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テキスト分析と会計学研究

2019年4月30日 PDF

情報センサー2019年5月号 Digital Audit

東京大学大学院経済学研究科 准教授 首藤 昭信

2002年に関西大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。11年に神戸大学より博士(経営学)の学位を取得。専修大学商学部、神戸大学経済経営研究所を経て15年より現職。11年から12年までニューヨーク大学、12年から13年までイエール大学に客員研究員として在籍。著書に『日本企業の利益調整』(中央経済社、2010年、日本会計研究学会太田・黒澤賞)がある。

Ⅰ テキスト分析とは

これまでの会計学研究の中心的課題は、会計利益といった会計数値の有用性を実証的に評価することでした。しかし近年の会計学研究では、企業の開示資料の「数値」情報だけでなく「文字(テキスト)」情報にも関心が向けられています(首藤、2019)。本稿では、そのようなテキスト分析に関する研究成果を紹介した上で、会計監査への応用可能性を検討したいと思います。
ここでいうテキスト分析とは、文章といったテキスト情報を分析目的に応じて数量化し、統計解析を行う分析手法です。会計学の主な分析対象はアニュアル・レポートを中心とする企業の開示資料ですが、その中でも経営者が自ら自社の経営分析を行うMD&A(Management Discussion and Analysis)が対象となることが多いです。
会計学のテキスト分析では、テキスト情報の①可読性(readability)と②トーン(またはセンチメント)に注目することで、ディスクロージャーの特徴とその経済的影響を検証する研究が多く見られます。以下ではそのような研究成果を概観します。

Ⅱ 可読性に関する研究

可読性とは文字通り、文書の読みやすさのことを意味します。テキストの可読性を判断するために最も利用されている指標の一つがFog Indexです。

Fog Index = 0.4×(1センテンスあたりの平均単語数+3音節以上の単語の割合)

Fog Indexでは、文章の平均的な長さと単語の複雑性に着目して可読性を判断します。算出されたスコアは米国の学年レベルに対応する形で解釈され、例えばスコアが3であれば小学校3年生程度、17以上であれば大学卒業生程度のレベルの難易度の文章であると判断されます。

資料1 EY Japan英語版トップページ

<資料1>のEY Japanの英語版のトップページについてFog Indexを算出してみました(自動的に算出されるサイトが多数あります)。その結果、平均的なスコアはおよそ10で、15歳程度の人であれば容易に理解できるレベルの難易度になっていることが分かります。
それでは企業の開示資料に関する可読性は情報利用者にどのような影響を与えるのでしょうか。Li(2008)はアニュアル・レポートの記述情報の可読性をFog Indexを利用して測定し、企業業績が悪い企業のアニュアル・レポートほど可読性が低い(読みにくい)ということを発見しています。Li (2008)はこの結果から、悪い業績を隠すために経営者が意図的に記述情報を難解にしていると解釈しました。しかし反対に、経営者に業績悪化を隠す意図はなく、その原因を株主に丁寧に説明するために長い文章が必要となり、可読性が低下していると指摘する論文もあります(Bloomfield, 2008)。業績と可読性が関連するというのは興味深い結果ですが、解釈には注意が必要です。
また小口投資家は、可読性の低い難解なアニュアル・レポートを公表している企業への投資を敬遠する傾向にあることを示す研究も存在します(Lawrence,2013; Miller, 2010)。小口投資家は、大口投資家と比較すると情報収集および分析能力が劣っていることが多いため、そのような傾向が見られると解釈されています。

Ⅲ トーンに関する研究

文書のトーンとは記述内容の傾向を意味し、例えば将来業績に関するトーンであればその文書内容が将来業績に対して肯定的(positive)、否定的(negative)、または中立的(neutral)か、といった視点から分類されます。
Feldman et al. (2009)は、アニュアル・レポートのMD&Aのトーンの変化を時系列で測定し、情報公開日に株価反応があるかどうかを調査しました。その結果、MD&A情報には、財務諸表の利益情報を所与としても有意な株価反応があることを示し、MD&A情報は株式市場において投資家の有用な情報源となっていることを示しました。
続く研究は、①経営者は記述情報のトーンを戦略的に調整しているか、また②そのような調整を投資家は見抜いているか、という点に注目するようになりました。例えばDavis et al.( 2012)は、プレス・リリースにおける楽観的なトーンは将来のROAと正の関連性を有し、プレス・リリース公表日に有意な株価反応があることを示しました。これはプレス・リリースの記述情報の信頼性と有用性を示唆する結果です。しかし一方で、Davis and Tama-Sweet (2012)は経営者がプレス・リリースの株価反応を意識して、悲観的(pessimistic)な言葉の使用を戦略的に避ける傾向にあることを示しました。さらに、Huang et al.(2014)は、プレス・リリースにおいて異常に高いポジティブのトーン(abnormal positive tone)で開示している企業は、将来利益と将来キャッシュ・フローが数年間にわたって減少することを示しました。さらにこのようなトーン・マネジメントは短期の株価を上昇させ、投資家をミスリードすることを発見しています。
以上の結果は、企業がMD&A等を通じて将来の業績見通しを市場に伝達し、投資家はそのような情報に反応していることを示唆しています。ただし経営者は株価のマネジメントを意識して、場合によっては戦略的にトーンを調整する可能性があるようです。

