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情報センサー2019年8月・9月合併号 Topics

監査上の主要な検討事項(KAM)

監査監理部 公認会計士 榎本征範
主として日本基準、米国基準及び国際会計基準に基づく多国籍企業の監査に従事するほか、品質管理本部 監査監理部において、監査メソドロジー及びデータ分析ツールを含む監査ツールの導入業務に従事。日本公認会計士協会 監査保証実務委員会専門委員長、監査基準委員会専門委員として、種々の監査基準委員会報告書の策定に携わる。当法人 シニアパートナー。

監査監理部 公認会計士 中村謙志
主として精密機器メーカー、不動産会社の監査業務やIFRS導入支援業務などに従事しているほか、品質管理本部 監査監理部において、監査業務全般に係る相談対応や研修講師などの業務に従事。日本公認会計士協会 監査基準委員会専門委員、監査保証実務委員会専門委員として、監査基準委員会報告書の策定に携わる。当法人 シニアマネージャー。

Ⅰ はじめに

2018年7月5日に、企業会計審議会より監査基準の改訂に関する意見書(以下、監査基準)が公表され、監査基準の改訂が行われました。この改訂では、国際的な動向を踏まえつつ、わが国の監査プロセスの透明性を向上させる観点から、監査報告書において監査上の主要な検討事項(KAM:Key Audit Matters)の記載が求められました。本稿では、監査基準の主要な改訂項目である監査上の主要な検討事項について、日本公認会計士協会から公表された監査基準委員会報告書及び監査基準委員会研究報告「監査報告書に係るQ&A」(公開草案)を参考に、監査上の主要な検討事項の決定プロセス、記載内容、開示との関係及び被監査会社とのコミュニケーションのポイントについて解説します。

Ⅱ 監査上の主要な検討事項の決定プロセス

監査人は、監査役等とのコミュニケーションを行った事項の中から、財務諸表の監査において監査人が特に注意を払った事項を決定します。その中から、職業的専門家として特に重要であると判断した事項を監査上の主要な検討事項として決定します。このプロセスをまとめると<図1>の通りとなります。

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特に注意を払った事項の決定において、①特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、または重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された領域②見積りの不確実性が高いと識別された会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断を伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断③当年度において発生した重要な事象又は取引が監査に与える影響等を考慮します。監査役等とコミュニケーションを行った事項には、この①から③に該当しない項目も含まれ、そのような項目が特に注意を払った事項になることがあります。例えば、監査人は、監査基準委員会報告書265「内部統制の不備に関するコミュニケーション」に従って、監査の過程で識別した重要な不備を書面により監査役等に報告することが求められています。また、監査人は、監査基準委員会報告書450「監査の過程で識別した虚偽表示の評価」に従って、識別した未修正の虚偽表示の内容とそれが個別に又は集計して監査意見に与える影響について、監査役等に報告することも要求されています。これらのコミュニケーション事項についても、監査上の主要な検討事項を選定する際の母集団に含まれることになります。
監査上の主要な検討事項は、特に注意を払った事項の中から職業的専門家の判断によって決定されますが、その際の考慮事項は以下の通りです(監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」(以下、監基報701)第A29項)。

  • 想定される財務諸表の利用者による財務諸表の理解にとっての重要性
  • 当該事項に関する会計方針の特性、又は同業他社と比較した場合の、経営者による会計方針の選択における複雑性又は主観的な判断の程度
  • 当該事項に関連して虚偽表示が識別された場合の、その内容及び金額的又は質的な重要性
  • 専門的な技能や知識の必要性の程度
  • 監査チームが実施した専門的な問い合わせの内容
  • 関連する監査証拠の入手の難易度
  • 関連して識別された内部統制の不備の程度
  • 関連する複数の監査上の考慮事項を含んでいるかどうか

