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オーストラリア版現代奴隷法(2018年)
(Modern Slavery Act 2018)について

EYシドニー事務所 豪州勅許会計士 篠崎純也
2002年EYシドニー事務所入所。日系企業や現地の企業の豊富な監査・税務経験を経て、現在ニューサウスウェールズ州ジャパン・ビジネス・サービス代表として日系企業へのサービスを全般的にサポートしている。EYシドニー事務所 ディレクター。

Ⅰ はじめに

2015年に「UK Modern Slavery Act(現代奴隷法)2015」を採択した英国に引き続き、オーストラリアで現代奴隷法(2018年)という法律が昨年の1月から施行されることになりました。何とも物々しい名称の法律ですが、社会問題の一つである強制労働や人身取引といった課題に対する取り組みの一つです。英国やオーストラリア以外の国でも同じような動きがみられますが、これは国連が2011年に「ビジネスと人権」に関する指導原則を採択したことが背景にあります。以下、その概要と日系企業に与える影響について解説します。

Ⅱ 現代奴隷法(2018年)の狙いは?

1970年代から1990年代にかけてのアパレル企業における強制労働の事例をきっかけとして、企業は、労働者の権利に関する重大な問題が明らかになった場合に、ブランドの価値と評判、さらには安定的な供給に対して大きなリスクがあると認識するようになりました。しかし、海外の広範なサプライチェーン、およびオーストラリア国内における労働者雇用やその他のサプライチェーン(例えば農業など)における多数の労働者権利の問題について、企業が気付いたのはつい最近のことです。消費者、メディア、非政府組織(NGO)は、1990年代のアパレル企業に対して、工場を直接所有していないならば影響力や責任もないと言いたげな経営者の態度に対して激怒していました。
現代労働法が施行された今日、企業は従前とは異なったアプローチをしています。企業は、サプライチェーンに対する影響力を持っていると認識し、サプライヤーとの関係について責任のある経営を実現する手段として見始めています。ビジネスコミュニティーや幅広いステークホルダーは、こうしたサプライヤーとの新しい関係について、好ましい変化を起こし現代の奴隷制度を終わらせる極めて重大な機会と捉えています。
また、サプライヤーとの関係および、奴隷制度への対処に必要な措置は、ビジネス運営、安定的供給、およびサプライチェーンの効率性を改善する上で役立ちます。
そして投資家は、投資ポートフォリオにおいて人権への対応とサプライチェーンのリスクを考慮しています。評判上のリスクに関する懸念だけが理由ではなく、環境・社会・ガバナンス(Environmental/Social/Governance:ESG)のリスクに対する企業のコミットメントと成熟度は、強力なガバナンス、企業倫理、回復力および長期的な価値創造の可能性の指標であると理解しているからです。
EYの2018年「Investors Survey」によると、人権への対応とサプライチェーンのリスクは、2017年から2018年の間に投資家の注目が特に大きく増加した二つの領域です。2018年には、投資家の52%がサプライチェーンのESGリスク、49%が人権への対応をそれぞれ投資判断する上で重視すると報告しています。
企業が現代の奴隷制度の問題に対処しより強力なビジネスを築くために、上記のようにサプライチェーンを見直すという事例もみられますが、市場トップの少数企業に限られており、現時点では圧倒的に事後的に対応する企業が多い状況です。

Ⅲ 現代奴隷法(2018年)とは?

現代の奴隷制度とは、立場の弱い労働者から何らかの形で搾取することを意味します。これは世界中で約4,000万人がそのような環境下におかれているといわれています。典型的な例には、発展していない地域からの出稼ぎ労働者に対して採用の見返りに母国への資金送金を制限したり、基本的な自由が認められないといった労働環境が挙げられます。
今回の現代奴隷法(2018年)では、ニューサウスウェールズ州(以下、NSW州)および連邦レベルの両方で、企業のオペレーションとサプライチェーンにおいて、現代奴隷制度のリスクに積極的に対処することを順守させるために、その取り組みについての外部報告が義務付けられます。

Ⅳ 求められる報告内容

連邦法とNSW州法は、企業がサプライチェーンとオペレーションにおいて、現代奴隷制度のリスク評価方法と軽減措置について報告することを義務付けています。具体的には、次のような報告要件を定めています。

  1. 企業の構造、そのオペレーションおよびサプライチェーン
  2. 企業のオペレーションとサプライチェーンに存在する現代奴隷制度のリスク
  3. リスクの評価と対処のために講じている措置(デューデリジェンスと軽減措置を含む)
  4. 企業における当該措置の有効性評価方法
  5. 企業が所有または支配する企業との協議プロセス

この報告は政府管轄のオンラインデータベースに集約され、一般公開されます。報告義務を順守しない企業にはNSW州法に基づきペナルティーが科せられることになります。

Ⅴ 対応策

企業は調達プロセスをレビューすると共に、リスク管理のアプローチを策定するために組織横断的な共同プロジェクトを立ち上げる必要があります。
また、取締役(または相当する役職)は報告を承認する必要があるため、取締役会が正しい情報を入手し、企業の対応と報告内容の正確性について十分に把握しておくことが極めて重要です。

Ⅵ 対応時期

連邦法は2019年1月1日に施行され、それに基づく最初の報告は、翌日の1月2日以降に開始する会計年度から適用され、期末日後6カ月以内が期限です。

  • 会計年度末が6月の企業は、2019年7月1日から2020年6月30日の期間に関しての報告を行い、その期限は2020年12月31日です。
  • 会計年度末が12月の企業は、2020年1月1日から12月31日の期間に関しての報告を行い、その期限は2021年6月30日です。

報告は毎年実施することが義務付けられており、取締役による承認、署名が必要となります。
報告を怠った企業、または誤った情報や誤解を招く情報を報告した企業は、NSW州法に基づき最高110万豪ドルの罰金の対象になる場合があります。

Ⅶ 今後のアクションは?

今こそがサプライチェーン内のリスクと機会を見直す時期です。現代奴隷法(2018年)では、これらのリスクをより適切に管理するためのビジネスプロセスをどう適用するかについて今すぐ考察し始めるよう促す一方で、これらのプロセスが低炭素化への取り組みや、調達を通じた社会貢献といった他のリスクおよび機会に同時に対応できる方法について検討することも促しています。
優先度の高い領域を特定するには、組織横断的な共同プロジェクトチームが必要になると考えられます。なぜならこれらの取り組みは、ビジネス戦略において、機会の最大化およびビジネスリスクの最小化を図ることと密接に関連してくるからです。

(注)本記事は「日豪プレス」掲載記事の転載となります。
nichigopress.jp/account/taxacc/180219/


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