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情報センサー2019年新年号 新年特別対談

日本企業のグローバル化とデジタル社会に対応した監査―Digital Audit

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東京大学大学院 准教授
首藤昭信(写真左)
EY新日本有限責任監査法人 副理事長
松岡寿史(写真右)
2019年の新年特別対談は、日本企業のグローバル化、さらにはデジタル社会に対応した監査の在り方について、当法人副理事長である松岡寿史が、東京大学大学院経済学研究科准教授である首藤昭信博士をゲストにお迎えしてお伝えします。聞き手は、当法人Digital Audit推進部長の加藤信彦です。

Ⅰ 日本企業のグローバル化と利益の質の変化

加藤
明けましておめでとうございます。昨年は、法人名称の変更やオフィスの移転など、当法人にとって一つの節目の年となりました。そして、新たな環境の下、さらなる飛躍を目指して2019年がスタートしました。首藤先生には、16年7月から当法人にご助力いただいておりますが、本対談を始めるに当たり、まずはその経緯について改めてお話いただけますか。
首藤
私は財務会計分野の利益調整(earnings management)と呼ばれる領域を研究しています。利益調整とは、会計基準の範囲内で経営者が行う裁量行動のことであり、誤解を恐れずに言えば「合法的な利益操作」と言えるかもしれません。利益調整を研究する第一の目的は、経営者が行う報告利益の調整の動機を解明することです。この研究では、経営者がなぜ利益を調整するのか、それはどのような手段で行われるのか、株式市場にどのような影響があるのか、そして、どういった要因が利益調整を抑制または助長するのかといった観点から体系的な結果が蓄積されており、現在では、「利益の質」の解明を実証的に行う研究領域として展開しています。また、利益調整と不正会計の発生は非常に相関が高いことが分かっており、利益調整研究の知見を活かして不正会計の予測を行うといった応用研究領域もあります。利益の質や不正会計の検知は、監査実務においても重要なテーマですので、今お話したような研究成果の情報提供という観点から、お声がけいただいたと理解しています。
加藤
利益の質という観点で言えば、近年の日本企業も、グローバル化により海外の子会社を買収するといった活動も増え、利益の質も変わってきているのではないかと思います。松岡副理事長は、これをどのように見ていますか。
松岡
グローバル市場では統一的な尺度が要求される場合が多く、その典型例が、世界的に導入が進んでいるIFRSです。これにより、歴史的な取得原価主義をベースとした会計に対して、公正価値をベースとした会計の割合が高まってきました。その結果、いわゆる包括利益の質が変化してきています。さらには、長らく議論されている、のれんなどの無形資産の処理の問題もあります。従来の日本の会計基準では、のれんは定期的に償却されるものでしたが、IFRSの下では一時の減損処理となるので、まさに利益の質が変わってきます。
首藤
そこは非常に興味深い点ですね。IFRSのコスト・ベネフィットは、学会でもずっと議論されてきました。IFRSの公正価値をベースとした会計基準は、透明性が向上して将来予測がしやすくなる反面、会計上の見積りが多くなるため、当然ながら不確実性が高まります。それぞれに良い面と悪い面があり、どちらの側面が支配的かとなると、現状では、まだ多くのエビデンスを検証している段階で、なかなか結論が出せません。このあたりは、現実の動きと学術研究が、同時並行で行われている状況です。

Ⅱ デジタル社会と会計・監査への期待

加藤
そのような利益の質の変化に加え、ビジネスモデルが大きく変化していることも、監査の現場で日々実感するところです。その中で、社会の監査や会計に対する要求も変化してきているように思いますが、いかがでしょうか。
松岡
いまや企業が勝ち残っていくためには、非常に厳しいグローバル競争を勝ち抜かねばなりません。テクノロジーの有効活用により生産性を上げ、クライアントや投資家の期待に応えるとともに、規制当局や各界との協力体制を広く整えることも強く期待されています。特に不正対応も含めたガバナンスの強化、目の届きにくい海外でのオペレーションにおける不正に対して、グローバルベースでリスクに対応することが非常に重要になってきていると思います。こうした環境の変化に対応していくため、われわれ監査人に対しては、海外子会社へのモニタリングなどのグローバル対応力や、不正検知力の向上など、監査を通じた付加価値の提供が、今まさに強く求められていると認識しています。また、デジタル化が急速に進展したことで、「監査のブラックボックス化」を懸念する声も上がっています。これに対しては、監査報告書における「監査上の主要な事項(Key Audit Matter:KAM)」を通じ、幅広いステークホルダーに情報提供していくことも、監査人の重要な役割であると考えています。
首藤
首藤昭信氏
「AIを利用するようになったことで、会計学の対象は飛躍的に拡大しています。」
そうしたテクノロジーの中でも、いわゆるAIが会計に与える影響については、アカデミックの世界でも重要な論点となっています。昨年9月に開催された日本会計研究学会の統一議論テーマの一つが「AI時代における会計」だったのですが、ここで私は「AIが会計学研究に与える影響」というテーマで報告を行いました。監査と同様、AIも私の専門ではありませんので、まずトップジャーナルに掲載されている論文が、機械学習をベースとするAIをどの程度扱っているのかを調べたところ、二つの領域で活用されていることが分かりました。その一つが、倒産予測モデルや不正会計予測モデルの推計手法としての利用です。予測モデル自体は、1960年代から行われている研究ですが、従来の計量経済学の伝統的な手法に代わり、AIが利用されるようになっています。そして、もう一つがテキスト分析への利用です。これまで会計学者は、財務諸表数値を研究対象としてきましたが、AIを利用したことで、財務数値以外の文字情報から、将来業績などを予測することが可能となっています。さらには、画像情報や経営者の音声解析といった研究も行われ、会計学の分析対象が飛躍的に拡大していることが確認できました。
加藤
そうした研究を踏まえて、アカデミックの世界から監査に期待することはありますか。
首藤
学術的知見を監査にいち早く取り込んで、品質向上に努めていただければと思います。また、企業ひいては市場がAIを積極的に活用していけば、企業行動や企業が発信する情報もどんどん変化していくのではないかと思います。そこを観察し、認識していくことも、監査法人の重要な役割として期待しています。

