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新たな収益認識基準が業種別会計に与える影響 第9回 化学産業

2018年3月30日 PDF
カテゴリー 業種別シリーズ

情報センサー2018年4月号 業種別シリーズ

化学セクター 公認会計士 安野 智彦

当法人入所後、化学産業を中心に製造業、卸売業などの会計監査、IFRS導入支援業務に従事。その他、システムに関する監査業務やIPO支援アドバイザリー業務、M&Aに係る企業価値算定評価業務も担当。

Ⅰ はじめに

2014年5月、国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計基準審議会(FASB)は、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」(米国基準ではTopic606)を公表しました。これを踏まえ、企業会計基準委員会(ASBJ)は日本基準の体系の整備を図り、日本基準を高品質で国際的に整合性があるものとするなどの観点から、17年7月に公開草案「収益認識に関する会計基準(案)」および「収益認識に関する会計基準の適用指針(案)」(以下、「収益認識に関する会計基準(案)」等)を公表しました。
本連載では、「収益認識に関する会計基準(案)」等の内容を、化学産業に関連する収益認識の論点について記載します。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。

Ⅱ 化学産業における収益認識の論点

1. 収益認識時点―履行義務の充足(会計基準案32~42項、適用指針案第9~16項)

現行のわが国の収益認識に係る実務では、売上高は「商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」とする企業会計原則の規定(いわゆる実現主義)の枠内において、出荷基準、検収基準などの考え方に基づいて収益が認識されています。
一方、「収益認識に関する会計基準(案)」等では商品・製品販売取引は、資産に対する支配が移転した時点で収益を認識することになります。このため、以前から出荷基準により収益認識している企業は、出荷しただけでは支配が移転したと認められない場合、収益認識のタイミングが変更となる可能性があります。
化学産業では、その上流において素材品が大量に出荷される特徴があり、製品の引渡方法も通常運搬によるほか、パイプライン輸送、タンクローリー車による供給等、さまざまな形態があります。また、化学産業の下流では、ユーザーからの要求に応えるため、多品種少量の生産を行い、納品先ごとにさまざまな製品形態や引渡形態を採ります。
従って、さまざまな製品形態に応じた出荷形態があるため、出荷基準により収益を認識している企業は、各実態に応じて製品に対する支配が出荷時点で移転しているかの検討が必要となります。
ただし、商品又は製品の国内の販売において、原則的な取扱いの結果、支配が移転する時点を、例えば検収時点などと判断した場合であっても、出荷時から検収時までの期間が「通常の期間」である場合は、出荷基準による収益認識が容認されます(適用指針案97項)。当該代替的な取扱いである容認規定も採用可能か否かも検討が必要となります。

2. 仮単価による販売-変動対価(会計基準案第44~52項、適用指針案第23~26項)

資源が豊富でないわが国においては、原材料は主として諸外国から輸入しています。このため、化学産業の上流事業の業績は、原材料の価格変動、為替変動などにより大きな影響を受けることになります。
従って、原材料の価格変動をいかに製品価格に転嫁できるかが重要であり、販売先とメーカーとの交渉が長期化し、販売価格が決まらないまま、いったん仮単価で取引が行われることがあります。
現行のわが国における実務では、取引時に過去の取引単価や類似する取引単価を参照して仮単価を設定、仮単価に基づいて収益を認識し、その後、取引単価が合意された時に、過去の期間の取引に係る仮単価と決定単価の差額による収益の修正を一括で認識するケースが見受けられます。
これに対し、「収益認識に関する会計基準(案)」等では、仮単価は単価改定に伴い取引価格が変動する可能性があるという点において、変動対価(会計基準案第47項)に該当すると考えられます。変動対価は最頻値又は期待値による方法のいずれかにより見積もり、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、収益の著しい減額が発生しない可能性が非常に高い部分に限り取引価格に含めることとなります(会計基準案第48項および51項)。
従って、直近の価格交渉の内容や過去の実績など、企業が合理的に入手できる情報を踏まえ、取引単価の設定方針を検討し、認識した収益の著しい減額が生じない金額を各決算日において見積もる必要があります。

3. 交換(スワップ)取引(会計基準案第3項および99項)

日本の化学産業では、物流費削減目的や定期修繕対応を目的として、他社の製品を自社の製品と交換するような「スワップ取引」が行われる商慣行があります。
スワップ取引には、「ロケーション・スワップ取引」や「タイム・スワップ取引」があります。
ロケーション・スワップ取引とは、物流費削減のため、自社工場・倉庫よりも他企業の工場倉庫の方が納入先に近いような場合、相互に納品先を交換する取引をいいます(<図1>参照)。

図1 ロケーション・スワップ取引

タイム・スワップ取引とは、定期修繕に備え、自社工場における製造が停止中の間に他企業より納品するよう取り交わす取引をいいます。
このうち、現在の会計実務におけるロケーション・スワップ取引については、取引当事者双方において売上高、仕入高を総額で認識しているケースがあります。
しかし、「収益認識に関する会計基準(案)」等で「IFRS第15号と同様に、同業他社との棚卸資産の交換について収益を認識することは適切ではないと考えられる」(会計基準案第99項)とされており、当該取引に係る売上高および仕入高を総額で認識している企業は相殺表示が必要となる可能性がある点に留意が必要です。

Ⅲ おわりに

わが国の化学産業における現行の実務では、出荷基準による収益認識が慣行となっているケースが見受けられます。
前述のとおり、化学産業ではさまざまな取引形態があり、個別具体的な取引の識別と検討、各取引形態における論点の抽出と会計方針の決定に相当の労力と時間を要する場合が想定されます。
「収益認識に関する会計基準(案)」等の内容を踏まえ、会計方針や既存のシステムの変更、新たな内部統制を整備する必要性などについて、影響が考えられる取引形態を契約書等を用いて事前に洗い出し、整理検討しておくことが適切と考えます。

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