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情報センサー2020年11月号 会計情報レポート

KAM早期適用事例の分析

品質管理本部 公認会計士 山中彰子
2000年に監査法人太田昭和センチュリー(現 EY新日本有限責任監査法人)に入所。入所以来、日本基準及び国際会計基準に基づく企業の監査業務のほか、品質管理本部においては監査メソドロジー及び監査ツールの導入業務に従事。現在、「監査上の主要な検討事項」(Key Audit Matter)の適用に向けた法人内の推進を担当。また、日本公認会計士協会 監査基準員会副委員長として種々の監査基準委員会報告書の策定にも携わる。

Ⅰ はじめに

2021年3月決算に係る財務諸表の監査報告書から「監査上の主要な検討事項」(以下、KAM:Key Audit Matters)が記載されることになります。対象は金融商品取引法に基づく監査報告書(非上場企業のうち資本金5億円未満又は売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業を対象とする監査報告書は除く)です。この本適用前の2020年3月決算でKAMを早期適用した会社は8月31日現在47社となっています。本稿では、早期適用の事例について分析し、その傾向と特徴をみていきます。

Ⅱ 早期適用事例の概要

1. 早期適用会社の状況

(1) 業種別

47社を業種別に分類すると、銀行業が6社、不動産業が4社、電気機器業4社、証券・商品先物取引業4社で、それ以外の業種については1社から3社となっており、業種ごとの傾向を分析するにはまだサンプル数が少ない状況です。なお、売上高1兆円以上の会社が24社、5千億円以上1兆円未満の会社が13社となっており、大手企業が大半を占めています。

(2) 会計基準別

47社を会計基準別に分類すると、日本基準に準拠する会社が24社、IFRSに準拠する会社が19社、米国(SEC)基準に準拠する会社が4社となっています。

2. KAMと選定された領域の状況

KAMを連結財務諸表に対する監査報告書と個別財務諸表に対する監査報告書とに分けて集計したものが<図1>になります。一つのKAM見出しの中に複数の内容のKAMが記載されている事例については、KAMの内容単位で集計しています。単純平均すると、連結財務諸表に対する監査報告書のKAMは2.19個で、個別財務諸表に対する監査報告書のKAMは1.27個(個別財務諸表に対する監査報告書においてKAMがないとした10社は分母から除外して平均)となっています。

(下の図をクリックすると拡大します)

3. 監査法人別の概況

監査法人別に会社数を集計すると以下の<表1>のとおりになります。


表1 監査法人別早期適用会社集計表

Ⅲ 早期適用事例の領域別分析

領域別にKAMをみると、固定資産の評価、のれんの評価、引当金、繰延税金資産の評価、関係会社株式の評価等、見積項目がおよそ7割を占めています。見積項目は不確実性と経営者の判断を伴うことから、監査上、重要な検討事項を伴う場合が多いためと考えます。また、収益認識やITシステムの評価については、事業の特徴や会社の置かれた状況と関連付けてKAMとして選定されている事例が多くみられました。
なお、個別財務諸表について10社がKAMがないと記載していますが、いずれも持株会社でした。KAMは、その期の監査における相対的重要性によって決定されるもので、上場会社の監査においてKAMがないと判断することはまれな状況であり、少なくとも一つは存在していると考えられています(監査基準委員会報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」.A59項)。よって、これらの会社については、実質的な事業活動が極めて限定されている状況で、関係会社に対する投融資の評価や移転価格を含む税務に関する論点や繰延税金資産に関する論点等で重要な検討事項がなかったことを慎重に検討された結果、KAMがないと判断されたものと思われます。
ここからは、幾つかの特定の領域について傾向と特徴について解説していきます。

1. 固定資産の評価

早期適用会社の半数近くで、固定資産の評価がKAMとして選定されています。固定資産の減損損失に係る検討は、業種を問わず、どの会社においても論点となる可能性がある事象で、金額的影響も重要となる場合が少なくないことが要因と考えられます。

(1) 注記事項への参照

KAMは、関連する財務諸表における注記事項がある場合は、当該注記事項への参照が求められています(監査基準委員会報告書701第12項)が、日本基準の場合、減損損失が計上された場合のみ注記されるため、減損の兆候はあるが減損損失を計上していない資産グループをKAMとした場合に参照先がなく、個々の会社の監査に固有の情報を記載する上での苦労が伺えました。中には監査対象外のため参照を付すことはできないものの、記述情報の記載を拡充している事例もありました。
財務諸表利用者にとって、KAMの対象がどの事業又は分野でどれくらいの金額規模感の内容なのかは知りたいところと思いますが、日本基準の現行開示の下では、会社の特定の状況に直接関連付けて記載ができていないケースもありました。なお、21年3月期からは企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が適用となるため、早期適用時よりも更に企業の開示が進み、財務諸表利用者にとってよりKAMが理解しやすいものになることが期待できると思われます。

