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情報センサー2019年6月号 Digital Audit

財務情報の集約化と標準化は企業経営に何をもたらすか

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株) 山岡正房
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株) アソシエートパートナー。PI Finance(CFO部門向けアドバイザリーチーム)を担当。20年以上にわたり、財務・会計領域の業務プロセス変革、グループ統制強化・マネジメント高度化のプロジェクトをリード。近年は「デジタルCFO」というテーマで、最新のデジタル技術を活用したCFO部門の変革について執筆・セミナー等の啓蒙活動を行うとともに、関連プロジェクトの責任者を務める。

Ⅰ はじめに

近年のデジタル技術、特に新世代のERPをはじめとしたエンタープライズシステムやデータ収集・マッチング処理の自動化ツールの発達により、企業は単体の枠を超え、グループ会社全体の財務情報を仕訳明細レベルで標準化し、リアルタイムで集約できるようになっています。
本稿では、①財務情報の集約化と標準化が企業経営、特にCFO部門にもたらす変革の機会②財務情報の集約化と標準化の二つの方法およびその選択基準③変革を実現するに当たり情報集約化・標準化以外に必要な取り組みの3点について述べます。

Ⅱ 財務情報の集約化・標準化がもたらす変革の機会

EYではCFO部門の役割を<図1>の4象限で捉えています。

(下の図をクリックすると拡大します)

「Score Keeper」とは、取引を正しく処理し記帳する、月次等の定期報告を正しく作成する、四半期・年度の外部報告資料を正しく作成する役割を指します。
「Custodian」とは、ガバナンスをリードする、関連法令や会計基準への準拠・遵守に責任を持ち必要なモニタリング・運用を行う、資産価値を保全する役割を指します。
「Commentator」とは、会社経営の方向性や現状の分析について数字を使って説明する、経営者に対し財務・経理的観点から意思決定支援の情報を提供する役割を指します。
「Business Partner」とは、ビジネス視点・経営視点から能動的に事業側へ計数面・財務面の情報発信や助言を行い事業側の意思決定に参画する、企業価値の向上に対してコミットメントを持って経営課題の解決に事業と共に取り組む役割を指します。
財務情報の集約化・標準化によって、まずはScore Keeper領域の大半や、Custodian領域、Commentator領域の一部に大幅な効率化と省力化をもたらします。
Score Keeper領域では、グループ全社の仕訳明細データを一元化することで、月中での内部取引消去差異の検知と解消を行うなど、決算業務の前倒し・コンカレント処理が可能になる、グループ各社は個社システムから連結R/Pを入力する業務が必要なくなる、財管一致のデータソースによりデータ間の突合処理が不要になる、債権/入金消込、債務管理/支払処理などの業務をシェアードサービスセンター等に集約できる、といった効果が期待されます。
Custodian領域では、これまで月次断面、勘定科目レベルでしかグループ会社の財務情報を把握できなかったため、より細かい粒度では手作業によるチェックや統制が必要でした。しかし現在では、グループ全社の仕訳明細データ、経費データ、入出金データなどの大量データを分析するツールを利用することで、効率的に異常値や不正の検知を行うことが可能です。Commentator領域では、これまで月次決算終了後に各会計システムから個別に情報を収集し、マネジメント層の要望に応えてさまざまな管理レポートを多大な労力をかけて作成していたものが、管理属性(分析したい切り口)別の細粒度レベルで全グループの財務情報が一元化されるため、管理レポート作成作業の自動化やセルフサービス化を図ることができます。
そして、このような効率化・省力化の結果として捻出されたリソースを、Custodian領域、Commentator領域の強化や、Business Partner領域の高度化に振り分けることができます。
Custodian領域では、グループ各社の資金の動きをリアルタイムで把握できる上に、債権債務情報から精度の高い資金繰り予測ができ、グループファイナンスなどの手法で、流動性リスクを回避しつつグループ内の資金効率化を実現できます。また、グループ全体の外国為替のエクスポージャーを一元把握することで、効果的なリスクヘッジが可能になります。また、財務情報の標準化の過程で、勘定科目別処理要領などがグループ内で統一され、同じルール・プロセスに則って処理されることで、業務ガバナンスの強化・透明性向上が期待できます。さらに、Custodian領域のミッションとして業務とデータの標準化を実施することにより、Commentator領域において不要なデータ加工なしに同一条件での比較を適時に行うことが可能になります。
Commentator領域では、先行指標(非財務指標)を含むKPI構造の把握や、多軸でのドリルダウン分析、複数シナリオでの将来予測や打ち手別のシミュレーションなど、これまで以上に意思決定に直結する情報提供が可能になります。
そして、Business Partner領域においては、上記の分析、予測、シミュレーション機能を活用して、製品/事業軸や地域軸での経営リソースの最適配分、コストの固変構造を最適化するための設備投資や将来のキャッシュインフローを安定化させるための適切なR&D投資といった時間軸上の意思決定など、経営レベルの高度な判断に対して、計数面から積極的に洞察や助言を提供することができるようになります。また、各事業/現場レベルでの意思決定に対しても、製品ポートフォリオやチャネルミックスの最適化、連結ベースの実際原価に基づく適切なプライシング、限界利益を最大化する製販計画の調整と施策の決定といった課題に対して、CFO部門が数字という武器を持ってコミットすることができます。