Ⅳ 会計監査における応用可能性

ここまでの考察により、企業の開示資料の可読性やトーンの分析は経営者および情報利用者の意思決定の理解を深めるために有益であることが分かりました。それではテキスト分析を会計監査へ応用することは可能なのでしょうか。実は、テキスト分析と機械学習の手法を結び付けることで、会計上の不正検知を行う研究はすでに存在します。
例えばPurda and Skillicorn (2015)は、アニュアル・レポートのMD&Aの記述情報を分析することによって、不正会計の発生を予測できるかどうかを検証した研究です。機械学習を利用してMD&Aに含まれる単語から不正会計企業を予測した結果、実際の不正会計の正分類率は8割以上であることを報告しています。これは財務数値に依拠した不正会計予測モデルを上回るパフォーマンスでした。また他の研究では、経営者の「画像」や「音声」に着目して経営者のミス・リポーティングを識別する研究も存在します(Juddet al., 2017; Hobson et al., 2012)。
このような学術的知見の理解は、監査実務の効率性と品質を向上させる可能性を秘めていると思います。特に監査法人は、企業の公表資料だけでなく、さまざまな原資料に基づいて監査手続きを進めています。テキスト分析はそのような資料の新しい活用方法を見出し、監査の品質の向上に寄与するかもしれません。本稿で扱った研究は全て米国企業を対象としたものですので、日本企業を分析する際には「日本語」のテキストを分析する必要があります。今後の日本の会計学の実証研究の進展と監査実務への応用が期待される分野だと感じます。

参考文献
首藤昭信(2019)「会計学研究の展開と非財務情報の重要性 」週刊 経営財務, No.3392.
Bloomfield, R. 2008. Discussion of "Annual report readability, current earnings, and earnings persistence''. Journal of Accounting and Economics 45 (2-3):248-252.
Davis, A. K., J. M. Piger, and L. M. Sedor. 2012. Beyond the Numbers: Measuring the Information Content of Earnings Press Release Language. Contemporary Accounting Research 29 (3):845-868.
Davis, A. K., and I. Tama-Sweet. 2012. Managers' Use of Language Across Alternative Disclosure Outlets: Earnings Press Releases versus MD&A. Contemporary Accounting Research 29 (3):804-837.
Feldman, R., S. Govindaraj, J. Livnat, and B. Segal. 2010. Management's tone change, post earnings announcement drift and accruals. Review of Accounting Studies 15(4):915-953.
Hobson, J. L., W. J. Mayew, M. E. Peecher, and M. Venkatachalam. 2017. Improving Experienced Auditors' Detection of Deception in CEO Narratives. Journal of Accounting Research 55 (5):1137-1166.
Huang, X., S. H. Teoh, and Y. L. Zhang. 2014b. Tone Management. The Accounting Review 89 (3):1083-1113.
Judd, J. S., K. J. Olsen, and J. Stekelberg. 2017. How Do Auditors Respond to CEO Narcissism? Evidence from External Audit Fees. Accounting Horizons 31(4):33-52.
Lawrence, A. 2013. Individual investors and financial disclosure. Journal of Accounting and Economics 56 (1):130-147.
Li, F. 2008. Annual Report Readability, Current Earnings, and Earnings Persistence. Journal of Accounting and Economics 45: 221-247.
Miller, B. P. 2010. The Effects of Reporting Complexity on Small and Large Investor Trading. The Accounting Review 85 (6):2107-2143.
Purda, L., and D. Skillicorn. 2015. Accounting Variables, Deception, and a Bag of Words: Assessing the Tools of Fraud Detection. Contemporary Accounting Research 32 (3):1193-1223.

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