刊行物
情報センサー2019年12月号 Digital Audit

未来の監査に向けたデザイン思考の活用

Digital Audit推進部 公認会計士 堀江泰介
2002年、当法人に入所。総合商社、小売業、サービス業など、さまざまな多国籍企業の監査業務に従事。13年から16年までEYニューヨーク事務所に駐在。16年に帰任後、多国籍企業の監査業務に従事するとともに、EY Globalとも連携しながらJapan Assurance Digital Markets Leaderとして監査先企業との共創を促進するためのDigital Audit推進業務にも取り組んでいる。米ワシントン州公認会計士。当法人 パートナー。

Digital Audit推進部 井上越子
大手自動車関連会社の海外営業・企画・マーケティング部門にて勤務後、2012年に当法人のアドバイザリー部門に入所。業務プロセス改善を中心としたコンサルティングサービスに従事。18年より監査部門に籍を移し、クライアントの皆さまへのDigital Auditの取り組みの紹介や、法人内外に向けたデザイン思考を活用したワークショップの企画運営・ファシリテーションを担当するほか、Digital Audit推進のプロジェクトマネジメントに従事している。当法人 アシスタントディレクター。

Ⅰ イノベーションを切り開く

1. デジタルがもたらした変化と期待

デジタルテクノロジーの台頭により、多くの組織やビジネスはディスラプション(破壊的創造)という新しい波に直面しています。ディスラプションは、業種の壁を越えたビジネスプレイヤー誕生の脅威、革新的なサービスの出現やサービス展開スピードの加速、そして、そうした環境の中で高まるニーズと期待といった外的環境の目まぐるしい変化としてすでに私たちの前に現れています。こういった環境の変化を的確に捉えて対応していくことが、新たなビジネスチャンスを掴つかむことにもつながります。しかし、実際にはこれまでの伝統的なマインドセットから脱却できず、迅速な対応が起こせない連携の少ないサイロ化された組織のまま、ますます多くのムダや課題を抱える状況に追い込まれるという、内的環境の問題が目立っています。例えば、従来はある程度の需要がある製品をメーカーが製造し市場に投入すればユーザーはこれを購入していました。しかし現在は、テクノロジーの進化によりユーザーが同種の製品を容易に比較することができ、また、ユーザー自らがSNSなどを通じてニーズを発信するようにもなっています。その結果、ニーズを十分理解して開発を行い市場に投入しなければ、いくら高性能の製品を生み出してもユーザーからはまったく受け入れられないという事態も起こり得る環境になっています。
また、変化に対応し成長していくためにデジタルテクノロジーに投資をして効率化を目指すケースも多く見られますが、テクノロジーの導入が目的となってしまい、限定的な効果しか得られず、本当の課題解決やビジネスの改善に至らないという現状があります。こうした現状を打破するための問題解決手法として、デザイン思考に改めて注目が集まっています。Factiva上で確認することができるデザイン思考に係るトピックの件数は、<図1>の通り、約6,000件まで増加しています。


図1 デザイン思考に係るトピック件数

最近では経済産業省のデジタルトランスフォーメーション(DX)特設ウェブサイトにて、DXを進めるポイントの一つとしてユーザーファーストで考えるデザイン思考が紹介されています。

2. デザイン思考とは

デザイン思考は、イノベーションとリーダーシップを発展させる最も重要な要素の一つとして昨今では多くのMBAのカリキュラムとして取り入れられています。ベンチャーキャピタルでも社内にデザインチームを立ち上げる傾向にあり、世界のトップコンサルティングファームもデザイン会社を買収しています。EYでもデザインコンサルティング会社など、多くの仲間を迎えています。
では、デザイン思考とは何でしょうか。ビジネスの世界におけるデザイン思考については、デザインコンサルティング会社IDEOのCEOであるティム・ブラウン氏による講演が有名ですが、一言で言うと、真に人を第一に考えることに重きを置き、複数の分野やさまざまな考え方をコラボレーションさせる理念であり考え方です。もう少し詳しく掘り下げると、顧客やユーザーといった人のニーズにフォーカスし、実現可能なテクノロジーと持続可能なビジネス戦略を掛け合わせ、いち早く画期的なBetter Answerを見つけ、意味のある成果をもたらし、ビジネスの価値を高めていくための問題解決手法と言えます。デザイン思考はクリエイティブな発想をもたらし、新たなソリューションを創り出すためだけでなく、部門やチーム間の障壁打破やコラボレーションの強化といったさまざまなイノベーションを切り開くために活用されています。
デザイン思考のプロセスには大きく分けて五つのステップ(①共感②問題定義③創造④プロトタイプ⑤テスト)があり(<図2>参照)、これを通して顧客やユーザーが真に求めるものや課題を解決するためのソリューションを創り出します。ここで重要なのは、意味のある成果をもたらすために、これらのステップを短い期間で何度も反復し、素早く結果を出すことです。時間や費用をかければよいソリューションが生まれると思われがちですが、顧客やユーザー自身が真の課題を理解していない場合、要件や要求が頻繁に変わり、生み出したソリューションは有効ではなくなってしまいます。そうなると初めからやり直しになり、組織やプロジェクトにも大きな影響を与え、さらに多くの労力を費やすことになります。デザイン思考は、タスクを細かく設け、要件や要求の変化に対応できるように設計された手法なので、時間とコストをできるだけ抑え、短期間でビジネスの価値を最大限に高めることが可能です。