Ⅲ AIなどのデジタルを活用した当法人の取り組み

加藤
AIをはじめとするデジタルテクノロジーが、今後の企業会計にもたらす大きな影響として、不正検知力の向上が挙げられます。当法人でも、首藤先生にご助言をいただきながら、AIおよび機械学習を活用したシステムの開発・導入を行ってきましたが、始まりは、当法人で構築した不正会計予測モデルの改善のために、ご専門でいらっしゃる先生にご助言をお願いしたことだったと記憶しています。
首藤
そうですね。通常の不正会計予測モデルは、投資家などの一般ユーザーに向けていますので、入手の容易なデータのみを用いて、推計方法も比較的シンプルにしています。しかし、御法人のモデルは、非財務情報を含む豊富なデータを使い、精度の高い推計方法を用いています。AIをふんだんに取り込んだモデルを実務で活用したという点で、この取り組みには大きな意味があったと思います。
加藤
監査のシステムとしては、これまでに二つのシステムに携わってくださっていますね。
首藤
まず一つが「Web Dolphin」といって、マクロ・アプローチのためのシステムです。これは、不正会計予測モデルのスコアを参考に、各クライアントの勘定科目の異常な変動を、監査チームが確認するためのプラットフォームです。冒頭でお話した、利益調整研究の知見もふんだんに取り込まれていて、利益調整の動機となる報酬関連の情報や、決定要因となるコーポレートガバナンスの状況も、効率的に確認できるようになっています。そしてもう一つが、「Helix GLAD」と呼ばれるミクロ・アプローチのためのシステムで、具体的には仕訳の異常検知を行います。仕訳という膨大なデータを解析する、まさにビッグデータ時代の監査手法と言えるでしょう。特許も取得できたと伺っています。現在は、この二つのシステムの統合の可能性を検討するとともに、先ほどお話したテキスト情報分析の成果を織り込むような、新たな展開も進めています。
松岡
従来のマンパワーのみに頼った監査は、分析や検証はどちらかといえばサンプリングベースでした。しかし、二つのシステムを導入したことで、今まで以上に検証範囲を広くすることができ、同時に細かく分析することも可能になりました。これにより現場からは、「リスク認識を適時に見直すことができた」「財務の動きが理解とずれていることに気付いた」といった、有用性を認める声が上がってきています。
首藤
アカデミシャンである私の役割は、システムを構築するアドバイザーであると同時に、構築したシステムがどの程度の効果を発揮するかを検証することにもあると考えています。それで、チームの皆さんに煙たがられるくらいに検証には力を入れているのですが、そのような声が上がったというのは、うれしいことですね。期待されるレベルは、クリアできたのではないかと感じます。
松岡
当法人はEYグローバルのメンバーファームですので、監査ツールやメソトロジーの開発・導入は、基本的にグローバル主導です。しかし、各拠点のチームから出されたものがベストプラクティスだと判断されれば、グローバルの実務の中に取り入れていくというのがEYの方針です。そうした中で、Helix GLADは、「Better Begins With You」というEYグローバルの表彰制度においてイノベーション部門のグローバルウィナーを獲得しました。これは世界中のEYの中で四つの部門ごとに最も優れた取り組みに送られるもので、今年は103カ国から2,869件の取り組みがエントリーされました。この結果、われわれの取り組みはEYグローバルの中での認知度が高まり、EYグローバルの共通ツールへの採用の検討も始まりました。これも、当法人が力を入れている「Digital Audit」への取り組みの成果の一つとして、非常に誇らしく感じています。
加藤
日本で開発したツールがグローバルに導入された事例は、これまであるのでしょうか。
松岡
私が認識する限りでは、ありません。おそらく初めてだと思います。
首藤
そのような形で認められたということは、私としてもうれしいです。やりがいを感じます。
松岡
松岡寿史氏
「テクノロジーを会計に活用することは、企業が勝ち残るための必須要件です。」
ありがとうございます。話は少しそれますが、当法人では、Helix GLADに先駆けたデジタルツールとして、EYグローバル共通の「Helix GL Analyzer」というシステムを活用しています。これは、総勘定元帳のデータを分析することにより勘定科目の動きを把握し、リスク評価に活かしていくシステムです。現在、われわれはこのシステムの実務への浸透を強力に推進しており、今年3月期までに3,000社の適用を目標としています。昨年3月期は100社でしたが、現段階で2,000社を超えていますので目標達成も目前です。首藤先生と開発したHelix GLADも、国内での適用および海外でのパイロットテストが、すでに始まっていますので、今後が非常に楽しみです。

