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「監査上の主要な検討事項に相当する事項」の作成を実施して

2020年1月6日 PDF
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第1事業部 公認会計士 植木貴幸

1996年10月、太田昭和監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)に入所。国内監査部門において、化学産業を中心に鉄鋼業等の製造業、海運業、社会インフラ産業等の上場会社の監査業務、J-SOX導入支援、IFRS導入アドバイザリー、海外資金調達サポート等の非監査業務に従事。当法人の化学セクター ナレッジリーダーとしてナレッジ発信等を担当している。当法人 パートナー。

Ⅰ  はじめに

当法人は2019年6月25日に株式会社三菱ケミカルホールディングス(以下、(株)三菱ケミカルホールディングス)に対して、「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)に相当する事項の報告」を提出し、同日付で(株)三菱ケミカルホールディングスは監査人による連結財務諸表の監査の透明性を高める観点からの報告書として、ウェブサイト (www.mitsubishichem-hd.co.jp/information/00830.html)上で公表しています。わが国におけるKAMは、平成30年内閣府令第54号(18年11月30日)に基づき、21年3月31日以後に終了する連結会計年度等から監査報告書への記載が求められていますが、20年3月31日以後に終了する連結会計年度等からの早期適用が可能となっています※1。当法人と(株)三菱ケミカルホールディングスは、その早期適用に先立ち、19年3月期において任意で「KAMに相当する事項」として作成・開示をしました。
「KAMに相当する事項」の開示はウェブサイト上のみで行われ、プレスリリースや東京証券取引所の適時開示は行われなかったため、当初、(株)三菱ケミカルホールディングスヘの問い合わせや当法人内外から監査チームヘの問い合わせはありませんでしたが、次第に新聞や雑誌及び研究者の講演等で取り上げられるようになり、現在では数多くの問い合わせを受けており、その反響の大きさに驚いています。
KAMの導入については、ともすれば盛り上がりに欠けているという雰囲気もありますが、(株)三菱ケミカルホールディングス及び当法人の取り組みがこのような雰囲気に一石を投じることになれば幸甚です。

Ⅱ 「監査上の主要な検討事項に相当する事項」とは

周知のとおり、KAMとは「監査人が当年度の財務諸表の監査の過程において監査役等と協議した事項のうち、職業的専門家として当該監査において特に重要であると判断した事項」をいい、金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業※2の財務諸表の監査報告書に記載されるものをいいます。従来、わが国をはじめとして国際的に採用されてきた監査報告書は、記載文言を標準化して監査人の意見を簡潔明瞭に記載する、いわゆる短文式の監査報告書でした。これには、記載文言を標準化することによって、財務諸表利用者が無限定適正意見とそれ以外の意見等を一目瞭然に判別できるものの、監査意見に至るプロセスに関する情報が十分に提供されず、監査内容が見えにくいという批判がありました。こうした中、2000年代後半の世界的な金融危機を契機に、監査の信頼性を確保するための取り組みの一つとして、監査意見を簡潔明瞭に記載する枠組みは基本的に維持しつつ、監査プロセスの透明性を向上させることを目的にKAMを記載する監査基準の改訂が国際的に行われています※3
その結果、英国では12年10月1日以降開始事業年度から、欧州連合(EU)では16年6月17日以降開始事業年度から、その他オーストラリア、シンガポール、インド等においても、KAMが適用されています。また、米国ではCAM(Critical Audit Matters)として大規模早期提出会社について19年6月15日以降終了の事業年度から適用されています。すなわち、主要国における監査報告書については、すでにKAMの記載が行われています。
わが国では、このような国際的な動向を踏まえつつ、監査プロセスの透明性向上に資する観点から、17年より企業会計審議会で本格的に議論がなされる一方で、同年には日本公認会計士協会が旗振り役となり大手監査法人と一部の上場企業でKAMの試行が実施され、KAMの導入に当たっての実務上の課題が抽出されました。また、18年7月には企業会計審議会から「監査基準の改訂に関する意見書」が公表され、監査基準が改訂されることによりKAMの導入が正式に決定しました。
また、18年11月30日には平成30年内閣府令第54号(「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令及び企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」)が公布され、同日付で施行されることにより、制度的な枠組みについても準備が整いました。ここでKAMに関する規定については、21年3月31日以後に終了する連結会計年度及び事業年度(以下、連結会計年度等)に係る連結財務諸表、財務諸表及び財務書類(以下、連結財務諸表等)の監査証明について適用し、同日前に終了する連結会計年度等に係る連結財務諸表等の監査証明には従前の例によるとしています。そして、20年3月31日以後に終了する連結会計年度等に係る連結財務諸表等の監査証明については、これらの規定を適用することができるとしています※4。すなわち、制度上は19年3月期についてはKAMの適用ができません。そのため、今回の当法人と(株)三菱ケミカルホールディングスでのKAMの適用に当たっては、制度としてKAM を作成・開示ができなかったので、「KAMに相当する事項」として作成・開示を行いました。

