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情報センサー2020年7月号 EY Advisory

保険会社における顧客分析のアプローチ

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株) 多田健太郎
2013年にEYに参画し、金融機関担当チームに所属。ディレクター。一貫して保険会社のプロジェクトに従事。経験したプロジェクトは、事業戦略策定、情報システム戦略/デジタル戦略策定、BPR/BPO、BCP、PMI(経営統合)等多数。現在はクライアント保険会社のアカウントリードを担当する傍ら、Customer & Growth領域のチームビルディング等の社内イニシアティブを担当。

Ⅰ はじめに-保険業界における顧客体験の重要性の高まり

保険業界は今、さまざまな点で変革を求められています。その一つが顧客体験の向上です。元来、保険会社は規制対応や業務効率向上を重視してきたため、顧客中心のサービス・商品の設計を劣後させてきました。一方で、直近の数年を振り返ると、業務効率化は一服し、次なる成長の一手を模索している姿がみられます。また、異業種からの保険業界への参入も相次ぎ、危機感を募らせています。こうした変化も後押しとなり、保険会社もようやく顧客体験向上に重い腰を上げて取り組んでいます。

Ⅱ 顧客分析のアプローチ

顧客体験の向上には、顧客理解が重要なポイントとなります。そもそも、顧客理解とは何でしょうか。さまざまな解釈が存在しますが、筆者は「顧客個人あるいは顧客群が何に満足し、何を不満とするか動的に把握し、打つべき対策を理解すること」と整理しています。一般的に、顧客理解の方法論として、定量分析と定性分析の二つが存在します。前者はアンケート調査に代表される統計的な分析で、全体を俯瞰(ふかん)して網羅的に顧客を理解することに適しています。後者はインタビュー等を通して一部の顧客の考えや行動を深く観察することに適しています。どちらも一長一短があり、相互補完的に用いることが肝要です。
EYの顧客分析もやはり定量、定性両面からアプローチします(<図1><図2>参照)。定量分析は整理した分析軸に基づいてデータ収集し、分析モデルを開発してモデルを分析対象に適用します。ポイントは、仮説を持ってデータを分析すること、一方で仮説に固執せずトライ&エラーを繰り返し、より確からしい結果を導くことです。定性分析は代表的な顧客をペルソナとして設定し、思考や行動をカスタマージャーニーマップに落とし込み、ペインポイント(顧客の不満、悩み)の仮説を特定します。その上で、対象者にグループインタビュー(対象者数人のグループと面談形式で行う調査)もしくはデプスインタビュー(同じく1対1の面談形式で行う調査)を行い、検証します。ポイントは、主語を保険会社でなく顧客とし、「私」は何を見て、聞いて、感じ、考え、行動するのかを整理することです。

(下の図をクリックすると拡大します)

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【事例】
ある保険会社では弊社のデータ分析チーム(DnA)が参画し、既契約者や営業挙績等の社内データおよび調査会社等の公開データを用いて、顧客属性・地域・商品・募集人等の切り口で各顧客群(セグメント)のポテンシャル(同社にとっての成長余地)を分析するプロジェクトを推進中。①成長余地の評価軸整理→②仮説シナリオの立案→③データの収集、評価→④集計、示唆出しのアプローチで、同社の成長余地を見極め、各種施策を立案し、トップラインの伸長を狙う。

Ⅲ 顧客分析における保険会社にとっての壁

顧客分析を進める上で、保険会社にとっての代表的な課題を紹介します。

1. 顧客接点の少なさ

銀行等と比較して、保険会社はビジネス特性上、顧客との接点が少なく、契約後にほとんどやり取りがないことも珍しくありません。EYがグローバルで実施した調査によると、過去18カ月に一度も保険会社と接点のない顧客は全体の44%、日本を含む成熟市場では56%にも上るというデータが出ています(<図3>参照)。そのため、変化する保障へのニーズをタイムリーに捕捉できず、知らぬ間に顧客の不満足を招く事態が発生しています。同じくEYの調査によると、ある保険会社の支持者と表明した既契約者のうち、38%が後に解約、他社へ乗り換えを行っていると示しています。

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2. 名寄せ

多くの保険会社が顧客を証券番号で管理しているため、複数契約を持つ顧客を同一人物として特定できないことを指します。これは保険会社の長年の課題であり、改めて指摘するまでもないことですが、昨今の顧客体験の重要性の高まりに鑑み、これまで以上にクリティカルな問題といえます。

3. 人材

顧客分析には経験を積んだマーケティング担当者やデータアナリストが必要となります。一方で、このような人材は業界問わず需要があり、待遇面や仕事内容からなかなか保険会社を自らの職場として選択しないことが実態です。

紙幅の関係で、これらを詳細に議論することはできませんが、顧客接点に関しては、健康状態や運転挙動に応じた保険料の割引(いわゆるダイナミックプライシング)等、顧客にとって保険会社との接触がメリットとなる仕掛けを組み込むことが重要です。名寄せに関しては、本質的には顧客管理の統合基盤等の検討がなされるべきですが、マーケティング目的であれば、保険金支払のように厳密な名寄せは不要と捉える例もあります。人材面は短期的には弊社のような外部の力を活用しつつ、中長期的には待遇見直しや育成等に取り組む必要があります。

Ⅳ おわりに

COVID-19の影響で、保険各社は今、その在り方を問われています。しかし、いかに事業環境が変わろうと、顧客を理解することでより良い顧客体験を提供し、選ばれ続けることが重要であることはいうまでもありません。ようやく保険業界で始まったこの議論が一過性のものでなく、顧客への価値につながることを願うと共に、筆者も微力ながら支援していきたいと考えます。


情報センサー 2020年7月号