刊行物
情報センサー2020年新年号 Digital Audit

未来を切り開くデジタル人材の育成とAssurance 4.0

Digital Audit推進部
公認会計士 加藤信彦
製造業や小売業の会計監査に従事した後、金融機関における会計監査、アドバイザリー業務に従事。2017年11月に監査統括本部 Digital Audit推進部 部長に就任し、グローバル企業の監査業務のほか、監査業務のDXに向けた戦略策定、監査先企業との共創、監査現場への推進、デジタル人材育成を所管。米ニューハンプシャー州公認会計士。

Digital Audit推進部
公認会計士 原 貴博
2005年、当法人入所。米国上場テクノロジー企業に対する監査、アドバイザリー業務に従事。13年から2年間サンノゼに駐在し、米国のスタートアップ企業の株式公開業務も経験。現在はグローバル企業の監査業務のほか、監査業務のDXに向けた戦略策定、デジタル人材育成を主に所管している。

Ⅰ デジタルがもたらした社会の変化と監査法人への期待

AI、IoT、クラウド、ブロックチェーン等の技術の進展に伴い、社会やビジネスの在り方も変革の時期を迎えています。これらテクノロジーは、新たなプロダクトの形として、エビデンスベース(具体的な事実・根拠に基づいた)の戦略立案として、働き方改革のソリューションとして、デジタルトランスフォーメーション(DX)を進める多くの企業が注目し、劇的な広がりを見せています。
当該環境の変化は、監査業界へも押し寄せています。これらのテクノロジーを最大限活用すると、私たちの監査は継続的監査(<図1>参照)にたどり着きます。継続的監査とは、監査先企業からのリアルタイム/日次の財務非財務データの自動取得と監査手続の自動化を行うとともに、AIを活用し、異常な取引やプロセスの自動検知や将来予測など見積数値の検証など判断業務にも活用することで、会計士はリスクの早期発見とプロアクティブなコミュニケーションに注力する未来の監査の姿です。

(下の図をクリックすると拡大します)

また、テクノロジーが発展しているがゆえに期待される業務として、サイバーリスクに対するセキュリティとコントロールが正しく整備運用されているか、AIのアルゴリズムが意図したとおりに動いているか、ブロックチェーン上に記録されている取引が信頼に値するかなどに対して保証を与えるデジタルトラストといわれる業務も今後拡大することが見込まれています。
当法人では継続的監査、デジタルトラストなど新たな保証の形を総称してAssurance 4.0と呼んでおり、その実現に向かっていくことを内外に明確に発信しています(<図2>参照)。Building the better working worldという理念に基づき、社会の変化に率先して対応し、今日よりも明日、明日よりも明後日と監査先企業の皆さまの環境も含め、日々より良いものとしていくことを使命としています。


図2 当法人が目指す未来の保証業務(Assurance 4.0)

新たな姿を創造するために、今までアドバイザリー、トランザクションサービス、タックス、IT監査、フォレンジックに点在していたエンジニアやデータサイエンティスト等の適切なスキルを持った者をAll EYとしてナレッジを集め、得意な分野を組み合わせ、スピード感と推進力を持って機動的に活用するための抜本的な対策を行っています。
一つの例としては、EYにはwavespaceというAI、ブロックチェーン、ドローン、プロセスマイニング、サイバーセキュリティといった最先端技術・情報に触れながら、EYとクライアントの皆さまがコラボレーションし、デジタル戦略を創り上げていくイノベーションセンターがあります。ここでは、例えば監査先企業のサイバーセキュリティリスクが課題の際には、ビジネスを理解する監査チームとITを把握するIT監査チーム、サイバーセキュリティを熟知するコンサルタントが集結し、監査先企業の皆さまと議論を重ねることで、自社の新たな課題に気付いたり、解決の糸口を見つけたり、新たなビジネスイノベーションを生み出しています。監査業務において提供可能な範囲にはなりますが、このように監査先企業の経営環境の変化に対して、One teamでベストなアドバイスを提供できる仕組みを構築しています。
しかし、仕組みを整えたとしても、実際にデジタルを活用してサービスを提供しているのは人です。ビジネスの仕組みに対する理解と変革をサポートできる知識と能力が融合して初めて、イノベーションが生まれます。だからこそ、現場で監査サービスを提供する会計士も変わらなければなりません。会計士がこの変革の時代を感じ取り、デジタルやその可能性を理解し、監査の姿そのものを見直すことで、データサイエンティスト、エンジニアやコンサルタントの知識・経験・技能との融合が起こります。それが、現在の監査業務のデジタル化を進化させる未来の監査の姿に向けたデザイン、データドリブンのエビデンスに基づいた分析、自動化や分析ツールの開発に加え、契約書などのビジネス文書のデジタル化、サイバーセキュリティ、AI、ブロックチェーンなどの監査対象のデジタル化に対するリスクの識別や評価に対するアドバイスへと発展していきます。そのためにも、各方面の専門家がそれぞれの得意分野を生かすだけでなく、監査法人と監査先企業双方のDX推進という幅広い課題に対応できる会計士を育成することが最重要課題であると当法人は考えています。

