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情報センサー2019年5月号 業種別シリーズ

多店舗展開する小売業における従業員不正について

小売セクター 公認会計士 池上政史
主に小売業、ソフトウェア業等の国内事業会社の監査業務に従事。法人内の小売業、ソフトウェア業のセクターナレッジメンバーとして、業種別監査の品質向上とクライアントサービス向上のために活動。また、出版委員として各種書籍の出版業務にも携わっている。

Ⅰ はじめに

小売業は従業員不正が比較的多く発生する業種であり、不正が発生するリスクにどのように対峙(たいじ)していくかは企業経営上の非常に重要な課題だと考えます。本稿では、多店舗展開する小売業の業種特性を踏まえ、従業員不正の事例を類型化するとともに、不正を防止または適時に発見する内部統制に関する留意点を解説します。なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。

Ⅱ 小売業における従業員不正

1. 小売業における業種特性と従業員不正の類型

(1) 小売業の業種特性

小売業の業種特性として、店舗や物流センター等の拠点が多数存在し、かつ各拠点の運営が独立している点が挙げられます。
これらの特性から、小売業では全ての拠点で十分な従業員数の確保や担当者の人事ローテーションを行うことが難しく、拠点単位で職務分掌が脆弱(ぜいじゃく)となる場合があります。そのため、小売業における不正は拠点単位で行われ、かつ従業員不正の事例が多い点が特徴として挙げられます。

(2) 従業員不正の類型

① 資産の横領

小売業の業種特性として、多くの拠点で現金、商品等の換金性が高い現物資産を多額に保有している点が挙げられます。この特性から、全ての拠点で現物管理に関する内部統制の整備・運用を徹底することが難しく、拠点単位で内部統制の不備が発生することがあります。そのため、小売業における従業員不正は資産の横領を目的とすることが多くなります。

② 不正な財務報告

小売業の業種特性として、店舗別・商品部門別に損益管理が行われており、多数の店舗において管理者(店長、部門チーフ等)の評価指標として店舗別・商品部門別の損益や商品ロス金額が重視されている点が挙げられます。そのため、業績達成に対するプレッシャーが存在する場合には、従業員による棚卸結果の改ざん等、店舗損益に関する不正な財務報告を行う事例も存在します。

2. 従業員不正の典型的事例

従業員不正のうち、最も多く発生しているのが現金および商品に関する不正です。小売業において、第三者委員会の報告書等で公表されている典型的な不正事例は<表1>の通りです。

(下の図をクリックすると拡大します)

(1) 現金

小売業では、各店舗でレジに現金を保有するとともに、釣銭の準備金や売上金等の多額の現金を店舗内の金庫に保管しているのが一般的です。
現金の横領を抑止するためには、金庫内の現金について定期的に実査を行うことが重要な内部統制となりますが、店舗での人手が不足している等の理由で実査を担当者任せにしている場合に、実査結果を改ざんする等の手口により、現金を横領する事案が発生しています。
また、店舗での商品返品時には、従業員がレジで返金処理を実施するのが一般的です。返金時に複数名で処理を確認することが望ましいですが、当該確認を実施していない場合に、例えば店舗で拾得したレシートを使用する等の手口により、架空の返金処理を実施する事案が発生しています。

(2) 商品

小売業では従業員が商品に直接触れる機会も多く、横領事案が多く発生しています。商品の横領を抑止するためには、棚卸を適切に実施し、棚卸差額の内容を適切に検討することが必要となります。しかし、棚卸が複数名で実施されておらず、棚卸差額や棚卸結果を事後的に修正した際の検証が不十分である場合には、棚卸に関する内部統制が脆弱となり、横領を隠ぺいする目的で棚卸結果を改ざんする事案が発生しています。また、業績達成に対するプレッシャーから棚卸数量を改ざんし、商品を架空計上する事案も発生しています。

3. 従業員不正を適時に防止・発見するための内部統制

(1) 現物確認

小売業における従業員不正の大部分は、資産の現物を定期的に複数名で確認することで防止・発見することが可能です。例えば、現金実査や商品棚卸等の換金性が高い資産の現物確認を複数名で実施することが有効だと考えます。さらに、内部監査部門等の社内の第三者により定期的に現金実査や棚卸立会を実施する企業も存在します。

(2) 報告資料の確認

現物確認を複数名で実施したとしても、報告時に資料を改ざんすることにより不正が行われる可能性があります。このような不正に対応するため、例えば、現金実査結果や商品棚卸結果について、現物確認後に作成する報告資料を複数名で確認することが有効だと考えます。また、現金実査結果や商品棚卸結果の事後的な修正については、改ざんのリスクが特に高いと考えられます。例えば、修正の際に理由および内容を明示した報告書を作成し、店長等の管理者が修正時期、金額、頻度、理由等に異常性が無いことを確認した上で本社の管理部門に報告し、管理部門でも同様の確認をすることが有効だと考えます。

(3) 事後的なモニタリング

不正を実施した場合には、取引実態を伴わないことから、各拠点でのモニタリングにより不正発覚の端緒となる事項が識別されることがあります。実際に、店長等の管理者が異常性に気付き、不正を発見する事例も多く存在します。例えば、現金過不足やレジ別・担当者別でのレジ返金額の推移、店舗別・商品部門別の棚卸差額や粗利率の推移、未回収債権の滞留状況といった指標について管理者がレビューし、異常な数値が無いかモニタリングすることが重要だと考えます。

Ⅲ おわりに

従業員不正が発生した場合には、一義的には不正実施者が責任を負いますが、不正を実施する機会が存在した点で企業にも課題があると考えられます。従業員不正が発生すると、不正実施者の処遇や社内調査等、企業は多大なコストを負担することになります。内部統制を適切に整備・運用することで「不幸な従業員」を出さないことが肝要だと考えます。本稿がその一助となれば幸いです。


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