Ⅲ 財務情報の集約化・標準化の方法

それでは、グループ全体の財務情報を集約化・標準化するにはどのような方法があるでしょうか。
現在のデジタル技術を活用することで、<図2>のとおり大きく二つのアプローチが考えられます。

(下の図をクリックすると拡大します)

一つ目は、新世代のERPなどエンタープライズシステムを統合するアプローチです。
グループ全体の基幹システムが統合されることで、グループ各社のトランザクションが仕訳データとして、一つの巨大な仕訳帳に直接、リアルタイムで記帳されます。また、これらの仕訳データは日付、勘定科目、金額といった情報だけではなく、製品コードや取引先コード、生産工場/ラインや仕向地といった管理目的の属性情報を持つこともできます。さらには仕訳の元となる取引データへのトレースも可能なため、財管一致のデータソースとして、今現在のトランザクションデータをすぐに分析・管理のために活用することができます。
二つ目は、グループ各社の基幹システムが独立した状態のまま、財務情報を集約するデータベースを上からかぶせるアプローチです。従来このようなアプローチは集約プロセスに非常に手間がかかり、集約サイクルはせいぜい月次が限界でしたが、近年ではRPAを活用したコード変換を含むデータ転記の自動化や、複数データソース間のマッチング、リコンサイルの自動処理ツールを活用することで、週次・日次など、より短いサイクルで、かつあまり人手をかけずに実現することが可能になっています。
この二つのアプローチには各々に利点と課題があります。
前者のエンタープライズシステム統合型アプローチの一番の利点は、リアルタイム性に優れているところです。また、勘定科目、取引先コード、製品コードなどの各マスタも統合されるため、グループ内の勘定科目別処理要領の標準化、グループ横串でのアカウント管理、サプライヤー管理、プロダクト管理といった、各軸での統制強化と高い親和性があります。
一方で課題としては、非常に大規模なシステム投資を必要とすること、導入までに長い期間が必要となることが挙げられます。また、マスタデータに堅牢性が求められる基幹システムの特性と、マスタデータを柔軟に組み替えて意思決定に資するシミュレーションを行いたい要件には相反するものがあります。
逆に後者のアプローチはコストが比較的安く、短期に導入可能という利点がある一方で、リアルタイム性では劣り、マスタの統合化が進まないためデータの関係性がN対Nとなり分析に活用するためにはひと手間必要となるといった課題もあります。
従って、どちらかのアプローチが必ずしも正解ということではなく、各企業が置かれた競争環境や事業特性に応じて、ベターなアプローチを選択することが重要です。
急激な需要変動やプロダクト・ライフサイクルの短期化により、迅速な意思決定が競争力を大きく左右する事業においては、前者のエンタープライズシステム統合型アプローチが向いているでしょう。また、バリューチェーンが全世界に広がっており、グローバル横串での意思決定が重要な事業においても、同じく前者のアプローチが向いています。
一方で、特性が大きく異なる複数の事業に多角化している、あるいは業法上の要件でファイアウォールが必要な事業を抱えているグループ企業においては、各事業内では前者のアプローチを採るとしても、グループ全体では後者のアプローチが向いているといえます。また地産地消型のビジネスで、かつ地域に大幅に権限委譲をする遠心力志向のグループ企業においては、本国本社主導で前者のアプローチを採用することが難しく、結果として後者のアプローチを選択することになるでしょう。
いずれにしても、ソリューション、デジタルツールありきで飛びつくのではなく、現在自社グループが置かれている経営環境や事業特性、および将来の見通しを踏まえた上で、どちらのアプローチが向いているか、入念に検討することをお勧めします。

Ⅳ 変革実現のために必要な取り組み

ところで、Ⅱで述べてきた変革の機会は、財務情報の集約化・標準化が重要な成功条件となるものの、それだけで達成されるわけではありません。
企業の変革に当たっては、<図3>の3レイヤー/7視点での歩調を合わせた取り組みが必要であり、財務情報の集約化・標準化は、このうちリソースレイヤーのデータ、テクノロジーの2視点での取り組みに相当します。


