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香港における移転価格税制の動向

2018年1月31日 PDF
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情報センサー2018年2月号 JBS

香港駐在員 公認会計士 田所 聡史

2004年、当法人に入所。製造業や物流業をはじめとする多国籍企業の会計監査やアドバイザリー業務に従事。16年よりEY香港事務所に現地日系企業担当として駐在。会計や税務のみならず、グループ内再編、M&Aのサポートやアドバイザリー業務など、幅広いサービスで現地での日系企業の事業展開を支援。

Ⅰ BEPSプロジェクト

1. BEPSプロジェクトの経緯

近年、多くの多国籍企業が各国の税法の抜け穴を活用したタックスプランニングを採用しており、低税率国への利益移転と各国の税源浸食(Base Erosion and Profit Shifting:BEPS)の問題が顕在化しています。このようなアグレッシブなタックスプランニングに対して単一の国で対抗することは困難であり、国際協働を通じて国際課税ルールを変更していく必要があるため、経済協力開発機構(OECD)は、課税の透明性を高めるとともに、国際的な租税回避行為への対策を取ることを強くコミットしています。2012年6月、OECDはG20とともにBEPSプロジェクトを開始し、13年7月に15のBEPS行動計画を公表し、15年10月に最終的な報告を公表しています。現在は、日本や香港を含む約100の国・地域がBEPSプロジェクトの枠組みに参加しています。

2. 15のBEPS行動計画

OECDが公表した15のBEPS行動計画は<図1>のとおりです。移転価格文書化(行動計画13)を含む四つの行動計画は、各国が最低限導入すべきミニマム・スタンダードとされており、現在、多くの国・地域において移転価格文書化の法制化が進められています。

図1 15のBEPS行動計画

3. 行動計画13:移転価格文書化

OECDでは、透明性を確保する観点から、<表1>の三層構造の移転価格文書化を推奨しています。マスターファイルと国別報告書は企業グループの最終親会社が、ローカルファイルは企業グループの各社が作成することとなります。

表1 三層構造の移転価格文書化

Ⅱ 香港におけるBEPSへの対応

1. BEPSプロジェクトへの参加表明

16年6月、香港は、OECDのBEPSプロジェクトのアソシエイトメンバーとなり、同プロジェクトの枠組みへの参加を表明するとともに、前述した四つのミニマム・スタンダードの導入を公約しました。

2. BEPS対策公開草案およびBEPS対策報告書の公表

16年10月、香港政府はBEPS対策公開草案を公表し、OECDが推奨するマスターファイル、ローカルファイル、国別報告書からなる三層構造の文書化の採用を決定しました。その後、関係各所からのコメントを受け、香港政府は17年7月にBEPS対策報告書を公表し、移転価格の基本的なルールや移転価格文書化の対象者などを明確化しました。BEPS対策報告書で提案されている移転価格文書化の詳細は次のとおりです。

① マスターファイルとローカルファイル

マスターファイルとローカルファイルは中国語または英語で作成し、7年間保存することとされています。また、納税者への過度な負荷を避けるため、以下の要件(a)(b)のいずれか一つを満たす納税者は、マスターファイルとローカルファイルの作成が免除されます。

(a) 事業規模による免除要件

以下のうちいずれか二つを満たす納税者はマスターファイルとローカルファイルの作成が免除されます。

  • 総年間売上が200百万香港ドル以下
  • 総資産が200百万香港ドル以下
  • 従業員が100名以下
(b) 関連者間取引の金額による免除要件(中国の免除要件を踏襲)

各カテゴリーの関連者間取引の金額がそれぞれ以下の基準値を下回る場合、当該取引に関してローカルファイルの作成が免除されます。また、全てのカテゴリーが以下の基準値を下回る場合にはマスターファイルの作成も免除されます。

  • 有形資産の譲渡金額が220百万香港ドル未満
  • 金融資産の取引金額が110百万香港ドル未満
  • 無形資産の譲渡金額が110百万香港ドル未満
  • その他の関連者間取引金額が44百万香港ドル未満
② 国別報告書

18年度中に情報を収集し、19年に初回の国別報告書を提出することとされています。OECDの推奨基準に従い、連結総収入7.5億ユーロ(約68億香港ドル)以上の多国籍企業グループに対して国別報告書の提出が求められています。国別報告書は中国語または英語で作成し、期末日から12カ月以内に提出することとされています。
また、国別報告書の直接的な提出義務は香港居住の多国籍企業グループの最終親会社にのみ課せられることとされ、日系企業の香港子会社は、香港税務局(IRD)に対して直接の提出義務を負わないことが明らかになりました。日本親会社が日本の税務局に対して国別報告書を提出した後、その国別報告書が日港租税条約の情報交換協定により日本の税務局からIRDに提供されるため、原則として、日系企業の香港子会社がIRDに対して国別報告書を提出することはありません。
改正法案は17年末までに立法議会に提出される予定であり、OECDの移転価格ガイドラインを適用すべき旨を内国歳入法にて法制化することが提案されています。また、DIPN(解釈指針)で詳細なガイダンスが提供される予定となっています。

Ⅲ おわりに

国際的にBEPSへの対抗措置が整備されていく中、IRDは移転価格への関心を強めており、近年IRDからの移転価格関連の質問状が増加傾向にあります。このため、グループの移転価格ポリシーを適切に策定・運用するとともに、近い将来に義務化される香港での移転価格文書化に適切に対応していく必要があります。

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