Ⅱ 監査法人としてデジタル人材の育成

当法人では、未来の監査に向けてリーダーシップを発揮するパートナーに対するプログラムと、新たな保証業務に関するプロトタイプをデザインする職員に対するプログラムの両方を準備し、トップダウンとボトムアップの両軸からデジタル人材を育成していくことで、法人全体のDXを加速させています。

1. リーダーシップを発揮するデジタルリテラシー向上プログラム

EYでは、デジタルリテラシー向上のために、データアナリティクスやイノベーションなど36の専門分野(サブドメイン)の一定時間の研修、関連する業務経験、EYに対する貢献が認められるとデジタルバッジが取得できる「EY Badges」(<図3>参照)というプログラムを用意しています。このプログラムを活用して、当法人は2019年7月より、監査業務に従事するパートナー全員がデジタルバッジを取得することを義務付けました。パートナーは、このプログラムを通じ、現在起こっている時代の変化を肌で感じ、監査先企業のDXがビジネスに与える重要なインパクトを把握するとともに、監査業務においてデジタルのメリット、潜在能力、リスクを学びます。当法人では19年3月末に30名程度だったデジタルバッジ所有者が19年11月には80名に拡大しており、パートナーのみならず全構成員の関心が高まりつつあります。


図3 EY Badgesの種類とドメイン(専門分野)一覧

また、パートナーには、日々のデジタルに関連する記事やビデオが集約される「Partner Jam」というアプリが配信され、新聞を読む感覚で通勤時間や空いた時間にデジタルの情報を効率的に取得し、日常的に情報をアップデートすることができます。
さらに、パートナーがデジタルに容易に取り組めるように、若手パートナーの中からDX推進担当パートナーを選出し、開発が完了したデジタルツールの先行活用や監査先企業のDXの課題の議論の積極的展開により、他人事ではなく自分事化していくマインドセットを身近なところから伝播(でんぱ)していく活動も行っています。
このような活動を通じて、DXを進める監査先企業の経営者の皆さまとの価値のある対話を行ったり、デジタルツールを積極的に活用する若手職員を全面的にサポートしたりして、監査業務のDXをリードする能力をより一層向上させるための取り組みを行っています。

2. 将来を担う若手のデジタル会計士育成プログラム

当法人では、新たな形を創造するデザイン思考を駆使し、監査業務を変革する「企画力」、大量のデータからデータサイエンスにより異常値や将来数値に影響するドライバーを発見する「分析力」、そしてアジャイル開発により具体的なソリューションを提供する「開発力」の三つの柱が今後のBuilding the better working worldを実現する上で必要不可欠なスキルだと位置付けており、これらを身に付けることのできるデジタル会計士育成プログラム「GradLab」(<図4>参照)があります。


