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情報センサー2018年12月号 業種別シリーズ

アジャイル開発における会計・監査上の課題

ソフトウェアセクター 公認会計士 溝田啓孝
主に国内の監査業務に従事。業種は、ソフトウェア、卸小売業、金融機関など。IT全般統制の評価業務にも従事している。システム監査技術者、中小企業診断士。

Ⅰ はじめに

ソフトウェアの開発手法にはさまざまなものがあります。従来は、ウォーターフォール型開発といわれる、要件定義、設計、開発、テストを、計画に従って遂行していく開発手法が一般的で、現在も多く採用されています。一方で、ウェブサービスやスマートフォンアプリなど、ユーザーにより近いシステム開発の重要性が高まる中で、要求事項の変化への迅速かつ柔軟な対応が可能なアジャイル開発による手法も増加しています。本稿では、アジャイル開発において典型的に考えられる会計・監査上の課題について取り上げます。

Ⅱ 工事進行基準の適用可能性

損益計算書を中心とした会計上の課題として、工事進行基準の適用可能性が挙げられます。工事進行基準を適用するためには、成果の確実性が認められる必要があり、工事収益総額、工事原価総額、決算日における工事進捗(しんちょく)度を信頼性をもって見積もることができなければなりません。
アジャイル開発では、ユーザーの要求に応じてイテレーションといわれる「計画、実行、及び評価」のサイクルを複数回反復して実施します。また、ウォーターフォール型の開発で数カ月から1年以上かかることとは対照的に、各イテレーションの期間は数週間と短いことが一般的です。さらに、各イテレーションにおける作業内容も前段階の開発や直近の要望を反映して柔軟な対応がされるため、信頼性の高い原価総額の見積が困難で、工事進行基準の適用要件を充足できず、工事完成基準を採用される可能性が高まります(<図1>参照)。状況の変化に応じて短期間で開発とリリースが行われる実態を財務諸表に反映するためには、例えば月単位で工数精算をする形態や準委任契約とすることで、適時に売上及び対応する売上原価が計上されます。

(下の図をクリックすると拡大します)

Ⅲ 自社利用ソフトウェアの資産計上範囲

貸借対照表における会計上の課題として、自社利用ソフトウェアとしての資産計上範囲の問題が挙げられます。「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」では、将来の収益獲得または費用削減が確実である自社利用ソフトウェアの取得費・制作費は、無形固定資産として計上することとされています。
この自社利用ソフトウェアをアジャイル開発により構築した場合には、要求事項の変化に応じて開発内容が変化するため、将来獲得する収益や費用削減効果をあらかじめ定義することや開発プロジェクトに係る予算を立てることが難しく、資産の計上範囲や償却開始時期などの確定が困難なことがあります(<図2>参照)。

(下の図をクリックすると拡大します)

アジャイル開発では、各イテレーションでリリースされますので、対応としては、リリース内容や関連コストの見通しを立てることができる単一または幾つかのイテレーションの単位で予算化と効果判定を行い、承認を得るとともに、適時に見直すことが考えられます。

Ⅳ 監査上の課題

通常、財務諸表監査とシステム監査とは目的が異なるため、財務諸表監査に直接適用されるものではありませんが、「システム監査基準」及び「システム管理基準」(経済産業省)が平成30年4月20日に改訂されました。そこでは、「従来のシステム管理基準では、企画、開発、運用及び保守という概念を前提としたウォーターフォール型のシステム開発を前提としていましたが、短期間での反復した開発を行うアジャイル型のシステム開発における取扱いについても管理策として含め」たとして、アジャイル開発の内容が盛り込まれました。
アジャイル開発における監査証拠の候補としては、自動化ツール等で高度化されるものやホワイトボードの情報等の開発実態に即したものなどが考えられますが、「システム監査基準」ではその特質に応じた監査証拠入手時の考慮事項が挙げられています。財務諸表監査や内部統制監査においても、Ⅱ、Ⅲに挙げたように、工事進行基準の成果の確実性や資産計上範囲を確認する内部統制をどのような資料で確認するのかに影響が考えられます。
IT全般統制の観点からも、アジャイル開発により構築されたシステムでは、一度利用可能になった後にも早いサイクルで開発とリリースが繰り返されるため、ウォーターフォール型を前提とした、開発前の承認、開発時の確認・承認、本番登録前の承認という手順の中での重点が変わることが考えられます。そのような状況では、リリース情報が、漏れなく適時に関係者に共有され、連続する開発での影響判断ができるようになっているかという観点での評価が必要になってくるといえます。

Ⅴ おわりに

IT環境の変化などに伴い、ユーザー要求の激しい変化に対応可能なアジャイル開発が注目されるようになりましたが、その迅速性・柔軟性を志向する性質から、会計・監査上の対応を一律に決めることはできません。しかし、収益認識や資産計上等の考え方は変わらないため、会計基準等の趣旨から実務上の対応を検討する必要があります。


情報センサー 2018年12月号