図3 変革実現のための3レイヤー/7視点

まず、業務レイヤーのポリシーの視点では、グループ内のルール/規程の標準化と浸透が必要になります。特に、Ⅲで述べたエンタープライズシステム統合型アプローチでは、各種マスタの標準化が重要であり、これを実施するためには勘定科目、取引先、製品などについてグループ横串で管理するマスタオーナーを明確にし、このマスタオーナーを中心としてマスタデータをメンテナンスするルールを定め、規程としてグループ各社に順守させる必要があります。
次にプロセスの視点ですが、財務情報が分散している状況で構築された現在の業務プロセスは、その前提条件が覆ります。財務情報が集約されることで不要になる業務の廃止、これまで順列処理していた業務の並列化など、ゼロベースで考え直す必要があります。また、集約化された財務データを活用した新たなPDCAプロセス、意思決定の会議体の在り方、組織間の役割分担(Role & Responsibility)も大きく変わるでしょう。
パフォーマンス測定の視点では、グループ経営管理のためのKPI体系の見直しが重要です。連結ベース、B/S効率などの観点で重要KPIを定義し、先行指標(非財務指標)を含む指標間の相関関係からKPIツリーを策定し、また事業環境の変化に応じて適宜見直すことが必要です。この整理は集約される仕訳データのレコード構造(どのような管理属性を仕訳データに持たせるか)とデータ粒度に直結するため、特にシステム導入に当たってのインパクトが大きい視点です。
また、別の観点として、CFO部門そのもののパフォーマンス測定も重要です。間接部門であるCFO部門がそのコストに見合った適時性や正確性を実現できているか、目標値を常に高く保ちながら、活動内容を計測・モニタリングし続ける必要があります。
次に組織レイヤーについてですが、財務情報が集約化されるということは、業務オペレーションもまた集約化が可能ということです。経理業務のシェアードサービスセンター化や、入金消込や経費チェックなどの一部業務を切り出したオフショア化やアウトソーシングはもちろんのこと、財務データ解析やトレジャリーなどの高度な専門業務のCoE(Center of Excellence)化もまた視野に入ってきます。
財務情報集約化・標準化がもたらす機会を有効活用するためには、こうしたオペレーション・デリバリーモデルの再設計も重要なポイントです。
最後に、リソースレイヤーの人材の視点ですが、これは最もケアが必要な視点かもしれません。なぜなら他の視点に比べて、最も変革に時間がかかるテーマだからです。
特に財務情報集約化により生まれるScore Keeper領域の余剰リソースをBusiness Partner領域に振り向ける際には、人材に求められるCapabilityが<図4>のように大きく異なります。

(下の図をクリックすると拡大します)

このようなCapability変革には、出来る/出来ない以前に、向き/不向きの問題もあるため、企業は複線的なキャリアパスの準備が必要となります。
また、Business Partnerとしての活動を遂行するには、以下のような複数の異なる人格が必要となるため、これを一人の人材に求めるのではなく、複数人でend-to-endの価値提供ができるような領域横断のチーム組成も必要です。

<Business Partner領域>
  • 仮説を持って、フロント部門の利害関係を調整し、合意事項の実行を促す人格
  • 事業の特性や収益構造を理解し、仮説モデルの構築・検証・見直しを行う人格
<Commentator領域>
  • 上記仮説モデルを予測・シミュレーション用の数理モデルに落とし込む人格
<Custodian領域>
  • 数理計算に必要なデータ構造を考え、整備する人格
<全般>
  • 上記の人格を束ね、チームとして動かす人格

以上のような、各レイヤー/視点における取り組みを並行して行うことで、財務情報の集約化・標準化がもたらす恩恵を最大限に享受することが可能になります。

Ⅴ おわりに

現在、多くの企業では経済のデジタル化、経済のグローバル化という二つの潮流の中で、経営環境の大きな地殻変動に直面しています。
経済のデジタル化は、イノベーションの急速な普及に伴う新技術の陳腐化や製品ライフサイクルの短命化、テクノロジーが引き起こすビジネスモデルや収益構造の変化、顧客との情報の非対称性(比較優位性)の低下、従来の業界の垣根を越えた新規参入を巻き起こします。
また、経済のグローバル化は、クロスボーダーで複雑化するバリューチェーン、顧客嗜好(しこう)の多様化、統制リスク・市場リスクの増大、外国人株主やアクティビストへの対応、M&Aの機会と脅威など、さまざまな課題を伴います。
こうした経営環境の変化に対して、CFO部門はこれまで以上に多くの役割をより効率的・効果的に実行することが求められており、冒頭の<図1>で示したようなCFO部門の変革は喫緊の課題です。
財務情報の集約化・標準化を起点に、Ⅳで述べたような包括的な取り組みのロードマップを描き、実行・実現する変革能力が、今、問われています。


情報センサー 2019年6月号