は前回見通し2.3%から1.9%に、17年は2.6%から0.4%に下方修正されました。ポンド安が輸出を押し上げるものの、不確実性が個人消費や設備投資を抑えるという分析になっています。
また、欧州委員会の試算によると、英国の経済成長率はBrexit以前の予測(16年1.8%、17年1.9%)から、軽微シナリオでそれぞれ1.6%、1.1%、深刻シナリオで1.3%、▲0.3%になると予測されています。ユーロ圏の経済成長率も事前の1.6%、1.8%から軽微シナリオで1.6%、1.5%、深刻シナリオで1.5%、1.3%と減速するとみられています。
経済協力開発機構(OECD)の試算では、英国の経済成長率は18年時点で約▲1.8%の下押し圧力を受けます(<図5>参照)。日本も例外ではなく、約▲0.5%の下押し圧力を受けると試算されています。

図5 経済成長率(GDP)への影響

これを踏まえると、日本経済がマイナス成長に陥ることも想定できます。なぜなら、日本の潜在成長率が0.5%を下回るなど、外部ショックに脆弱(ぜいじゃく)な体質があるからです。この状況では、企業のROEが低下することは必至であり、早急な対策が必要になるといえます。

4. ステップ④:制度面など企業への影響

次に、制度的な面から、企業への影響を整理してみます。Brexitによって、国内法はそのまま残るものの、EU法・ルールが英国に適用されなくなるため、英国企業が競争力を失う恐れがあります。実際、国民投票後、一部金融機関が英国での事業を縮小する動きを見せるなど、企業の英国離脱が現実のものになりかねません。また、今後の関税や貿易協定の動向次第では、ポンド安でも輸出が減少する恐れもあります。
こうした状況下で、英国に展開している企業の対策の焦点は、設備投資や研究開発投資の抑制ではなく、英国脱出とEU域内での拠点の確立になります。もちろん、個別案件でみれば、英国が競争力を持つ場合もあるため、それぞれの企業を取り巻く環境を注視して、対策へのインプリケーションを導いていくことになります。

Ⅲ リスクシナリオ分析を企業経営に生かす

本稿では、マクロ経済環境のリスクシナリオ分析のフレームワークを、16年7月時点、特にBrexitを例にして解説しました。企業がマクロ経済環境のリスクに晒(さら)されている現状を踏まえれば、中長期的な企業の成長のために、このようなリスク分析を経営に生かしていくことが、ますます重要になっていると考えられます。

※1977年にEYが単独スポンサーとなって設立された英国の民間アナリストグループ。四半期ごとの経済見通しは、英国財務省の政策分析や経済・財政予測にも影響を与えている。

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