(2) KAMに決定した理由

全ての事例で不確実性又は経営者の主観性をKAMに決定した理由に挙げており、不確実性が高い又は経営者の判断を伴う重要な仮定を記載することで、会社の特定の状況に直接関連付ける工夫がされていました。具体的には、使用価値の見積りの基礎となる事業計画を構成する重要な仮定(例えば今後5年間の販売数量や単価の変動、コスト等)を識別し、事業計画を超える期間については成長率等の重要な仮定、及び割引率といった仮定を識別し、会社固有の内容として記述されていました。

(3) 監査上の対応

監査手続の詳細さは事例によってばらつきがあるという印象ですが、具体的に記載している事例が多く、各重要な仮定にどの手続が対応しているのかがおおむね分かる内容となっています。主な手続としては、関係者への質問、社内資料の閲覧、外部情報との照合、監査人自ら設定した推定値との比較、感応度分析等があり、割引率を含む使用価値の算定においては専門家を関与させた旨を記載している事例が半数ありました。

2. のれんの評価

IFRSではのれんの償却はせず、毎期減損テストを実施することから、IFRSに準拠する会社のほうが日本基準に準拠する会社よりものれんの評価がKAMとなるケースが多いと思われましたが、日本基準に準拠する会社で7件、IFRSに準拠する会社で9件でした。早期適用の事例においては、日本基準に準拠する会社のKAMには減損の兆候がない場合にものれんについての記載が多くあったためと分析しています。

(1) 注記事項への参照

IFRSに準拠する会社の事例では、のれんに関する連結財務諸表注記を参照しているのに対し、日本基準に準拠する会社の事例では注記事項への参照はほとんど行われておらず、会計基準の開示の要求事項の差がそのままKAMに反映されていました。

(2) KAMに決定した理由及び監査上の対応

固定資産の評価のKAMの記載と大きな相違はみられませんでしたが、対応手続としての専門家の関与については、固定資産の評価の監査上の対応では5割程度であったのに対し、のれんの評価の監査上の対応では8割近くの事例で記載がありました。
新型コロナウイルス感染症に言及する事例は、固定資産の評価のKAMでものれんの評価のKAMでも半数以下で、内容も具体的な記載ではなく、見積りにおいて考慮したといった一般的な記載にとどまっています。

3. 貸倒引当金の評価

貸倒引当金の評価を連結財務諸表に対する監査報告書でKAMとした事例は10件で、そのうち8件は金融事業であり、2件は自動車メーカーの小売債権でした。金融事業がほとんどということで債権全体に対する貸倒引当金の評価をKAMの対象としている事例が多い中、特定の相手先に対する貸倒引当金の評価をKAMの対象としている事例もありました。
特徴的であったのが、監査上の対応における専門家の関与で、専門家を関与させた業務内容が、信用リスク評価、事業価値評価、ITの評価、不動産価値評価と多岐にわたっていることが挙げられます。

4. 収益認識

収益認識を連結財務諸表に対する監査報告書でKAMとした事例は9件でした。いずれの事例でも、売上高全体をKAMとするのではなく、特定の取引種類、特定の事業に関連する売上高、又は特定の期間の取引に関連する売上高をKAMとしています。
監査基準委員会報告書によって特別な検討を必要とするリスクとして扱うことが求められている領域(例えば、収益認識への不正リスクの推定(監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」第25項及び第26項参照)、経営者による内部統制の無効化(監査基準委員会報告書240第30項))については、KAMの候補になり得るが、個々の状況によっては、最終的に監査人が特に注意を払った事項に該当しないことがあり、KAMとならないこともあると解説されているように(監査基準委員会研究報告第6号「監査報告書に係るQ&A」Q2-3)、売上高をKAMとしている事例は限定されていました。また、不正リスクや経営者による内部統制の無効化リスクをKAMとした理由に記載した事例はありませんでした。

