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AIで日本の医療は変わるのか -医療分野での利活用の検討と法的課題

2019年7月31日 PDF
カテゴリー EY Law

情報センサー2019年8月・9月合併号 Innovative Business & Law

EY弁護士法人 弁護士 西村 遼

EY弁護士法人にて、国内外の企業に対して、企業法務に関する幅広い法律サービスを提供している。また、当法人への参画以前に大手製薬会社において、法務業務および新規事業開発等に関与した経験を生かし、ライフサイエンス企業に対する支援にも力を入れており、医療経営士の資格も有する。

Ⅰ はじめに

近年、情報処理技術や通信技術等の目覚ましい発達を背景に、医療分野においても、電子カルテや電子医療機器の普及により医療関連情報の電子化が急速に進んでおり、収集・蓄積された医療関連データを有効活用するため、製薬・医療機器メーカー等を中心に、AIを用いたシステム開発が行われています※1
AI技術を有効活用することで、より高品質な医療の提供が可能となり、また、疾患の早期発見により医療費の削減効果も期待されるため、政府も医療分野におけるAI技術の導入を後押ししています。本稿では、医療分野でのAI利活用を促進するための政府の取り組み及び課題となる法的事項について説明します。

Ⅱ 医療分野におけるAI利活用の促進に向けた主な政策活動

1. 保健医療分野AI開発加速コンソーシアム

厚生労働省は、2017年6月に「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 報告書」を発表し※2、その中でAI開発を進めるべき重点領域として、<表1>の6領域が選定されました。さらに、当該報告内容を受けて、2018年7月からは当該6領域を中心に、保健医療分野におけるAI開発及び利活用を加速させるための課題や対応策等が議論され、2019年6月6日に『「保健医療分野AI開発加速コンソーシアム」議論の整理(案)』が取りまとめられました※3

表1 AI開発を進めるべき重点6領域及び施策内容

2. AIホスピタル

内閣府が推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、AIホスピタルに関する取り組みも行われており、2022年末までに、次の事項の実現を目標としています※4

(1) セキュリティの高い医療情報データベースシステムの構築・医療有用情報抽出技術の開発
(2) AIの診療現場への導入による、医師・患者間のアイコンタクト時間の倍増と医療従事者の負担軽減
(3) AIを利用した遠隔画像・病理診断、血液による超精密診断法の開発
(4) 10医療機関での「AIホスピタルシステム」導入モデル病院の運用開始

Ⅲ 医療分野におけるAIの利活用に関する法的課題と対応策

前述のとおり、医療分野におけるAIの利活用に関しては、政府機関を中心に幅広く議論されていますが、幾つか法的課題も指摘されており、それについての対応策も検討されています。

1. 医療情報の取扱い

個人情報である医療情報については、患者本人の同意を得た上で、学習データとなる大量のデータを集めることが課題となっています。この点については、個人情報保護法や次世代医療基盤法で認められるオプトアウト※5の活用が考えられます。

2. AI診断支援システムを用いた場合の責任主体

AI診断支援システムの誤作動等により誤診が生じてしまった場合の責任主体についてはかねてより議論されてきましたが、2018年12月19日付厚生労働省医政局医事課長通知※6において、AIを用いたプログラムを利用した診断・治療等を行う主体はあくまでも医師であり、医師はその最終的な判断の責任を負うことが示されました。もっとも、AIの特性を踏まえると、医師がAIによる判断の誤りを認知することが難しいケースも想定されるため、引き続き、AIの開発状況を踏まえ、議論されることになると思われます。

3. AI技術を用いた医療機器の承認審査

AI技術を用いた医療機器については、深層学習におけるアルゴリズムがブラックボックス化している点や、自動学習による恒常的な性能変化が生じ得るといった特有の性質ゆえ、これまでの枠組みで薬事承認審査が行えるのかという課題が指摘されてきました。この点については、2019年5月23日付厚生労働省医薬・生活衛生局医療機器審査管理課長通知※7において、人工知能技術を利用した医用画像診断支援システムに関する評価指標が示されました。また、今後審議が予定されている医薬品医療機器等法の改正案でも、AI等による技術革新に対応する医療機器の承認制度の導入に関する事項が盛り込まれています。

Ⅳ おわりに

前述の通り、政府も医療分野におけるAIの導入を後押ししていますが、米国の食品医薬品局(FDA)でのAI医療機器の承認事例等と比べると、日本が後れを取っていることは否めません。AIが医療分野に浸透することで、疾患の早期発見や地域医療への貢献等多くのメリットが期待されるため、現在浮き彫りとなっている課題を官民一体となって乗り越え、医療業界におけるAIの実装が進むことを期待します。

※1 最近では、AIを搭載した大腸内視鏡診断支援ソフトウェアが高度管理医療機器(クラスⅢ)として承認を受けた事例や、インフルエンザ早期診断のための診断支援AI医療機器の共同開発の事例などがある。

※2 「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会 報告書」www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000169230.pdf

※3 『「保健医療分野AI開発加速コンソーシアム」議論の整理(案)』www.mhlw.go.jp/content/10601000/000515845.pdf

※4 「SIP(第2期)研究開発計画の概要」
www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/kenkyugaiyo2.pdf

※5 オプトアウトとは、第三者に提供される個人データについて、本人の求めに応じて提供を停止することとしている場合であって、あらかじめ、所定の項目について、本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に置いた上で、本人の同意を得ることなく第三者に提供することをいう(個人情報保護法第23条2項)。

※6 「人工知能(AI)を用いた診断、治療等の支援を行うプログラムの利用と医師法第17条の規定との関係について」(医政医発1219第1号)

※7 「次世代医療機器評価指標の公表について」(薬生機審発0523第2号)

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