監査上の主要な検討事項は、個々の監査業務における相対的な重要性によって決定されます。従って、同じ業種に属する企業間でも、その複雑性、特定の事象の発生状況によっては異なる項目が監査上の主要な検討事項となることもあります。また、同じ企業であっても、監査上の主要な検討事項は、過年度と同じこともあれば、変化する場合もあります。企業を取り巻く環境や規制などの外部要因、あるいは企業の事業内容、規模及び業績を含む内部要因に重要な変化がないのであれば、監査上の主要な検討事項は過年度と同じ項目になる傾向が強くなります。一方、外部要因又は内部要因に重要な変化がある場合には、監査人が注意を払う領域に変化が生じ、結果として監査上の主要な検討事項は変化することが想定されます。
さらに、監査上の主要な検討事項の個数ですが、特段の目安は設けられていません。ただし、上記の決定プロセスの通り、個数はある程度必然的に絞られていくことが想定されます。監基報701第A30項に記載のとおり、監査上の主要な検討事項として選定された項目が多い場合は、監査において特に重要でない項目が含まれている可能性があるため、本当に監査上の主要な検討事項に該当するかどうか、再度慎重に検討することが必要となります。

Ⅲ 監査上の主要な検討事項の記載内容

個々の監査上の主要な検討事項については、①関連する財務諸表における注記事項がある場合は、当該注記事項への参照②個々の監査上の主要な検討事項の内容③財務諸表監査において特に重要であるため、当該事項を監査上の主要な検討事項に決定した理由、及び④当該事項に関する監査上の対応の記載が要求されています(監基報701第12項)。監査報告書における記載のイメージは<記載例1>の通りです。

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記載に当たっては、想定される財務諸表の利用者が理解できるように簡潔に記載することが想定されています(監基報701第A34項)。ただし、個々の会社の監査に固有の情報を記載するためには、ある程度の詳細さを伴った具体的な記載が必要となります。
例えば、監査上の主要な検討事項の決定理由の記載において、監査証拠の入手可能性に影響を与えた経済情勢、企業ならびに産業における特有の事象の内容、企業の戦略又はビジネスモデルの変更など、監査人が特に重要であるかどうかの検討時に考慮した事項を説明することは、利用者にとって、監査人の判断の背景が理解でき、有用と考えられます(監基報701第A45項)。また、監査上の対応については、実施した手続きを網羅的に記載するのではなく、個々の企業の当期の状況に合わせて採用した監査アプローチの特徴的な面を記載すること(監基報701第A48項)が想定されています。監査基準委員会研究報告「監査報告書に係るQ&A」(公開草案)には、これらの留意点を踏まえた記載例が記載されています(<記載例2>参照)。

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この記載例では、監査上の主要な検討事項の対象となっている領域や金額が特定されています。記載例のように、対象領域や金額を特定することによって、財務諸表の利用者に監査の重点を適切に伝えることができます。また対象範囲が例えば勘定残高全体なのか、その一部分なのかを明確にすることができ、利用者による影響度に関する誤解を避けることができます。また、経営者が用いている重要な仮定を具体的に記載することにより、どのような要素がポイントになっているか利用者が理解できるようになります。さらに、特定されたポイントに対する監査上の対応を具体的に記載することにより、監査人が実施した重要な要素に対する手続を伝えることができ、利用者にとって有用な情報を提供することができます。
ただし、記載内容の検討に当たっては、経営者とコミュニケーションを行いながら決定していくことがそのプロセスにおいて重要となります(後述参照)。