(下の図をクリックすると拡大します)

3. デザイン思考の活用事例

デザイン思考の代表的な活用事例として挙げられるのが、リモコン型のコントローラーを採用した新たな家庭用ゲーム機の開発です。
それまでのゲーム機は、ゲームをする子供が自分の部屋にこもりがちになり、家族内のコミュニケーションを阻害しているというネガティブな印象を持たれていました。また、当時のゲーム機開発のコンセプトは、映像の高精細化など高機能化が主流であったと言えます。この点、上記ゲーム機の開発では、従来の発想にとらわれず、ユーザーの視点に立ち、家族みんなで楽しめるゲーム機というコンセプトに基づいて開発チームが一体となってアイデア創出とプロトタイピングを繰り返しました。その過程で、家族がみんなで使えるリモコン型のコントローラーやリビングに置いても邪魔にならないコンパクトな本体など、既存のゲーム機が抱える問題を解決するアイデアが次々に具現化されていきました。中でもコントローラーは、1,000回以上のプロトタイピングが重ねられ、重さや形状、少ないボタン、片手での操作性など細かい点を何度も見直すことで、ユーザーが求める姿にたどり着きました。
このように、デザイン思考を活用することで当時の開発の視点とも一線を画した開発を進め、結果として、老若男女家族みんながリビングでゲームを楽しむという新しいゲームの形を生みだすことにつながりました。発売後、このゲーム機が爆発的な人気を博したのは言うまでもありません。

4. デザイン思考がもたらす可能性

ビジネス上の問題解決を図るために関係者を集めてミーティングを行う場合、真の課題を特定する議論をしないまま全般的な課題について時間をかけて解決策の議論が行われていることがよくあります。ただしこのアプローチでは、具体的な課題を特定せずに課題解決の方法を模索していくため議論が拡散しやすく、解決策も具体性を欠く結果に陥りやすくなります。また、時間をかけて議論をした結果として最終的に意思決定を行いますが、それまで何かを決定することがありません。これらの点で、デザイン思考におけるアプローチは大きく異なります。
加えて、デザイン思考においてもう一つ重要なことは「Fail Early, Fail Often」、早い段階で失敗すること、そして、多くの失敗を経験することです。これにより、どういった状況が失敗につながるのか、また、失敗を次の機会に活かすことを学ぶことができます。発明家、トーマス・エジソンはこんな言葉を残しています。
"I have not failed. I've just found 10,000 ways that won't work"
トーマス・エジソンは幾多の失敗を経て大発明に至ったと思われていますが、それは失敗ではなく、プロトタイプの作成とテストを繰り返しながら真に求めるものを見つけ出すというプロセスの一部であったと言えます。
この変革の時代に、確実なことはありません。不確実性を受け入れ、失敗を恐れないマインドセットこそが、イノベーションを切り開くことにつながります。

