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業種でみる海外KAM先行事例~不動産業

2020年3月31日 PDF
カテゴリー 業種別シリーズ

情報センサー2020年4月号 業種別シリーズ

不動産セクター 公認会計士 成行浩史

2007年、当法人入所。主にグローバルに展開する不動産業、製造業、商社等の監査業務に従事。また、IFRS導入支援業務、内部統制助言業務の他、国内およびSECへのIPO業務に従事。不動産セクターでは研修講師や執筆活動などナレッジ発信を担当している。主な著書(共著)に『不動産取引の会計・税務 Q&A』(中央経済社)がある。当法人 シニアマネージャー。

Ⅰ  はじめに

改訂監査基準に基づいて、2020年3月決算の監査から「監査上の主要な検討事項」(KAM:Key Audit Matters)の早期適用が始まります。
KAMの導入準備段階では、KAMの記載内容に関する候補選定が行われ、監査人と経営者および監査役等との協議が行われることになります。この際には、海外における業界の先行事例が有用な情報となります。
本稿では、日本よりも先にKAMが導入された欧州、アジアなどの海外の不動産企業のKAM記載事例の分析結果から、業界に特徴的な記載内容を解説します。

Ⅱ  海外の不動産業界の先行事例

KAMは個々の監査業務における相対的な重要性によって決定されるため、同じ業種に属する企業で統一的な記載を求められているものではありません。しかし、不動産業界では、市場環境、規制、商慣習などにまつわる共通のリスク要因が存在するため、KAM記載事項についても業界特有の傾向が見いだされます。
不動産業界に特徴的な項目として、「1. 保有不動産の評価」および「2. 収益認識」の2点を挙げ、それぞれについて説明します。

1. 保有不動産の評価

まず、不動産業界全体の傾向として、多くの企業で見積りの不確実性が高く、経営者の重要な判断を伴う項目がKAMとして記載されています。特に保有不動産の評価項目に関して、記載するケースが多くみられました。
具体的には次の会計項目が挙げられます。

<KAMに記載される保有不動産の評価項目>

  • 公正価値モデルによる投資不動産の時価評価
  • 棚卸資産(販売用不動産)の簿価の切下げ
  • 有形固定資産(開発事業に関する不動産・賃貸用不動産など)の減損
  • ジョイントベンチャー・関連会社等投資の減損

不動産業では、一般的に財務諸表全体に占める保有不動産が多額になる傾向がありますが、この不動産の評価の見積りには経営者による判断が多く含まれます。これは、将来の販売見込額や、想定賃料、空室率、プロジェクト完了までの建築工事等のコストや期間、販売経費など、プロジェクトごとの個別性が高く、かつ見積期間が長期にわたるためです。そのため、不動産の評価をKAMに選定している事例が多いものと考えられます。
とりわけ、投資不動産の時価評価をKAMとしている事例が多く見受けられました。これはIFRS適用会社であって投資不動産に公正価値モデルを使用する場合、評価額の変動が毎期損益に含まれるためと考えられます。一方で、日本基準で作成される連結財務諸表では、投資不動産の時価評価額の変動は損益に計上されないものの、保有不動産の簿価の切下げまたは減損が、不動産評価における監査上の論点になるものと考えられます。

2. 収益認識

不動産業における収益認識の項目としては、オフィスビル・住宅・物流施設等の物件売却収益(1棟売りなど不動産の一括売却)、住宅分譲収益、不動産賃貸収益、不動産管理収益、不動産仲介収益等があります。今回調査した先行事例の中では、収益認識のうち、物件売却収益を挙げている事例が幾つかの企業で見受けられました。
収益認識の項目のうち物件売却がKAMに選定されやすい会計分野である理由としては、例えば次のような点が推察されます。
物件売却は分譲用住宅の販売等とは異なり、相対取引の中で契約条件が個々の取引ごとに設定され、個別事情に応じた複雑な条件が付与される可能性があります。また、売却先が関連当事者や継続的な取引関係がある相手の場合、引渡条件や引渡日、買戻条件等を恣意(しい)的に操作する可能性もあります。そして、一般的に取引1件あたりの金額が多額になります。これらの点から、実現していない売却益の計上が行われるリスクを十分に検討する必要があると判断され、KAMとして記載されやすいものと考えられます。

3. 具体的な先行事例

不動産業界特有の項目である、不動産の評価をKAMとした一例について、要約を紹介します。なお、原文の翻訳および要約は筆者が行いました。

<英国の不動産会社>

KAMの内容

棚卸資産の評価(簿価の切下げ)

選定理由

2018年12月31日時点の棚卸資産の残高には、881.7百万ポンドの仕掛販売用不動産と2,077.2百万ポンドの土地が含まれている。
経営者は隔月で物件ごとの期待収益の評価を行い、棚卸資産の評価損の計上要否を検討している。
当該評価額は不動産市況およびさまざまな仮定のもとに算定され、その仮定には経営者による主観的な判断が多く含まれることから、棚卸資産の評価を監査上の主要な検討事項(KAM)と判断した。

監査人の対応手続

  • 棚卸資産評価プロセスを理解し、対応する統制に係るウォークスルーを実施
  • クライアントの会議に同席して、期待収益やプロジェクト完了までの費用等の評価額に関する仮定に対して深度ある検討を行っていることの観察を含む、統制の運用状況のテストを実施
  • 年間を通じて実施される棚卸資産の評価を検討する会議の中から、サンプルで議事録等を査閲し、適切なメンバーがこの会議に出席し、仮定について競合物件の状況や予実分析に基づき深度ある検討を行っていることを確認
  • 金額的重要性やリスクに基づき、選定した物件について以下の手続を実施
    • 収益や費用について前年度の見積りと実績の比較や見積りの変更を確認し、経営者の見積りに関する能力を評価
    • 仮定の合理性や実現可能性を批判的に検討
    • 利益率が低い物件について、評価額の前年度との比較分析、評価額の再計算、感応度分析を実施
  • 財務諸表の開示の妥当性を検討

Ⅲ おわりに

KAMに関する海外の先行事例としては、不動産の評価や物件売却における収益認識など、業界の特性とリスクを考慮した記載がみられました。また一部の企業では、繰延税金資産の回収可能性やのれんの減損など、業種を問わず広くKAMとして選定されている項目がみられました。
日本においても、今後投資家にとってより有用な情報をKAMとして開示していくことが求められます。そのためには、不動産業を取り巻くビジネス環境の変化や、個別の企業が抱えているビジネスリスクを踏まえ、会社と監査人との間でより深度あるコミュニケーションを実施することが重要です。

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