刊行物
情報センサー2018年2月号 FAAS

今なぜ統合報告書なのか

(株)日本ベル投資研究所 代表取締役 主席アナリスト 鈴木行生
1975年(株)野村総合研究所に入所。企業アナリストを経て、96年取締役企業調査部長。97年野村證券(株)取締役金融研究所 所長。2000年に野村アセットマネジメント(株)常務執行役員。その後、野村ホールディングス(株)、野村アセットマネジメント(株)、野村信託銀行(株)、野村資本市場研究所(株)の取締役を歴任し、07年社団法人日本証券アナリスト協会 会長に就任。10年7月(株)日本ベル投資研究所を設立し、アナリスト(Independent Research Analyst)として活動中。現在、東証1部上場企業の社外取締役、日本IR(インべスター・リレーションズ)学会 副会長。公益社団法人日本証券アナリスト協会 検定会員(CMA)。

Ⅰ はじめに

2013年12月に「国際統合報告フレームワーク」が公表されてから、はや4年が経過しました。17年10月26日の日本経済新聞の記事によれば、日本では、17年度に統合報告書を発行する企業数が400社を超えるという調査結果が出ています。現時点で、国際統合報告評議会(IIRC)が認識している世界の統合報告書の発行企業数は1,600社です。わが国の制度上、統合報告書の作成は各企業の任意ですが、なぜ日本では統合報告書を発行する企業が増えているのでしょうか。元アナリストで現(株)日本ベル投資研究所代表取締役の鈴木行生氏に、報告書を利用する投資家の視点から統合報告書を発行する意義についてお話を伺いました。


図1 統合報告書発行企業数の推移

Ⅱ 補足説明

「国際統合報告フレームワーク」は、組織が中長期にわたりいかにして企業価値を生み出そうとしているのかについて報告するための枠組みです。例えば英国では、「国際統合報告フレームワーク」とほぼ同内容の「ストラテジックレポート」が制度化されており、南アフリカに至っては「国際統合報告フレームワーク」にのっとった統合報告書の発行が、上場企業に義務付けられています。また、アジア地域においても、マレーシアで統合報告書の作成が義務付けられました。
日本では、17年5月に経済産業省から「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス-ESG・非財務情報と無形資産投資-」が公表されました。当該ガイダンスは、企業の持続的な価値創造に関する投資家と企業の対話および情報開示の「指針」としての活用が期待されています。

(下の図をクリックすると拡大します)


EY
統合報告書を発行する企業が増えています。利用者である投資家が統合報告書に期待することは何でしょうか。
鈴木
時価総額をいかに高めていくかという観点から、全ての上場企業の社長が自ら中長期の価値創造の仕組みについて書き下ろした統合報告書が期待されています。
鈴木
統合報告書は、「わが社の価値創造の仕組みを投資家に理解してもらおう」という強い意識を持って、全ての上場企業に主体的に発行してもらいたいと思っています。企業の中には、いかに手間やコストをかけずに済ませるかという観点で情報開示しているところもあると聞きます。しかしそれでは、他の報告書の解説書や、部分的に他の報告書の文章を引用した報告書になってしまいます。そうではなく、時価総額をいかに高めていくかという観点から、上場企業には「中長期の価値創造の仕組み」について社長が書き下ろした統合報告書をぜひ発行してもらいたいです。
中長期の価値創造の仕組みとは、一言で言うと「中長期にわたりどのようにしてもうけようとしているのか」です。企業の「強み」を生かしたお金もうけの仕組み、つまりビジネスモデルのことです。「強み」とは企業によって千差万別で、例えばブランド力や人材力、製品開発能力、あるいはその全てかもしれません。自社の事業活動の中で利益を生み出す源泉が何かを把握し、これを投資家に理解してもらえなければ株価も上がるはずなどありません。その意味で、価値創造の仕組みを情報開示することは、非常に重要です。しかし、中長期の価値創造の仕組みの書き下ろしは、実際にやってみるととても難しいと思います。1回で答えが出るものでもないでしょう。それでもこの「芯」となる価値創造の仕組みを社長が書き下ろすことが統合報告書の作成には不可欠なのです。
そして、「書き下ろす」とは、単に事実を解説することを意味するのではありません。投資家が「読みたくなる」報告書を作成するためには、企業の個性が表れるような言葉、考え方、ビジョンを持って書き下ろすことが重要です。
EY
なぜ統合報告書が必要なのでしょうか。
鈴木
投資家も企業が発行した統合報告書を読む必要性に迫られているからです。
鈴木
企業の将来の成長性を評価することが難しい時代に入ってから、投資家は、ROEやEPSといった足元の結果を重視する傾向にあり、企業には、中長期の価値創造の仕組みを投資家に説明するインセンティブがありませんでした。しかし、現在投資家サイドで価値創造の仕組みを理解しようとする動きが始まっています。例えば、日本版スチュワードシップ・コードでは、投資家に中長期の企業価値について企業と対話することを要求しています。その意味で、中長期の価値創造の仕組みを報告する統合報告書は、このような投資家のニーズに応え得る対話ツールだと言えます。上場企業には、こうした変化に気付き、統合報告書を作成してもらいたいと思います。
一方、アナリストをはじめとする投資家サイドに対しては、投資先企業が発行する統合報告書を「従来とは違う企業の主張はあるか」という視点で毎年読み込んでほしいと思います。もし陳腐な内容と感じたなら「どこが陳腐なのか、具体的にどのようなパンチが欲しいのか」について企業と積極的に議論をすべきです。同時に企業側も、こうした対話を申し込んでこない投資家とは付き合う必要はないというくらいの気構えで臨んでほしいと思います。企業と投資家との本当の意味での対話は、そこから始まるのではないでしょうか。