Ⅲ 「監査上の主要な検討事項に相当する事項」の作成の経緯

前述のような制度的な動向に呼応して、当法人は18年3月期の決算監査が終了すると同時に、21年3月期からKAMが導入されることを被監査会社に説明し情報を共有するとともに、東京証券取引所市場第1部上場の被監査会社を中心にKAMの試行を開始しました。(株)三菱ケミカルホールディングスに対しても、18年7月に監査委員及びCFOや経営管理室といった執行側に対しても当法人よりKAMに関する制度的な枠組みや導入の経緯、適用事例等を説明し、18年3月期決算の会計監査においてKAMを適用した場合に作成されるであろうKAMの文案を18年12月末までに完成させることを約束しました。さらに、そのためのマイルストーンを示し、当法人と監査委員及び経営管理室との協議方針や日程等を決定することによってKAMに関する試行を開始しました。
まずKAMの項目については、18年3月期決算の会計監査での特別な検討を必要とするリスクが識別された事項及び重点監査項目の中から、欧州等の同規模の同業他社のKAMの事例を参考にしながら、当法人は監査委員及び経営管理室と十分な協議を実施の上、KAMの項目、個数及びその内容を決定しました。その後、KAMの文章の作成に当たっては、欧州等の事例の項目及び分量等を参考にしながら、経営管理室とともに有価証券報告書をはじめとした(株)三菱ケミカルホールディングスの対外開示書類の記載と比較しつつ、監査委員との協議の実施を踏まえて文案を決定しました。当法人と(株)三菱ケミカルホールディングスとの緊密なコミュニケーションにより、また前述の日本公認会計士協会によるKAMの試行の経験者も監査チームにいたことから、予定どおり18年12月には18年3月期の会計監査に関するKAMを完成しました。19年1月には監査委員主催による三菱ケミカルホールディングスグループ監査役等の勉強会において、グループ内でのKAMの制度に関する周知と前述の18年3月期のKAMの紹介が行われ、グループ内各社の監査役がKAMと会計監査の関係を理解するとともに、グループ会社各社が仮に自社の個別財務諸表上の監査において、制度外でKAMを適用した場合のKAMの項目について検討を行いました。
(株)三菱ケミカルホールディングスはわが国の化学業界におけるリーディングカンパニーとして、より良いコーポレートガバナンス体制の確立に努めており、その一環として当法人とは緊密なコミュニケーションを図る一方で、一層の緊張関係を持つことを標榜(ひょうぼう)しています。(株)三菱ケミカルホールディングスの監査委員とCFOや経営管理室といった執行側のその前向きな取り組み姿勢に基づき、当法人に対してKAMの早々期の適用の可否について相談があり、当法人としてもその前向きな取り組み姿勢に共鳴し、当初は19年3月期の会計監査からのKAMについて制度的枠組みを利用した実施も検討しました。しかし、前述のとおり、内閣府令の規定によりKAMの制度的枠組みでの適用は不可能であったため、KAMではなく「KAMに相当する事項」を当法人から(株)三菱ケミカルホールディングスに対して提出し、さらに(株)三菱ケミカルホールディングスは自社のウェブサイト上で開示することを決定しました。
その後、18年3月期のKAMを基にして、年明けより進行期である19年3月期の「KAMに相当する事項」の作成を開始しました。18年3月期のKAMを一度は作成しているものの、対外開示を前提とした「KAMに相当する事項」の作成については、国内ですでに公布・施行されている前述の内閣府令や改訂された監査基準の他に、18年10月に日本公認会計士協会から公開草案が公表された(19年2月最終化)「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」(監査基準委員会報告書701)、「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」(監査基準委員会報告書700)、「監査役等とのコミュニケーション」(監査基準委員会報告書260)等の要求事項を改めて確認しました。一方で書き方や分量については、国内において事例がない以上、すでに適用されている欧州等の同規模の同業他社の事例を再度参考にしながら、改めて「KAMに相当する事項」の項目の個数や内容及び文章を研究するとともに、各KAMの文章の分量についても十分に研究を実施しました。