Ⅱ デザイン思考が会計監査エコシステムにもたらす効果

1. 変革の時代における会計監査人の役割と進化

こうした変革の時代に、私たち会計監査人も、その役割がどのように変わり、いかに進化させていくのかが改めて問われています。未来の監査のゴールであるAssurance 4.0(Continuous Auditing)に向けて、継続的な監査品質の向上、監査先企業と当法人の監査チームが進める双方のデジタルトランスフォーメーション(DX)との共創、監査の透明性を高めるためのコミュニケーション、効果的なマネジメントレターの発出など、会計監査人への期待はますます高まり、会計監査エコシステム全体でこれに対応していかなければなりません。
これからの私たち監査人は、デジタルリテラシーの向上に加え、会計監査の専門的知見やビジネスの深い理解をもとに、監査の付加価値を継続的に向上させていく必要があります。具体的には、各分野のエンジニアやデータサイエンティストなど、さまざまな専門家と協業(コラボレーション)しながら、監査先企業・監査チーム双方の課題を引き出し共創につなげていくこと(ファシリテーション)が必要不可欠です。こうした力を付けるためにもデザイン思考を活用し、常に監査先企業や利害関係者の視点で考え、一人ひとりが未来の監査(リアルタイム監査)を実現するために当法人では、目の前の監査業務を日々変革していくマインドセットを持てるよう、法人内でもチームビルディングやデジタルリテラシー向上のためのワークショップを開催し、広く展開しています(<写真1>参照)。

(下の図をクリックすると拡大します)

2. 監査先企業との共創

私たちは、会計監査のDX「EY Digital Audit」を進める過程で、監査先企業の監査役や経営者の皆さまとのイノベーションセッションを開催しています。このセッションでは、監査先企業と当法人の関係者が一同に会し、双方が目指している目標とそれに向けた課題や対策を議論します。その際には、世界中の主要拠点に設置する最新鋭のデジタルテクノロジーを備えたイノベーションセンターでありグローバルネットワークであるEY wavespaceを活用することで、議論を活性化させています。
議論を進めるに当たってはデザイン思考の考え方を活用しています。①監査先企業の皆さまとEY双方の課題や取り組みの理解を深めることで共通の課題を識別し、②具体的な問題定義を行い(より焦点を絞って正しい問題設定をする)、③課題解決に向けたソリューションの検討と双方のアクションプランを策定します。セッション後には、監査先企業と監査チームとの間で④対応策の具体化と⑤対応策の調整を繰り返すことによって双方が目指す目標に近づけていきます。これまでのイノベーションセッションでは、①と②で識別する課題や問題定義には不正や誤謬(ごびゅう)の防止および仮に発生した場合の早期発見と早期是正が、③で導出するソリューションにはデータとデジタルテクノロジーの活用が挙げられることが多くありました。
イノベーションセッションの開催後には、以下のような多数のポジティブなフィードバックがありました。

  • 自社のDXとの共創の試金石として、海外子会社のDigital Auditの進展状況を見るのが楽しみである
  • 自社の情報システムの在り様がオペレーションの効率性を阻害していないか、適時に必要な情報を監視できる体制がとられているかについて気づかされた

これらのフィードバックは、DXにおける監査チーム との共創への期待や、DX関連業務に対する高い関心の表れによるものと考えています。
イノベーションセッションは、監査業務のDXを出発点として、監査先企業の皆さまのデジタルテクノロジー導入時の課題についての探求や、DXの価値を理解いただく場として開催しています。一方で、監査業務の生産性とリスク対応力を向上させ深度ある監査を実現するためには、やはり監査先企業の皆さまからの協力が不可欠です。イノベーションセッションを契機として双方の理解を深め、データドリブン監査(データを中心とした監査)を加速できたことは私たちとしても大きな収穫でした。

3. EY新日本から変える、変わる

このように、当法人はデジタルテクノロジーの活用により監査先企業の皆さまと共に新たな価値を創り上げ、リスクの早期発見やより価値ある指摘や助言、品質の高い監査サービスの提供につなげていくことを目標にしています。会計監査エコシステムの中で当法人が関わる組織や社会に対して、監査の有効性や効率性の向上、透明性や説明責任の強化を図り、複雑化する現代社会に一層の信頼や信用をもたらす、当法人はそうした変革に向けて挑戦を続けています。

<参考文献>
「デジタル技術は会計監査をどのように変革させるのか
-未来の監査に向けた課題への対応」(本誌 2019年4月号)

EY wavespace™ EY wavespaceは、クライアントとEYのチームが双方の課題、そしてビジネスの変革や創造に対応するため、テクノロジーやアナリティクス、サイバーセキュリティなどの専門家や研究者をつなぎ、新たなソリューションやビジネスモデル、プロトタイプなどの開発を支援し提供するグローバルネットワークです。世界の主要都市に拠点を展開し、日本では東京事務所内にwavespace Tokyoを設置しています。

情報センサー 2019年12月号