図4 GradLabが重視する三つの柱


写真1 GradLabでのデザイン思考ワークショップ

デジタルが得意、学びたいとする入所1~4年目の若手スタッフに対しては、前述した「EY Badges」も活用しながら、理論を吸収する座学と学んだ理論をアウトプットするグループ活動が準備されています。まずは座学に関する三つの柱を紹介します。
「企画」コースでは、デザイン思考によるイノベーションの基本的な考え方を習得するとともに、ケーススタディー形式でアイデアを実現させるための一連のプロセスを習得します。会計士として、今後変革するであろう監査の姿を自ら創造すること、新たな保証業務をデザインし、そしてこれらを形にしていくために、必要不可欠な能力を磨きます。また、デザイン思考で学んだことを具体的に実践する一つの例として、本誌19年12月号「未来の監査に向けたデザイン思考の活用」で紹介した監査チーム内のチームビルディング、監査先企業との共創のためのイノベーションワークショップの企画運営を担当します。監査とデザイン思考のナレッジの両方を有した者がファシリテーターを務めることで、監査業務や監査対象のDXに向けたイノベーションを加速させます。
「分析」コースでは、SpotfireやPower BIなどBIツールを活用したセクターアナリティクス、Alteryx(コードを描かずとも表計算ソフトに指示をかけ加工が自動化できるツールで、監査業務に内在する多くのデータ加工プロセスを自動化することが実現可能)など自動化ツールを活用したデータ加工プロセスの自動化手法を習得します。これまでの監査実務ではエクセルなど表計算ソフトにより監査先企業から入手したデータを加工したり、異常な取引の分析も行ってきましたが、監査で入手するデータ量やデータの取得範囲が拡大しており、効率的にビックデータからリスクやインサイトを抽出する必要が生じているため、当法人では、グローバル共通のデータアナリティクスの活用に加え、このようなカスタムアナリティクスやカスタムオートメーションの導入も進めています。
「開発」コースではプログラミングやアジャイル開発を習得します。プログラミングを行う理由は、未来の監査業務のデザインや新たなデータを活用した分析を行う上で、デジタルによって実現できる範囲を正しく理解するという点にあります。この点を理解することで実現不可能なものをデザインしたり、データドリブンアナリシスを行う際に間違った計算手法をプログラムすることがないようにするためです。アジャイル開発の手法は、ソフトウェア開発に限らず、正解がない世界においてチームメンバーが協力しながらスピード感をもって改革を進めることができる能力が身に付きます。時代の変革の中では、小さなところから始め、修正していきながら、ゴールへと導くことが重要であり、当該能力を磨きます。
このほか、GradLabメンバー(GradLabber)全員が参加する講義として、当法人が開発した機械学習により異常仕訳を検知する監査ツールのロジック・機能の理解やツールにより識別された異常仕訳レポートの解読、そしてツールを使ってダミーの不正仕訳をゲーム形式で発見していくことを行います。大量のデータの中から異常を発見するデータドリブン監査の重要性は日々高まっています。統計学の観点から異常仕訳が識別されるロジックを理解することで、なぜ異常仕訳とされたかを理解できる能力は欠かせなくなっています。それを監査の現場で実際に適用されているツールを用いながら学ぶことで、学んだ力をすぐに発揮できるようになります。
座学終了後のグループ活動では、座学で吸収した知識をアウトプットします。デザイン思考により当法人での在りたい姿をデザインし、在りたい姿になるためのソリューションをデジタルも活用しながら思考し、仮説立案のためにデータを分析して、ソリューションのプロトタイプを作り上げます。そして、マネジメントに対してプレゼンテーションを行い、認められたものに対しては、実際にエンジニアやデータサイエンティストと一緒にプロダクトを作り上げ、当法人のDXに貢献することができます。アウトプットの場は法人内の活動にとどまらず、EYオーストラリアのGradLabberとの1週間集中の共同セッションにおいてもプロトタイプをつくるなどグローバルプロジェクトへの発展が可能であったり、定期採用リクルートのデジタルイベントを自ら企画・運営するなど外部へ訴求することが可能であったり、継続的なアウトプットの場を提供することにより、知識を定着化し、経験を積んでいきます。
これらのトレーニングを受けたGradLabberは、その後、監査業務のDX企画推進や開発の部門を兼務し、業務時間の2割~5割の時間が与えられ、日常の監査業務の中で識別した、デジタルによる価値を生み出すことができる可能性のある領域に対し、プロジェクトを立ち上げて複数人のグループを作り、プロタイプを作ってソリューションを生み出す活動を行います。これは、当法人だけで完結するのではなく、時にはテクノロジースタートアップ企業やNPOとプロジェクトを組んだり、大学との共同研究を実施することであらゆる可能性の中からベストな選択をしながら、オープンイノベーションを進めることができます。また、GradLabの講師がメンターとして入り、ワンポイントアドバイスや1on1ミーティングを行うことで、社内外プロジェクトの円滑な進捗(しんちょく)とGradLabberの今後のキャリアプラン策定を支援します。GradLabberにとっては、デジタル会計士として将来必要なスキルを磨く場となり、当法人にとっては現場に近い目線でのイノベーションにつながる場として、好循環を生み出します。
このように当法人では、世の中の仕組みの「なぜ」を常に追究し、存在するテクノロジーを活用して「なに」をするか明確にするとともに、「どのように」課題を解決するか、明確に提示できる人材とタッグを組みながら、新たな付加価値を生み出せる若手デジタル人材の育成に力を入れています。そして、リーダーであるパートナーはデジタルを十分に理解し、強いリーダーシップのもと若手の活動をサポートすると同時に、監査先企業の皆さまに対しても熱い思いをもって付加価値のあるディスカッションを行うことを当たり前とする、これが当法人の目指すデジタル人材の育成です。