Ⅳ 「監査上の主要な検討事項」を適用する場合のタイムスケジュール

では、前述の経験を踏まえて、実際にKAMを適用する場合には、どのようなタイムスケジュールで対応するのが望ましいか私見を述べます。
基本的には監査計画から期末監査の実施・報告まで監査役等と協議するに際して、年間を通じてKAMに関する議論をしていくことが重要です。その上で、最初の手続としては、前年度の会計期間の会計監査に係るKAMを作成することが望ましいと考えます。KAMは監査報告書の一部として記載されるため、監査の終了時にその会計年度の会計監査でのKAMの項目やKAMとした理由、さらに実施した主要な監査手続が記載可能となります。しかし、監査手続の終了後にKAMの作成をしているようでは有価証券報告書の提出期限には間に合わないことになります。そこで、監査手続がすでに終了している前年度の会計監査に基づいてKAMを作成することが有用と考えられます。
例えば、3月決算の場合は12月末には前年度の会計監査に関するKAMの作成を、制度上のルールに則り対外的に開示できるレベルまで完了しておくのが望ましいと考えます。年明けの1月以降は第3四半期決算や四半期レビュー、その後の期末決算や期末会計監査の準備、さらに4月以降については決算作業の実施や会計監査の実施に会社も監査法人も多くの時間を費やす必要があり、その合間に制度上のルールを確認しながら監査役、監査役会、監査等委員会又は監査委員会(以下、監査役等)とのコミュニケーション等を図りつつ、当年度の会計監査に係るKAMを直接作成することは非常に困難であると考えられます。そのため、前年度の会計監査に関するKAMをあらかじめ作成し、それを修正しながら当年度のKAMを作成するのが実務上は有用です。また、実務上KAMの作成に当たっては、前述の監査基準や日本公認会計士協会が公表している監査基準委員会報告書の要求事項のみならず、「監査報告書に係るQ&A」(監査基準委員会研究報告第6号)、それに各監査法人の規則や記載要件、KAM発行前の品質管理の手続、監査対象会社での有価証券報告書での開示の情報等の多様な情報を確認しなければなりません。
年明けからは、前年度のKAMを基に期末決算に向けての被監査会社の会計上の課題の推移を注視しつつ監査役等とコミュニケーションを図りながら進行期の決算監査に係るKAMの項目を選定していくとともに、文章をドラフトしていくことが考えられます。さらに検討を進めて、決算日前の3月末にはKAMの項目及び文章の大枠を確定させることが望ましいと思われます。4月以降においては期末決算に係る会計監査の手続を実施しながら文章を修正し、各社の会社法に係る会計監査人の監査報告書の提出日にもよりますが、5月のゴールデンウィーク後にはほぼKAMの項目と文章を確定させ、会社法の会計監査人の監査報告書提出時にKAMのドラフトを監査役等に提出することが望ましいと考えられます。その後、有価証券報告書提出時点までに文章の微修正をするとともに、この間にも新たにKAMとなる項目がないことを確認して、最終的に有価証券報告書の記載との整合性を確認し、金融商品取引法に係る監査報告書として被監査会社にKAMを提出することになります。

Ⅴ 「監査上の主要な検討事項」の項目決定時の留意点

前述の「監査基準の改訂について」においては、KAMの決定について以下のように規定しています※5

(2) 「監査上の主要な検討事項」の決定
監査人は、監査の過程で監査役等と協議した事項の中から、

  • 特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、又は重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された事項
  • 見積りの不確実性が高いと識別された事項を含め、経営者の重要な判断を伴う事項に対する監査人の判断の程度
  • 当年度において発生した重要な事象又は取引が監査に与える影響

等について考慮した上で特に注意を払った事項を決定し、当該決定を行った事項の中からさらに当年度の財務諸表の監査において、職業的専門家として特に重要であると判断した事項を絞り込み、「監査上の主要な検討事項」として決定することとなる。

監査人は、リスク・アプローチに基づく監査計画の策定段階から監査の過程を通じて監査役等と協議を行うなど、適切な連携を図ることが求められており、「監査上の主要な検討事項」は、そのような協議を行った事項の中から絞り込みが行われ、決定されるものである。

