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BEPS防止措置実施条約(MLI)の日本における発効

2019年1月7日 PDF
カテゴリー Tax update

情報センサー2019年新年号 Tax update

EY税理士法人 大堀 秀樹

2015年から、EY税理士法人にて、日系企業100社以上にBEPS対応を踏まえたグローバル税務ポジションに関する数量分析を提供し、ポストBEPS時代におけるグローバル税務ガバナンスと税務情報の開示についてアドバイスをしている。EY入所前は、日系ICT企業において国際税務関係の業務に従事していた。

Ⅰ はじめに

2017年6月7日、日本を含む67の国・地域は、経済協力開発機構(OECD)がパリで主催した署名式典において、「税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約(以下、MLI)」に署名しました。その後、18年11月29日時点で署名国は84カ国・地域となっています。
MLIは日本では、18年5月18日に第196回国会(平成30年通常国会)において承認され、18年9月26日にOECDの事務総長に受託書を寄託しました。これにより、日本においてMLIは19年1月1日に発効することになります。

Ⅱ 日本における適用の開始

日本はMLIの適用対象として39カ国・地域の租税条約を選択しています。このうち、オーストラリア、フランス、イスラエル、ニュージーランド、ポーランド、スロバキア、スウェーデンと英国については、19年1月1日までにMLIが発効することから、日本との租税条約について、次の<表1>のようにMLIの規定の適用が開始されることになります。日本と前記以外の国・地域との間の租税条約についても、今後条件を満たす場合に、順次MLIが適用されることになります。

表1 日本との租税条約についてのMLIの適用開始時期

Ⅲ MLIによる租税条約の修正

MLIの導入前までは、クロスボーダー取引による所得や財産に関する課税関係の判定に際しては、対象国間の租税条約(もしくは協定)(以下、租税条約)の規定を各当事国の税法の規定に適用(上書き)して、課税上の扱いを検討していました。
一方、MLIは対象となる租税条約を特定し、その一部の規定に対して適用できるよう設計されていることから、各国はMLIの特定の規定を留保する権利を有しています。つまり、MLIの規定は租税条約を一律に修正するのではなく、租税条約の当事国同士の組合せごとに、対象租税条約においてどの規定がどのように修正されるのか、個別に確認することになります。

Ⅳ MLIの適用プロセス

ある対象国間のクロスボーダー取引による所得や財産に関する課税関係について、次のプロセスを通じてMLIによる租税条約の修正を判定することになります。

① MLIの発効
 双方の対象国におけるMLIの発効状況を、OECDが公表しているMLI署名国リストにおいて確認します。
② 対象となる租税条約
 双方の対象国がお互いに対象となる租税条約としているか、各国のMLIポジションを確認します。
③ MLIの規定の適用開始
 対象国の双方でMLIの効力が生じた時期から、源泉徴収、その他の租税及び相互協議手続きに関する申し立ての適用開始時期を確認します。一定の条件により適用開始時期の変更を認められているため、対象国ごとに適用開始時期を確認します。
④ MLIの規定の留保と選択
 各国は、MLIの特定の規定を留保することにより、特定の規定を自国が締結している租税条約に適用しないことができます。双方の対象国におけるMLIの規定の留保と選択の状況について確認します。
⑤ MLIの規定の分類と対象租税協定の規定の修正
 対象国間の租税条約の規定について、対象国の双方から通告されている内容を把握し、MLIの規定の種類と租税条約の規定を修正する方法を確認します。
⑥ 互換性条項
 対象となる租税条約の規定とMLIの規定に矛盾がある場合には、関連する互換性条項を確認します。

対象国間の租税条約にMLIの適用関係を反映した統合条文が順次公表されています。統合条文によりMLIの適用関係を確認し、その規定を当事国の税法の規定に適用(上書き)することにより、適用プロセスと課税上の扱いを確認することが出来ます。

Ⅴ MLIの適用に関するケーススタディ

19年1月1日からMLIの効力が生じる日本とオーストラリアについて、MLIの規定の適用関係(一部抜粋)を見てみましょう。
ハイブリッドミスマッチについては、両国は共に、第5条に定められた二重課税を排除する方法を選択しませんでした。これは、オーストラリア法人が発行する償還優先株式(Redeemable Preference Share)の優先配当は、オーストラリア税務上は損金算入され、日本の親会社においては、外国子会社からの配当として益金不算入とされていましたが、両国の税制改正により、両国における課税上の扱いが異なることによる二重不課税(ハイブリッドミスマッチ)は解消されているため、両国共に適用を選択しなかったと考えられます。
条約の濫用について、第7条の租税条約濫用の防止として、主要目的テストが適用され、日豪租税条約の特典を受けることが仕組みや取引の主たる目的の一つである場合には、特典は与えられないことになります。両国は特典の制限(LOB)を適用していませんが、日豪租税条約におけるLOB条項は従来通り有効となります。
恒久的施設について、日豪租税条約第5条6項においては保管・展示・引渡のための在庫保有と施設の使用、加工のための在庫保有、商品購入のための一定の場所は恒久的施設には当たらないとされていましたが、これらの活動が準備的又は補助的な性格の場合に限り、恒久的施設に当たらないとされました。また、企業と密接に関連する企業(直接・間接の所有もしくは共通の支配下50%超)の定義がなされ、一体的な事業活動として恒久的施設の有無について判定する細分化の防止についても適用されることになります。

Ⅵ おわりに

日系企業グループにとって、MLIの導入は課税上の取扱いや税務コンプライアンスに影響を与えるのみではなく、企業活動のグローバル化に伴って求められている国際税務リスクのマネジメントやガバナンスにおけるグローバルな指針になり得ると考えられます。

※ アンドラ、アルゼンチン、アルメニア、オーストラリア、オーストリア、バルバドス、ベルギー、ブルガリア、ブルキナファソ、カメルーン、カナダ、チリ、中国、コロンビア、コスタリカ、コートジボワール、クロアチア、キュラソー、キプロス、チェコ、デンマーク、エジプト、エストニア、フィジーフィンランドフランス、ガボン、ジョージア、ドイツ、ギリシャ、ガーンジー、香港ハンガリー、アイスランド、インドインドネシアアイルランド、マン島、イスラエルイタリア、ジャマイカ、日本、ジャージー、カザフスタン韓国クウェート、ラトビア、リヒテンシュタイン、リトアニア、ルクセンブルクマレーシア、マルタ、モーリシャス、メキシコ、モナコ、オランダニュージーランド、ナイジェリア、ノルウェー、パキスタン、パナマ、ペルー、ポーランドポルトガルルーマニア、ロシア、サンマリノ、サウジアラビア、セネガル、セルビア、セーシェル、シンガポールスロバキア、スロべニア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、チュニジア、トルコウクライナアラブ首長国連邦英国、ウルグアイ(太字は日本がMLIの適用対象としている国・地域)

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