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資産の意図した使用が可能になる前に稼得された収益

2019年3月29日 PDF
カテゴリー IFRS実務講座

情報センサー2019年4月号 IFRS実務講座

IFRSデスク 公認会計士 小林 幸子

当法人入所後、主として日系多国籍企業等の会計監査及びJ-SOX導入支援業務に従事。2015年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。

Ⅰ はじめに

国際会計基準審議会(以下、IASB)は、2017年6月に公開草案(ED)「有形固定資産-意図した使用の前の収入」(IAS第16号の改訂案)を公表しました。当EDでは、経営者が意図した方法で資産を稼働可能にするために必要な場所及び状態に置くまでの間に生産された項目の売却から生じる収入を、有形固定資産項目の取得原価から控除することを禁止すべく、IAS第16号「有形固定資産」の改訂が提案されていました。利害関係者に対するアウトリーチを実施する前に、当EDに関して非常に多くのコメントがIASBに寄せられました。
18年11月、IASBは、資産の意図した使用が可能になる前に生じた収益に関する原価の識別、開示及び表示規定に関し、寄せられたコメントに対応するために改訂案をさらに修正しつつ、改訂案の最終基準化を進めていくことを暫定決定しました。
本稿では、改訂案の背景及びコメント提供者が指摘した問題点を中心に、資産の意図した使用が可能になる前に稼得された収益に関する議論の動向を紹介します。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。

Ⅱ 改訂案の背景

経営者が意図した方法で資産を稼働可能にするために必要な場所及び状態に置く過程の中で、収益が稼得されるケースがあります。そのような状況は、鉱業及び石油・ガス産業で一般的に見られます。例えば鉱業では、鉱山の評価段階で最も利益性が高く、かつ最も効率的な開発方法を決定するために「試し堀」が行われ、採掘された鉱物が売却される場合があります。石油・ガス産業では、油ガス田の開発計画の評価及び具体化の過程の一環で、長期の生産テストのために陸地に坑井が掘削されることが多く、その期間中に試験的に生産された産出物が販売されることがあります。
IAS第16号では、有形固定資産項目を意図した場所及び状態に置くまでの間に生産された項目を売却することで生じる正味の収入を、有形固定資産項目の取得原価に含めなければならないと定められています。逆に、経営者が意図した場所及び状態に有形固定資産を置くために要求されない付随的な稼働から収益が稼得される場合、すでにIAS第16号では、当該収益及び関連する費用を純損益に計上しなければならないことが定められております。
17年6月に公表されたEDは、有形固定資産の意図した使用が可能になる前に生産された項目の売却から生じる収益は、IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」(IFRS第15号)に従って純損益で会計処理され開示されるように、資産を意図した場所及び状態に置くまでの間に生じた正味の収入の処理を変更することを提案していました。
当EDに対し72通のコメント・レターがIASBに寄せられました。さらにIFRS解釈指針委員会が、コメント・レターで指摘された問題点の理解を深めるために利害関係者とのアウトリーチを実施しました。IASBは18年11月の会議で、それらについて検討しました。

Ⅲ コメント提供者が指摘した問題点とそれに対するIASBの検討内容

1. 予測価値の欠如

コメント提供者は、有形固定資産の意図した利用が可能になる前に生産された項目の売却により生じる収入及びその関連する原価を純損益に認識することを定めることにより、財務諸表利用者に予測価値がもたらされるのか、異議を唱えました。その背景として、生産前に実施されるテスト段階の生産水準は、資産の意図した利用が可能になる時点で期待される生産水準を反映するものではないことがあります。また、この期間に発生する原価には減価償却費は含まれません。
IASBは、このような収入の認識が概念フレームワーク(2010年版)の収益の定義を満たすのかを検討しました。さらに、現行のアプローチで報告される資産のパフォーマンスは、テスト段階における有形固定資産への貸方計上により資産の帳簿価額が減少することによって、発生原価が減少することになるため、資産の耐用年数全体を通じて誤解を生じさせることにならないかを検討しました。
検討の結果、IASBは収入及び関連する原価の価値を利用者が識別できるよう、開示規定を改善することは可能であると考えました。

2. 原価の配分

当EDに含まれる改訂案は、資産の意図した使用が可能になる前に生産された数量に関連する原価を、財務諸表作成者が別個に識別することを要求していました。コメント提供者は、これにより実務上の課題が増加し、判断の必要性が増えるとともに実務上のばらつきが増加する点を指摘しました。IASBの一部メンバーは、大手企業に関して当該要求により追加負担が生じる範囲について疑問を呈しました。しかし、IASBは、この点に関する改訂案のさらなる修正の必要性を検討していくということで一致しました。修正の目的は、有形資産項目が経営者の意図した方法で稼働可能になる前に販売された項目の原価をどのように識別すべきかを明確化することです。

3. 利用可能性

当EDに対する数多くのコメント提供者が、有形資産項目がいつの時点で利用可能になるのかに関する規定(IAS第16号第20項)の明確化は、改訂案を通じてIASBが対処しようとする問題点を解決するのに不可欠であると述べ、既存のIAS第16号第20項の規定は、経営者が意図した資産の稼働が可能になる点に関し、技術的な側面から検討しなければならないのか、それとも財務面から検討しなければならないのか、明確ではないと指摘しました。
IASBは、資産がいつの時点で利用可能となるのかに関する既存のガイダンスの修正は、本プロジェクトの範囲を逸脱すると考えました。

Ⅳ おわりに

IASBは、18年11月の会議で審議を行い、当EDで提案されたIAS第16号の改訂作業を進めることとし、その一方で、有形固定資産が経営者の意図した方法で稼働可能になる前に販売された項目の原価をどのように識別すべきか、ならびに開示及び表示規定に関して、寄せられたコメントに対処するための追加的な修正を行うことでも一致しました。
改訂案はまだ発効していないため、企業は既存のガイダンスを引き続き適用する必要があります。IASBは、今後、改訂内容を審議することを予定しており、今後のIASBの審議に留意が必要と考えられます。

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