Ⅲ 当法人の目指す未来の監査「Assurance4.0」の世界における「ヒト」の役割と保証業務の変化

ビジネスの世界でテクノロジーを活用していくのは「ヒト」のアイデアです。リアルタイムにデータを取得し、リアルタイムに監査をしていく「継続的監査」の世界ではヒトの役割はどのように変わるのでしょうか。新たなデジタル技術を最大限活用しながら、ビジネスを深く理解した会計監査の専門家として財務非財務データを分析し、リスクを識別・判断するとともに、監査先企業の皆さまと付加価値のあるコミュニケーションを実践する、それが当法人の目指す未来の監査の世界におけるヒトの役割(<図5>参照)です。


図5 当法人が目指す未来の監査におけるヒトの役割(Smart Audit)

また、あらゆる分野において導入が進みつつあるAIやブロックチェーン、ロボティクスが正確に機能しているか、誤作動を起こしていないかといった社会の変化によって生じる新たな不安をデジタルトラストにより安心に変えていくために、誤作動を起こした際のアラートを即座に解読し、クライアントの皆さまとともに修正をかけていくこともヒトの役割になってきます。
継続的監査やデジタルトラストといった新しい保証の形「Assurance 4.0」を通じて、社会の安心へと発展する、そのような監査法人に向けて真剣に取り組んでいます。

<参考文献>
原誠(2019)「会計監査におけるプロセスマイニングの活用」本誌19年2月号
市原直通(2019)「AIを活用したContinuous Auditing(継続的監査)で不正会計は見抜けるか」本誌19年3月号
加藤信彦(2019)「デジタル技術は会計監査をどのように変革させるのか-未来の監査に向けた課題への対応」本誌19年4月号
首藤昭信(2019)「テキスト分析と会計学研究」本誌19年5月号
山岡正房(2019)「財務情報の集約化と標準化は企業経営に何をもたらすか」本誌19年6月号
横山公一(2019)「ビジネス文書のデジタル化と内部統制」本誌19年7月号
安達知可良(2019)「ブロックチェーン技術が実装されつつある社会」本誌19年10月号
堀江泰介・井上越子(2019)「未来の監査に向けたデザイン思考の活用」本誌19年12月号
EY新日本有限責任監査法人「監査品質に関する報告書 2019」19年11月


  • 監査手続の前工程として発生するさまざまなExcel等の加工作業について、AlteryxにExcelを読み込んだ上でアイコンをドラッグ&ドロップして線でつなげていくことで、一連の加工処理を自動化するワークフローを作成できる。一度作成したワークフローは、実行ボタンを押すだけで、何度でも加工処理を瞬時に完了させることができる。ユーザー(監査スタッフ)側で容易に操作することができ、作業負荷を軽減することができるのが特徴。

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