(1) KAMの内容

履行義務が一定期間にわたって充足される売上をKAMに選定しているケースが複数事例ありました。総原価の見積に不確実性や経営者の判断を伴うことが選定理由となっています。日本基準に準拠する会社では、工事進行基準を適用するケースに限られていますが、21年4月1日以後開始する事業年度から改正企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」が適用されることになると、さらに事例が増加する可能性があると思われます。
不動産事業の会社の事例では、一件当たりの取引量が多額であること、及び特別目的会社等を利用した複雑なスキームを用いる場合も含め取引の個別性が高いことをKAMの選定理由としている事例がありました。その他にも、収益の計上がITによる自動化処理に高度に依存していることを選定理由とした他業種の事例もありました。いずれも業種の取引の性質を丁寧に説明した上で収益認識をKAMと選定している事例です。

(2) 監査上の対応

収益認識に関するKAMで、個別性が高く判断を伴うような取引や、ITに高度に依拠する等の業種特有の特徴のある収益認識についての監査上の対応は、従来財務諸表利用者からはなかなか見えないところでした。取引の性質を記述し、それに対する監査上の対応を分かりやすく記載することは、監査プロセスの透明性が高まり財務諸表利用にとって意義のあることと思われます。

5. 組織再編

組織再編は毎期発生する事象ではなく、会計処理も複雑である場合が多いため、大規模な組織再編についてKAMと選定されることが多いと想定していましたが、内容を分析すると、買収時における取得対価の資産・負債への配分の妥当性(暫定的な評価の修正や負ののれんの算定の妥当性を含む)が事例の多くを占め、中でも無形資産の公正価値評価が多く記載されていました。

6. 棚卸資産の評価

一般的な製商品の評価をKAMとして選定している事例は1件のみで、他の3件は不動産業における販売用不動産の評価が対象でした。不動産業の販売用不動産のなかでも開発不動産については、販売に至るまでの期間が長期にわたり、将来の経済環境、金利変動、不動産市況等の外部要因の影響を受けるとし、各要因を検討しているKAMがありました。一般的な製商品の評価をKAMとしている事例については、売価の市場変動の可能性、将来の追加製造コストの見積り、保管期間が長期にわたる等見積要素が多く含まれるものでした。

7. ITシステムの評価

ITシステムの評価をKAMとして選定している事例は、その他金融、証券、情報通信といったITに高度に依存したビジネスモデルの会社に関係するものでした。また人事システムの新システムへの移行をKAMとした事例もありましたが、この会社の事業は労働集約型事業であり、人事システムで計算される原価、及び販売費及び一般管理費が財務報告に重要な影響を及ぼす事例でした。

8. 関係会社株式の評価

関係会社株式の評価をKAMに選定している事例は多くありましたが、記載の深度はさまざまでした。KAMの対象となった関係会社の名称を記載している事例は9件と比較的多くありました。一方で、多くの関係会社投資があることをKAMの決定理由としている事例については、関係会社の名称は記載されていませんでした。また、ほぼ全ての事例の決定理由として金額的重要性について言及されていました。

9. 新型コロナウイルス感染症

新型コロナウイルス感染症の影響を独立したKAMとして記載している事例は2件にとどまりましたが、他のKAMの領域で将来事業計画等の検討において新型コロナウイルス感染症の影響を考慮した旨を記載している事例も見受けられました。

Ⅳ おわりに

当法人で早期適用を経験した監査チームにアンケートを実施したところ、経営者、経理部門及び監査役等の方々との財務諸表リスクについての対話が促進されたという回答、及び記述情報を含め開示の拡充について従前以上に経営者、経理部門及び監査役等の方々と検討協議をしたという回答が多くみられました。
このことから分かるように、KAMの適用に当たり、経営者、経理部門及び監査役等の方々と監査人とが、KAMの選定理由を確認しながらリスク評価についての協議を深めていくことが重要と思われます。
また、20年3月期から有価証券報告書の記述情報の記載が増え、21年3月期からは「会計上の見積りの開示に関する会計基準」が適用となり、開示制度も変化の時を迎えています。監査制度は企業内容等の開示制度の一部を構成するものであり、財務諸表の利用者はKAMを財務諸表等の企業が開示する情報と併せて読むことが想定されていますので、開示の充実とKAMとを両輪で進めていくことが、財務諸表利用者にとって価値のある仕組みとなるものと考えます。そのためにも、経営者、経理部門及び監査役等の方々におかれましては、KAMや開示の拡充についても監査人と協議を深めていただければと思います。
本稿が今後のKAMと開示の充実を協議される上でわずかながらでも参考となれば幸いです。


情報センサー 2020年11月号