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情報センサー2019年11月号 Topics

コーポレートガバナンス・コードを踏まえた上場会社に求められる企業年金に関する役割期待とその対応

金融事業部 公認会計士 亀井純子
金融機関を中心とする監査およびアドバイザリー業務に長年従事。中でも、資産運用ビジネス向け監査およびアドバイザリー業務を得意とする。Pension & Retirement LeaderとしてEYグローバルとの連携強化に努めている。当法人シニアパートナー。

金融事業部 大場 悟
大手金融機関での勤務を経て、当法人に入所。新会計基準対応のほか、業務プロセス効率化、ガバナンス・リスク管理高度化などのアドバイザリー業務に従事。主な著書(共著)に『銀行窓口の法務対策4500講』(きんざい)がある。

Ⅰ はじめに

昨今、退職後の生活資金についてのさまざまな報道を通じ、年金に対する人々の関心は日々大きくなっています。iDeCoや企業型DCなどの、加入者が自分で選んだ商品で運用を行い、将来に備える確定拠出型年金も広がりつつありますが、会社が加入者に対し将来の受給額を約束する確定給付企業年金への期待は、依然として非常に大きなものであるといえます。
この確定給付企業年金制度において企業が将来の給付を確実に行うためには、超長期の期間にわたり莫大(ばくだい)な掛金を運用し、安定的な成果を上げる必要があります。そして、そのような成果を上げるためには、企業年金は適切なガバナンスの下に健全に運営される必要があるといえます。しかし、確定給付企業年金に対しては、政策的資産構成割合の策定がされていなかったり、また総合型基金(複数の企業が共同で実施する基金型の確定給付年金で、企業間の資本的・人的結び付きが弱いもの)では、年金の実施主体であるという各企業の意識は低くなりやすかったりするなどの問題点が指摘されてきました※1
このような課題認識の下、これまで確定給付企業年金の在り方についてさまざまな議論がなされてきました。そして、2018年には、東京証券取引所が制定する「コーポレートバナンス・コード」(以下、CGコード)に企業年金に関する原則が追加され、また、厚生労働省が制定する「確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)の見直しが行われました。
本稿では、確定給付企業年金を巡るアセットオーナーとしての企業年金への役割期待およびそのスポンサーである企業に求められるガバナンスの観点からの対応について、それぞれCGコード、ガイドラインを軸に説明します。なお、以下では、企業年金とは確定給付企業年金のことを指します。

Ⅱ アセットオーナーとしての企業年金への役割期待

東京証券取引所は、18年6月に公表したCGコードの改訂版において、原則2-6.「企業年金のアセットオーナーとして機能発揮」を追加しました。同原則では、上場企業は、企業年金を適切に運用するための人事面・運営面の取組みとその内容の開示、受益者と会社の利益相反管理(例えば、リターンとしては魅力に乏しい投資先だが、政策的な理由から株式を手放すことが躊躇(ためら)われる場合など)が求められています。
この原則の追加の背景には、インベストメント・チェーンの最上流に位置する企業年金が、受益者たる加入者の利益となるためのアセットオーナーとしてのスチュワードシップ責任を果たせていないのではないか、という問題意識がありました(<図1>参照)。特に、企業年金の責任者は人事関連部署出身者であることが多く、投資や運用機関のモニタリングに関する専門的知見が不足しているという状況が問題視されていたようです※2

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Ⅲ 企業に求められるガバナンスの観点からの対応

1. ガイドラインの概要

厚生労働省は02年3月にガイドラインを制定し、企業や企業の年金基金が、確定給付企業年金法に従い加入者の受給権保護のためにとるべき行動を示しました※3。ガイドラインは法令そのものではありませんが、実務上の留意点等を示したものであり、大いに参考になるものです。
また、ガイドラインは、企業年金のより安定的な運用に向け、資産運用管理体制の強化等を図る観点から18年4月1日に見直され、以下の事項が追加されました(<表1>参照)。