Ⅳ ステイクホルダーに付加価値を与える未来の監査―Smart Audit

加藤
今後、デジタルの活用が進み、分析に用いるデータを日次ベースで取得できるような環境が整えば、継続的監査(Continuous Auditing)の実現も視野に入ってきます。そうなったとき、クライアントサイドあるいは監査法人サイドに、どのようなメリットがあり、何が課題になるとお考えでしょうか。
首藤
私は、理論研究の示唆に基づき、監査とは基本的にクライアントとの「互酬行為」であると考えています。つまり、品質の高い監査を得ることで、資金調達コストが低下するなど、クライアントもベネフィットの享受が可能であるとの考えです。とは言え、これはあくまでも理論上の話です。もう少し現実的なベネフィットとしては、例えば、仕訳の誤謬(ごびゅう)をリアルタイムで指摘できたり、後々問題になりそうな仕訳や取引が観察されたりした場合は、早期に議論してリスクを軽減することもできます。こうしたことは、経営者にとってもメリットと言えるでしょう。一方、課題として考えられるのは、コストです。継続的監査においては、クライアントから日次レベルの仕訳データの提供が必要となります。膨大なデータのやり取りになりますので、クライアントにとっては多大なコスト負担になる可能性があります。一方的な負担を強いるのではなく、お互いにベネフィットを共有できるようなシステム開発が、課題解決のカギとなると考えます。
松岡
監査側のメリットとして考えられるのは、取引や財務データはもちろん、非財務の情報も含めて継続的に把握できることで、タイムリーな監査や議論を行える、すなわち生産性や実効性が大きく向上することです。反面、データ分析や異常検知システムから得られる証拠力が、現状の監査の方法論では必ずしも整理されているとは言えません。今後は、テクノロジーを取り入れてどんどん変化する実務と歩調を合わせ、方法論も適時に見直していく必要があるでしょう。
首藤
そういう意味では、アカデミックサイドにも課題があると言えそうです。会計学において、経営分析や財務諸表分析といった財務諸表数値を分析する手法は確立されています。しかし、仕訳や勘定レベルのデータを分析する手法は、まだ確立していません。ビッグデータ時代の分析は、そういったことも射程に入れて考えなければならないでしょう。

Ⅳ ビッグ・データ時代の会計士に求められるスキルを育成

加藤
データが容易に取れるようになると、今後はデータの活用の方法論を確立させる、しかも、テクノロジーの進展に合わせてアップデートしていく必要があるということですね。そうなると、結局は人の質が重要になるように思います。これからの人材観について、副理事長からお話しいただけますか。
松岡
デジタル化がどれだけ進展しても、監査において最終的な判断を下すのは会計士です。データから不正や誤謬などの監査上のリスクを読み取れるかどうかは、会計士の経験やスキル、クライアントとのコミュニケーション力といった「会計士の質」にかかっています。このためEYでは、デジタルリテラシーやコミュニケーション力の向上を目的とした人材教育制度を、グローバル一体で導入しています。また、「EY Badges」と呼ばれる特定領域のスペシャリスト認定制度を採用しています。これにより、プロフェッショナルとしての自覚を促すとともに、クライアントなどの外部にも認知していただけるよう、努力していく所存です。
加藤
デジタル化による影響と課題について、踏み込んだ話を伺ってきましたが、最後に、われわれが目指すべき未来の監査の姿について、お聞かせいただけますか。
松岡
最先端のテクノロジーの活用と卓越した知見に基づく保証業務を提供し、ステークホルダーに高い付加価値を与えていくこと。そして、監査のプロフェッショナル集団として、グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献することに尽きると思います。われわれは、EYグローバルのメンバーとして、全構成員が高いモチベーションを保ち、自己と組織の成長を目指してまいります。そのためにも、最前線でご活躍されている研究者やエンジニアの方とのアライアンスは、積極的に行っていきたいと考えています。首藤先生にも、ますますのご協力をお願いいたします。
首藤
EY新日本有限責任監査法人の皆さんは、アカデミックの知識を吸収することに、非常に前向きで熱心ですから、私自身のモチベーションも高まります。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。