当該規定の後段にあるとおり、まずは監査人による被監査会社のビジネスの十分な理解を踏まえた財務諸表リスクの洗い出しと、監査人と監査役等との協議を踏まえた絞り込みがKAMの決定には重要であり、今回の「KAMに相当する事項」の決定においても、財務諸表リスクの網羅的な洗い出しとその絞り込みは、監査委員との十分な協議を踏まえて実施しました。このプロセスを適切かつスムーズに実施するためには、日頃から被監査会社の課題について監査人と監査役等及び執行側との間で問題意識を共有するとともに、これらの関係者のリスク対応策を十分に理解しておくことが必要です。そのためには、監査人は監査役等及び執行側と緊密なコミュニケーションはもちろんのこと、一歩踏み込んだ情報共有を前広に実施することが肝要です。
また、執行側とのコミュニケーションに関連して、監査人は日頃から有価証券報告書といった制度上の開示書類のみならずIR資料やプレスリリース資料、ウェブサイト上での情報提供のための資料を把握するとともに、執行側との協議を通じてその内容や意義を理解しておく必要があります。
さらに、上場子会社がグループ内にある場合には、その子会社の監査人、監査役等及び執行側とのコミュニケーションも非常に重要であり、日頃から子会杜の課題や関係者が有する課題意識を共有し、KAMの作成に当たって認識の齟齬(そご)がないようにしなければなりません。

Ⅵ 「監査上の主要な検討事項」の作成上の留意点

前述の「監査基準の改訂について」においては、KAMの記載について以下のように規定しています※6

(3) 「監査上の主要な検討事項」の記載
監査人は、「監査上の主要な検討事項」であると決定した事項について、監査報告書に「監査上の主要な検討事項」の区分を設け、関連する財務諸表における開示がある場合には当該開示への参照を付した上で、

  • 「監査上の主要な検討事項」の内容
  • 監査人が、当年度の財務諸表の監査における特に重要な事項であると考え、「監査上の主要な検討事項」であると決定した理由
  • 監査における監査人の対応を記載することとなる。

「監査上の主要な検討事項」の記載を有意義なものとするためには、監査人は財務諸表の監査の過程を通じて監査役等と適切な連携を図った上で、監査人が監査役等に対して行う報告内容を基礎として、当該財務諸表の監査に固有の情報を記載することが重要である。また、財務諸表利用者にとって有用なものとなるように、監査人は、過度に専門的な用語の使用を控えて分かりやすく記載するよう留意する必要がある。