(下の図をクリックすると拡大します)


EY
統合報告書に求められる情報とは何でしょうか。
鈴木
ありたい姿が何であって、自社の強みを生かしてそこにどのようなやり方で到達しようとしているのか(戦略)です。企業の価値観と中期経営計画を合わせて報告すればいいというものではありません。
鈴木
中長期の価値創造の仕組みとは、「中長期にわたりどのようにしてもうけようとしているのか」であり、ビジネスモデルです。統合報告書とは、ありたい姿が何であって、そこにどのようなやり方で到達しようとしているのか(戦略)の報告です。それならば、当社はすでに企業理念と中期経営計画を報告書に書いているという声が聞こえてきそうですが、企業の価値観と中期経営計画を合わせて報告すればいいというものではありません。そもそも中期経営計画には、海外売上高比率を上げる、新しい組織を作るといった細分化された目標やアクションプランがあるものの、肝心の戦略について示されていないケースが少なくありません。また、目標はあるけれど、それは過去の延長線で立てられた業績目標であって、ありたい姿を実現するためのマイルストーンになっていなかったり、ありたい姿が示されていなかったりすることもあります。そうした企業は、「自社の強みは何であって、それを生かして中長期にわたりどのようにもうけていくのか」を社内で議論することから始める必要があります。
統合報告書には、「付加価値の高い商品を、安く提供する」といった一般論ではなく、自社独自の強みを書いてほしいと思っています。弱みは書かなくてもいいくらいです。投資家には、書いていないことが弱みだと分かります。例えば、「人材」が強みだというのであれば、商品やサービスを生み出す仕組みを知りたいと思います。新商品のアイデアを出したイノベーターの名前を出して、何をどうやったのかを書いてほしいと思います。もちろん、イノベーター独りでは全てを成し遂げられなかったでしょう。どのようにして組織能力にしていったのかを知りたいのです。新商品の機能や性能を説明したり、PRしたりするのではなく、新商品という価値を生み出した仕組みを教えてほしいのです。またその新商品が、中長期の価値創造の仕組みの中でどこに位置付けられているのかを必要性とともに説明してほしいのです。
EY
企業は統合報告書をどのように活用すべきでしょうか。
鈴木
統合報告書は投資家との対話のツールです。自社の企業価値創造に役立つ投資家を識別するために活用することをお勧めします。
鈴木
 「中長期にわたりどのようにしてもうけようとしているのか」を統合報告書に書き下ろしたら、次は投資家へ説明する主体的なアクションが必要です。企業は、統合報告書を活用して投資家と対話を行い、自社の価値創造に役立つ投資家を識別することをお勧めします。また、そうした投資家の意見を戦略の実践に落とし込み、経営に役立つインベスターリレーションを構築することが理想です。そういう意味で、統合報告書とは投資家との対話のツールなのです。
このため、統合報告書を作成する際には、投資家を意識してもらいたいと思います。例えば、展開している事業が多岐にわたる企業の統合報告書には、事業ごとのビジネスモデルが説明されているケースがあります。しかし、投資家は企業に投資するのであって、事業に投資するのではありません。事業ごとのビジネスモデルの説明の前に、企業全体としてのビジネスモデルの説明が欲しいです。
EY
統合報告書をよりよい投資家との対話のツールにするためにはどうしたらいいですか。
鈴木
統合報告書の作成はホップ・ステップ・ジャンプが必要です。
鈴木
すでにお気づきかと思いますが、統合報告書は、一足飛びにいくものではなく、企業が時間をかけて主体的に発行していく報告書です。「国際統合報告フレームワーク」といった基準に準拠すればいいというものではありません。できるところから始めて、投資家との対話を通じてブラッシュアップされるものです。作ってみて、投資家と対話してみて、改善がもたらされる、ホップ・ステップ・ジャンプが必要な報告書なのです。投資家に読まれないから作成しないのではなく、まずは作成してみて、本棚に並べてから読書率を上げる努力をするべきだと思います。
聞き手 小澤ひろこ
    新日本有限責任監査法人
    FAAS事業部 統合報告推進
    国際統合報告評議会 日本事務局

情報センサー 2018年2月号