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2. 企業の義務

ガイドラインの構造は<表2>のようになっています。

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ガイドラインの「3 事業主及び基金の理事(1)一般的な義務」では、企業は、加入者に対し善管注意義務(民法第644条の類推適用)、忠実義務(確定給付企業年金法第69条)を負うとされています。年金を運営するに当たり、企業は社会通念上要求される程度の注意を払い忠実に職務を遂行し、また、専ら加入者の利益を考慮すべきであり、これを犠牲にして自己や第三者の利益を優先させてはなりません。
善管注意義務や忠実義務自体は抽象的な概念であるため、続く「(2)基本的な留意事項」以下では、具体的にどのような行動をし、どのような点に気を付けるべきかが述べられています。

Ⅳ 事例

今般のCGコード改定やガイドラインの見直しを踏まえながら、以下の例をもとに考えてみたいと思います。

A社は、運用資産規模は100億円未満であったが、ガバナンス強化の観点から資産運用委員会を設置し、運用責任者Bへ意見を述べる役割を与えた。資産運用委員会のメンバーの1人であるCの兄は、A社との間で運用コンサルタント契約を締結しているD社の従業員であった。D社はBに対し、より高い運用成果を上げるためには、オルタナティブ投資に対する集中的な投資が有効であると提案した。Bは定例委員会で、資産運用委員会に、この提案に対する意見を聞いた。資産運用委員会は、Cの強い賛成を受け、D社の提案を受け入れるべきである旨の意見を述べた。Bは、自身のこれまでのキャリアは人事関係であり、資産運用業務については詳しくなく、相談できる知見のある人物もいないため、資産運用委員会の意見を特に検証することなくD社の提案を受け入れ、オルタナティブ投資に集中するポートフォリオに組むことにした。

【解説】

ガイドラインの見直しにより、運用資産規模100億円以上の場合には資産運用委員会の設置が義務付けられ、また、100億円未満の場合であってもその設置は望ましいとされました。資産運用委員会の主な役割は、運用の基本方針や資産構成の割合、運用受託機関の評価等について運用責任者へ意見を述べることです。A社は、義務ではないものの、ガバナンス強化の観点から資産運用委員会を設置しました。この判断は評価されるべきものだと考えられます。
しかし、資産運用委員会はあくまでも諮問機関であり、年金の運営は運用責任者による適切な検討の上行われるべきものです。Bは、オルタナティブ投資にかかるリスクやリターンについて検証し、また、集中投資について運用の基本方針と整合するものであるかについて確認する必要があります。経験や知識のない人物が運用責任者のポジションにあり、適切な検証プロセスを経ずに資産運用委員会の言いなりの下に決定することは、意思決定として適切ではあるといえず、計画的な人材の育成が求められるといえます。また、資産運用委員会においても、利益相反の可能性があるメンバーは、関連する決議から外すなどの対応が求められます。
この事例のように、組織の形だけを整えても、これを運営するための適切な人材の配置やプロセスに係るガバナンスの整備がなければ加入者の受給権保護の観点からは不安が残ります。

Ⅴ おわりに

今般のCGコード改定、ガイドラインの見直しにより、企業にはこれまで以上に年金のスポンサーとして大きな役割が期待されるようになりました。このような期待に応えるためには、さまざまな活動を計画的かつ継続的に実施することが考えられます(<図2>参照)。

(下の図をクリックすると拡大します)

このような活動を通じて、リスクコントロールの高度化や資産運用の最適化を図り、投資家や年金加入者の満足を得ることは、企業価値の向上や勤め先としての魅力が増すことにつながると共に、昨今の行政からの期待にも応えるものと思われます。このような対応には、企業として相応のコミットメントが必要となりますが、前述のような効果も期待できることから、アセットオーナーとしての機能を十分に発揮するためにも不断の取組みを行っていくことが重要であると考えられます。