KAMの記載については、有価証券報告書をはじめとした被監査会社の対外開示書類の記載との兼ね合いの観点から執行側との緊密なコミュニケーションが重要です。そのため、今回の「KAMに相当する事項」の記載においても、当法人は(株)三菱ケミカルホールディングスの経営管理室との協議を頻繁に行いました。また、KAMの項目の決定と同様に、監査人と監査役等とのコミュニケーションも重要であり、過年度よりも高い頻度でミーティングを実施し、監査委員に対して記載内容の説明を実施するとともに、監査委員からもフィードバックを受け文章を整えていきました。KAMがいわゆるボイラープレート化しないように(株)三菱ケミカルホールディングス固有の情報の記載をドラフトする一方で、有価証券報告書等の対外開示書類の記載情報を超えることによって、「KAMに相当する事項」が未公表の情報を不適切に提供することにならないよう留意しました。(株)三菱ケミカルホールディングスについては、国際財務報告基準(以下、IFRS)をすでに採用しており、日本基準の採用会社よりも有価証券報告書にリスク情報を中心に多様な注記を実施しており、この点、「KAMに相当する事項」の記載を制約する要素はほぼありませんでした。これは(株)三菱ケミカルホールディングスが「KAMに相当する事項」を作成・開示できた要因であるといえます。なお、会社法計算書類等に対する監査報告書でのKAMの適用は任意ですが、計算書類等では注記の記載が有価証券報告書に比べて少なくなっており、また監査報告書の提出期限が早いため、当面の間、その適用は実務上では困難だと思われます。
また、「監査基準の改訂について」は「固有の情報」の記載を要請する一方で、「専門的な用語の使用を控えて分かりやすく記載する」ことも要請しています。これは一般的な投資家をKAMの利用者(読者)として想定しているため、当然のことであるといえます。この点、実務上は、会計上の見積りに関連する項目といった一般的に財務諸表リスクが高いとされる会計上の領域に関するKAMを記載する場合には、比較的多くの読者が知っている監査手続等が多く、分かりやすい記載になる傾向にあります。逆に、比較的限定された特定の取引といった限定した会計上の領域に関するKAMを記載する場合には監査手続等の記載は固有の情報になり、記載内容も業界特有の用語や専門的な用語等が使用されることが多くなることから分かりにくくなる傾向にあります。さらに監査手続自体に関する単語や言い回しについては、KAMの利用者として想定される一般的な投資家にとっては難しい文章であると感じさせることが多くなることも想定されます。これらの特性を理解した上で、KAMの利用者が監査人の監査品質を評価できるような監査手続の理解可能性の視点からKAMを作成することが、監査人として特に重要だと思われます。
今回の「KAMに相当する事項」を提出するに当たり、記載形式として、「KAMに相当する事項の内容」と「KAMに相当する事項とした理由」を左の枠に記載し、それに対応させる形として「監査人の対応」を右枠に記載しました。検討過程では、それぞれの記載について見出しを付けて連続した文章にすることも検討しました。また「監査人の対応」について箇条書きとしましたが、連続した文章で記載することも検討しました。このような記載方法については、記載内容やその文章の量などによって、利用者の利便性を考えて決定するということでもよいと思われます。
最後に、英文への翻訳についてもKAMを作成する際に同時に考慮しておくことを推奨します。現在、多くの上場企業が英文版のアニュアルレポートを作成しており、和文でKAMを作成した場合でも最終的には英文のKAMを作成する必要があります。和文のKAMを作成して開示した後に英文を作成した場合、英語表現の選択肢が狭まったりニュアンスが変わったりするリスクがあるため、英文版のKAMを作成する会社については、英文のKAMを和文のKAMと同時平行で作成することが有益と考えます。もちろん、最終的にはアニュアルレポートの表現に合わせる必要があるため、監査人は英文のKAMを会社に最終的に提出する前に手直しが必要なことはいうまでもありません。

Ⅶ おわりに

当法人と(株)三菱ケミカルホールディングスはこれまでも十分なコミュニケーションによる財務諸表リスクの共有や会計上の課題の共有をする一方で、しっかりとした緊張関係を維持することを標榜して来ましたが、今一度、財務諸表リスクや会計上の課題をKAMに相当する事項として書面に起こし、(株)三菱ケミカルホールディングスに提出してウェブサイト上で対外開示したことは、この緊張関係をある意味では具体化できたと考えています。また、他社に先駆けKAMに相当する事項を開示することを決定した(株)三菱ケミカルホールディングスはより良いコーポレートガバナンス体制の確立を標榜していることを具体化したものだと理解できます。さらに、当法人がわが国の監査基準を前提とした個社のKAMに関する開示の第1号となったことは、誇りに思っています。これからも、当法人は被監査会社と十分なコミュニケーションを実施していくとともに、しっかりとした緊張感を維持して監査業務を実施し、またコーポレートガバナンスを向上させようとする会社を強力に支援していきたいと考えています。被監査会社のビジネスの十分な理解を前提とした一歩踏み込んだ監査の実施と、経営者及び監査役等との頻度の高い本質的なコミュニケーションを実施して、当法人はプロアクティブに社会の会計監査に対する期待にしっかりと応えていきたいと考えています。

(注)本稿は「資料版/商事法務 No.426 2019年9月号」に掲載されたものを、一部加工して掲載しています。

※1 「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」93条に規定する国際会計基準に基づいて作成した連結財務諸表を米国証券取引委員会に登録している連結財務諸表規則1条の2に規定する指定国際会計基準特定会社又は米国預託証券の発行等に関して要請されている用語、様式及び作成方法により作成した連結財務諸表(米国式連結財務諸表)を米国証券取引委員会に登録している連結財務諸表提出会社の平成31年(2019年)12月31日以後に終了する連結会計年度等に係る連結財務請表等の監査証明については、新監査証明府令の規定を適用することができる。

※2 非上場企業のうち資本金5億円未満又は売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業は除く。

※3 監査基準の改訂について(平成30年7月5日 企業会計審議会)

※4 ※1参照。

※5 ※3参照。

※6 ※3参照。

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