Ⅳ 監査上の主要な検討事項と企業による開示との関係

企業に関する情報を開示する責任は経営者にあり、監査人による監査上の主要な検討事項の記載は、経営者による開示を代替するものではありません。従って、監査人が監査上の主要な検討事項を記載するに当たり、企業に関する未公表の情報を含める必要があると判断した場合には、経営者に追加の情報開示を促すとともに、必要に応じて監査役等と協議を行うことが適切とされています(監査基準前文)。なお、監基報701第A35項に記載の通り、企業に関する未公表の情報は、企業によって公にされていない当該企業に関する全ての情報をいいます。企業に関する未公表の情報には、例えば、有価証券報告書又は事業報告書に含まれている情報や、決算発表又は投資家向け説明資料等により、企業が口頭又は書面により提供している情報等は企業によって公にされている情報であるため、企業に関する未公表の情報には含まれません。
財務諸表の注記について、監査上の主要な検討事項を監査報告書に記載することを理由に、監査人から会社に対して財務諸表における注記の拡充が求められるのではないかという懸念が生じます。監査人は、監査上の主要な検討事項として決定した理由及び監査上の対応について記載するに当たり、会社の未公表の情報を含める必要があると判断した場合には、財務諸表利用者が財務諸表を適切に理解するための情報が十分に提供されているかどうかという観点から、経営者に対して追加の情報開示を促すとともに、必要に応じて監査役等と協議を行うことが適切となります。仮に、経営者が財務諸表に追加情報の注記は必要ないと判断した場合に、監査人は財務報告の枠組みに照らして、追加情報の注記がなくとも財務諸表が適正表示を達成しているかどうかを判断しなければなりませんが、適正表示を達成していると判断したときは、経営者に対して、監査上の主要な検討事項を監査報告書に記載することを理由として注記の拡充を強要することはできません。このように、監査人及び経営者は、適用される財務報告の枠組みに照らして、財務諸表の適正表示が達成されているかどうか(つまり、財務諸表の適切な理解のために追加情報として注記が必要でないかどうか)という観点からの検討が、これまで以上に必要になると考えられます。
また、監査基準の前文に、監査人は、監査上の主要な検討事項の記載により企業又は社会にもたらされる不利益が、当該事項を記載することによりもたらされる公共の利益を上回ると合理的に見込まれない限り、監査上の主要な検討事項として記載することが適切であるとの記載があります。監査上の主要な検討事項は、実施された監査に関する透明性を高めることにより、監査報告書の情報伝達手段としての価値を向上させるというものであり、これは公共の利益に資するものと考えられます。この公共の利益を上回る不利益は極めて限定的となります。例えば、監査上の主要な検討事項を報告することで、企業の株価や資金調達への影響が懸念されるような場合は公共の利益を上回る不利益に含まれるかどうかが論点となります。この点、本来、企業情報の開示制度の趣旨を鑑みると、株価や資金調達に与えるような企業情報は、会社が財務諸表やその他の開示を通じて投資家等の利害関係者に伝達することが想定されていると考えられ、株価や資金調達に与える影響は、監査上の主要な検討事項の記載による公共の利益と比較する不利益には含まれないと考えられます。

Ⅴ 被監査会社とのコミュニケーションについて

監査上の主要な検討事項は、監査報告書の記載事項であるものの、監査の最終段階で決定し監査役等とコミュニケーションを行えばよいというものではありません。前述の通り、監査人は監査役等とコミュニケーションを行った事項を基礎として監査上の主要な検討事項を決定することになり、また、当該事項について監査役等とコミュニケーションを行うことになります(監基報701第8項、第9項及び第16項)。このように、監査の過程を通じて経営者及び監査役等と協議した監査上の重要事項が監査上の主要な検討事項の候補となることが考えられるため、経営者及び監査役等との適時のコミュニケーションを行うことが有用となります。
具体的なコミュニケーションの時期については、個々の状況によりさまざまとなりますが、できる限り監査の早い段階から経営者及び監査役等に監査人の見解を伝達することが必要となります。特に、監査上の主要な検討事項の実務が定着するまでは、監査上の主要な検討事項の決定理由や監査人の対応の記載内容に関する検討、経営者及び監査役等との協議に相応の時間を要することが見込まれます。
このような状況を考慮すると、通常は監査計画の段階から、経営者及び監査役等と監査上の主要な検討事項に関するコミュニケーションを実施することが適切となると考えられます(<図2>参照)。

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