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情報センサー2020年3月号 業種別シリーズ

業種でみる海外KAM先行事例~建設業

建設セクター 公認会計士 中川政人
建設セクターナレッジリーダーとして、主に当法人の建設企業の監査担当者へのサポートやナレッジ発信を担当している。日本公認会計士協会 建設研究部会 副部会長、一般財団法人建設産業経理研究機構 建設業における会計制度・会計基準に関する研究会委員。

Ⅰ はじめに

改訂監査基準に基づいて、2020年3月決算の監査から「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)の早期適用が始まります。KAMの導入準備段階では、KAMの記載内容に関する候補選定が行われ、監査人と経営者および監査役等との協議が行われることとなります。この際には、海外における業界の先行事例が参考となります。
本稿では、欧州建設企業における近年のKAMの記載事例の中から、業界に特徴的な内容を解説します。

Ⅱ 欧州企業の先行事例

欧州の建設企業の監査報告書に記載されている主なKAMをテーマ別にまとめると以下になります。

  1. 1.工事契約における収益認識
  2. 2.繰延税金資産の評価
  3. 3.投資評価(プロジェクト、関係会社への投資を含む)
  4. 4.企業買収
  5. 5.訴訟やクレーム

KAMは、①特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、または重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された領域②見積りの不確実性が高いと識別された会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断を伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断③当年度において発生した重要な事象又は取引が監査に与える影響等を考慮した監査上特に注意を払った事項の中から、職業的専門家の判断によって決定されます。
欧州の事例においても、2. 繰延税金資産の評価や3.投資評価など見積りの不確実性の高い項目(②)、4.企業買収や5. 訴訟やクレームなど監査において影響の大きな事象(③)についての記載がみられます。
これらの項目は特段、建設企業に特有な記載ではありませんが、「1. 工事契約における収益認識」は、業界として特徴的なものといえるでしょう。この項目は、欧州においてはIFRS15号、わが国においては「工事契約に関する会計基準(企業会計基準第15号)」あるいは、22年3月期(3月決算)から原則適用される「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)におけるいわゆる工事進行基準に関する会計領域になります。
ここでは、特に業界として特徴的な「1. 工事契約における収益認識」について、どのような記載がみられるかを紹介します。なお、理解を容易にするために用語や表現はできるだけ日本の会計基準に合わせるように努めています。

1. 選定理由

選定理由の記載内容には、①工事契約による売上高の相対的規模②収益認識の計算方法③その過程に含まれる見積りの不確実性、の三つの要素が確認できます。

① 工事契約による売上高の相対的規模

この記載としては、工事契約によって計上された売上金額を記載する方法、売上に占める当該割合を記載する方法、あるいは金額等は特に明示せず「収益の重要な部分は工事契約による売上」と記載する方法がみられます。いずれの記載にしても、対象領域を示すことにより、財務諸表の利用者に監査の重点対象を明確に伝えることになります。

② 収益認識の計算方法

ここでは、IFRS15号を適用している旨、収益は履行義務が充足される一定の期間にわたり認識している旨、履行義務の充足に係る進捗(しんちょく)度の計算方法、計算において考慮している事項といった項目についての記載がみられます。

【収益認識の計算方法に関する記載例】
  • IFRS15号「顧客との契約から生じる収益」を適用している
  • 認識された売上高は、履行義務の充足に係る進捗度によっている
  • 売上高は、取引価格の最新の見積額に、工事の実際の進捗状況を考慮して計算された工事進捗度を乗じて計算している
  • 取引価格は、確定した、あるいは経営者が非常に確度が高いとみなすクレームを考慮している

③ 計算過程に含まれる見積りの不確実性

収益認識の計算には、工事収益総額として変動対価を含む取引価格、工事進捗度の算定、工事原価総額に含まれる将来発生原価など見積りの不確実性が高い要素が含まれています。
ここでは、収益認識の計算過程には見積り要素が多く含まれており、そのため財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性があることからKAMとして選定した、とした記載がみられます。

【計算過程・見積りの不確実性に関する記載例】
  • 工事総原価の見積りや工事進捗度の測定に関して内部統制やITシステムの構築が必要であること
  • 契約条件、取引価格の変動、将来発生原価の推定など見積りに大きな影響を及ぼす要素が含まれていること
  • 前回の見積額との比較分析を行うなど見積りの精度を向上させるための業務プロセスが必要であること
  • 見積り担当者と承認者など見積りに係る判断が重要であること

なお、工事契約から損失が見込まれる場合、必要な金額を工事損失引当金として計上していることに言及している企業もありました。

2. 監査人の対応手続

監査人の対応手続として、収益認識に関するプロセスの有効性の評価と実際の見積額の妥当性の検証についての記載がみられます。

【監査人の対応手続の記載例】
  • 内部統制やITシステムの理解と評価
  • 取引価格の契約書との照合
  • 利益率の推移分析
  • 見積りの仮定と見積額の評価
  • 遅延や予算超過等の考慮すべき事項の見積りの妥当性
  • 現場視察の実施
  • 過去の工事の見積原価と実際発生原価の比較による経営者の見積りの正確性の検証

3. KAM記載件数および個別の工事名の記載

KAM候補を検討する際に、KAMの記載件数や個別具体的な工事名称について言及しているかどうかは、気になるところです。
欧州の建設企業のKAMの記載件数は企業の状況により異なります。工事契約にかかる収益認識を選定している企業は多くみられるところですが、企業結合、のれんや関係会社株式の評価、繰延税金資産の評価など、個別に記載すべき重要な検討事項があった企業については、それに応じた複数のKAMを記載しています。
なお、特に重要であると判断した事項として、個別具体的なプロジェクト名を記載している企業もありました。これは財務諸表においても注記されているプロジェクト案件であり、特に監査上においても重要な検討を要した工事であったと考えられます。

Ⅲ おわりに

海外の先行事例では、建設企業として収益認識基準について特徴的な記載が見られました。日本の建設企業においても、工事進行基準による収益の認識は、見積りの要素が高く財務諸表に与える影響も大きいことから、監査人として主要な検討事項の候補の一つになり得る項目と考えられます。
先行事例の中には、業種を問わず広く記載されている項目も含まれています。事例は事例として参考にしながらも、他社の件数や記載内容にとらわれることなく、各企業の監査業務において相対的に重要と考えられるものを分かりやすく記載する必要があります。そのためにも監査人と経営者および監査役等による協議を早期に開始することが有用です。


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