情報センサー

英国における「税のデジタル化」について

2018年10月31日 PDF
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情報センサー2018年11月号 JBS

ロンドン駐在員 公認会計士 松川 拓郎

2006年、当法人に入所。製造業、情報通信業をはじめとする上場企業および外資系企業の会計監査を中心とし、会計基準に関する執筆活動にも従事。18年よりEYロンドン事務所に現地日系企業担当者として駐在。会計・税務を中心に、M&AやBrexit関連業務など、幅広いサービスを提供。

Ⅰ はじめに

2015年の予算作成時に、英国政府は税制度の改革ビジョンを立ち上げ、15年12月に「税のデジタル化(Making Tax Digital :MTD)」に関するロードマップを公表しました。当初のMTDに関する提案では、18~19年の納税期間から19~20年の納税期間の間でデジタル記録を用いた所得税、付加価値税(Value Added Tax :VAT)、法人税の申請を段階的に導入していくことを計画していました。
その後、MTDの導入に関する説明を経て、17年7月13日に英国政府は、企業は19年4月以降の納税期間からVATに関するMTDシステムを使用し、20年4月以降から他の税金についてもMTDシステムを適用する旨の声明を出しています。
この度、18年7月13日に英国税務当局、歳入税関庁(HM Revenue & Customs :HMRC)はVATへのMTDに関する通達(VAT Notice 700/22)を発行しました。本稿では当該通達の内容を解説します。

Ⅱ 制度の概要

1. 制度内容

VATに関するMTDは、一定の課税売上高のあるVAT登録企業に対し、ソフトウェアを用いてデジタル形式で記録管理を行い、API(Application Programming Interface)プラットフォームにつなげることによりVATの申告書を提出することを義務づける新たな制度です。
近年、企業の業務プロセスはIT化されてきており、取引記録や会計記録がクラウドベースのアプリケーションで保存されたりするなど、デジタル形式での管理は一般的な実務慣行となっています。
HMRCが導入を決定したMTDでは、これまで企業が独自に構築してきたシステム環境と異なる場合があり、企業が用いるソフトウェアは追加で求められる要件を満たす必要があります。
企業のデジタル記録が更新されると、ソフトウェアがその記録を照合し自動で税申告書を作成します。企業は当該ソフトウェアで自動作成された申告書の内容が正確であることを確認し、APIプラットフォームを通じてHMRCに当該申告書を提出します。税申告書の提出後は、ソフトウェアを通じて申告書の受領確認通知を受けとることとなります。

2. 対象企業

VAT登録基準(現在は£85,000)を超える課税売上高がある企業が対象となります。その後、課税売上高が登録基準よりも減少したとしても、VAT登録の解除や別の適用除外基準を満たさない限り、継続してMTDの規則を遵守する必要があります。

3. 適用時期

当該規則は、19年4月1日以降に開始される最初のVAT申告対象期間から適用されます。
例えば、19年4月1日現在で対象企業に該当しており、19年3月1日から5月31日を四半期のVAT申告期間としている場合、19年6月1日に開始する期間からMTDの規則に則った運用が求められます。

4. 保管すべきデジタル記録

全てのVAT登録企業は、一定の取引記録と会計記録を管理、保存しなければなりません。MTDの制度適用後は、これらの記録をHMRCのAPIプラットフォームと互換性のあるソフトウェア内にデジタル形式で保管しなければなりません。なお、この通達に特に定めのない記録、又はVAT申告書を作成するのに必要のない記録は、当該ソフトウェア内に保存する必要はないとされています。

(1) 互換性のあるソフトウェア

機能に互換性のあるソフトウェア(以下、機能互換ソフトウェア)とは、ソフトウェアプログラム単体又はセットであり、以下の機能を有する製品又はアプリケーションでなければならないとされています。

機能互換ソフトウェアの要件

MTDで要求されるデジタル記録は、当該ソフトウェアを通して保管される必要があります。

(2) デジタル形式での保管データ

デジタル形式で管理、維持、保存する必要があるものとして、VATのMTDに関する通達では<表1>の事項が挙げられています。

表1 デジタル形式での保管データ

<表1>に記載のもの以外では、請求書などを追加の記録として保存しておく必要がありますが、これらをデジタルで残しておくことは求められていません。

また、作成するVAT申告書の裏付けのため、機能互換ソフトウェアには<表2>の事項を記録しなければなりません。

表2 機能互換ソフトウェアに記録すべき事項

5. 調整方法

VATの規則上、申請した仕入VAT又は支払うべき売上VATついて調整が認められる、又は必要とされる場合、当該調整は機能互換ソフトウェアに記録されなければなりません。この場合は、項目ごとの調整額の合計に限り機能互換ソフトウェアに記録すればよく、それを基礎づける計算の詳細を記録する必要はないとされています。計算が機能互換ソフトウェア外で行われた場合、計算に使用された情報に関するデジタルリンクは求められてはいません。

Ⅲ おわりに

VATのデジタル化は英国政府が行う「税のデジタル化」に関する施策の第一歩であり、今後は他の税金(法人税、所得税等)についてもデジタルでの申告を行うことが計画されています。
「税のデジタル化」は英国特有のトレンドではなく、多くのEU加盟国ではすでに導入済み、あるいは導入に向けた準備を進めている状況にあります。
英国では、19年4月1日よりVATのデジタル化が開始されます。当該「税のデジタル化」への対応が遅れた場合には罰則を受ける可能性があるため、期限までに十分な対応を図る必要があります。
システム導入には長期のリードタイムを要することが考えられます。当該システム導入に必要な時間を確保するため、まだ当該制度導入への検討を始めていない企業はできるだけ早く検討することが重要です。

<参考文献>
英国歳入税関庁(Her Majesty's Revenue and Customs / "HMRC"):Making Tax Digital: changing the scope and pace - technical note / VAT Notice 700/22 : Making Tax Digital for VAT

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