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「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」の解説

2021年2月1日 PDF
カテゴリー 会計情報レポート

情報センサー2021年2月号 会計情報レポート

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 大竹勇輝

品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事するとともに、石油・ガス開発業等の監査業務や非監査業務に従事している。

Ⅰ はじめに

本稿では、2020年9月29日に企業会計基準委員会(以下、ASBJ)から公表された実務対応報告第40号「LIBORを参照する金融商品に関するヘッジ会計の取扱い」(以下、本実務対応報告)の概要について解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 公表の経緯及び目的

14年7月に、金融安定理事会(FSB)は、「主要な金利指標の改革(Reforming Major Interest Rate Benchmarks)」と題する報告書を公表し、次の点について提言を行っています(本実務対応報告第25項)。

  • ロンドン銀行間取引金利(London Interbank Offered Rate:LIBOR)、欧州銀行間取引金利、全銀協TIBOR(Tokyo Interbank Offered Rate:TIBOR)といった既存の金利指標である銀行間金利(IBORs)の信頼性と頑健性の向上、及び銀行の信用リスク等を反映しないリスク・フリー・レートの特定
  • それぞれの金利指標を、金融商品や取引の性質を踏まえて利用していくことが望ましい旨

上記のFSBの提言に基づき、各通貨でIBORsの改廃やリスク・フリー・レートの開発といった金利指標改革(以下、金利指標改革)が進められています。そうした中、LIBORの公表が21年12月末をもって恒久的に停止され、LIBORを参照している契約においては参照する金利指標の置換が行われる可能性が高まっています。LIBORを参照する取引は、各企業において広範に行われており、金利指標改革により多くの取引に影響が生じる可能性が高いとされています(本実務対応報告第1項、第26項)。
このため、ASBJより、LIBORを参照する金融商品について必要と考えられるヘッジ会計に関する会計処理及び開示上の取扱いを明らかにするために、本実務対応報告が公表されています(本実務対応報告第2項)。

Ⅲ 本実務対報告の概要

金利指標改革に起因するLIBORの置換は、企業からみると不可避的に生じる事象であり、ヘッジ会計を定める企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下、金融商品会計基準)等の開発時には想定していなかったと考えられます。このような事態を想定して開発されていない金融商品会計基準等に基づいてヘッジ会計を終了又は中止した場合、取引の実態を適切に表さず、財務諸表利用者に対する有用な財務情報の提供につながらない可能性があると考えられるため、一定の条件の下で、直ちにヘッジ会計の終了又は中止をせずにヘッジ会計の継続を適用することができる等の特例的な取扱いを定めることとしたとされています(本実務対応報告第27項、第34項)。金利指標改革に起因するLIBORの置換のイメージは、<図1>のとおりです。

図1 金利指標改革に起因するLIBORの置換のイメージ

1. 範囲

本実務対応報告は、金利指標改革に起因して公表が停止される見通しであるLIBORを参照する金融商品について金利指標を置き換える場合に、その契約の経済効果が金利指標置換の前後で概(おおむ)ね同等となることを意図した金融商品の契約上のキャッシュ・フローの基礎となる金利指標を変更する契約条件の変更(具体的な例は、<表1>参照)のみが行われる金融商品を適用範囲とするとされています。

表1 経済効果が概ね同等となることを意図した契約条件の変更に該当するか否かの例示

また、こうした契約条件の変更と同様の経済効果をもたらす契約の切替(具体的な例は、<表1>参照)に関する金融商品も適用範囲とし、本実務対応報告公表後に新たにLIBORを参照する契約を締結する場合も適用範囲に含まれるとされています(本実務対応報告第3項)。
ここで、契約条件の変更又は契約の切替の内容について、「経済効果が概ね同等となることを意図した契約条件の変更」に該当するか否かのそれぞれの例は、<表1>のとおりです(本実務対応報告第30項、第31項)。

2. 「金利指標置換時」等の定義

本実務対応報告では、「金利指標置換時」及びその前後の計三つの期間に分けて特例的な取扱いが定められています(本実務対応報告第4項、第34項)。本実務対応報告における用語の定義は<表2>のとおりとなります(本実務対応報告第4項(1)、(2)、(4))。

表2 「金利指標置換時」等の定義

3. 会計処理

(1) 金利指標置換前の会計処理

① ヘッジ対象又はヘッジ手段の契約の切替

金融商品会計基準等では、ヘッジ手段が消滅したときには、ヘッジ会計の適用を中止し、ヘッジ対象が消滅したときには、ヘッジ会計を終了しなければならないとされています(金融商品会計基準第33項、第34項)。
ここで、本実務対応報告の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用している場合、金利指標置換前においては、金利指標改革に起因する契約の切替が行われたときであっても、ヘッジ会計の適用を継続することができるとされています(本実務対応報告第5項)。
なお、上記の取扱いは、金利指標置換時及び金利指標置換後においても同様であるとされています(本実務対応報告第5項)。

② ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)

ヘッジ会計の原則的処理方法である繰延ヘッジに関する特例的な取扱いについては、<表3>のとおりとなります(本実務対応報告第6項から第8項)。

表3 ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)の特例的な取扱い
③ 金利スワップの特例処理

金融商品会計基準等では、一定の要件を満たす場合、金利スワップを時価評価せず、その金銭の受払の純額等を当該資産又は負債に係る利息に加減して処理する特例処理(以下、金利スワップの特例処理)が認められています。
ここで、本実務対応報告の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段として金利スワップの特例処理を適用する場合、以下の条件を満たしているかどうかの判断にあたって、金利指標置換前においては、ヘッジ対象又はヘッジ手段の参照する金利指標は金利指標改革の影響を受けず、既存の金利指標から変更されないとみなすことができるとされています(本実務対応報告第11項、会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下、金融商品実務指針)第178項③から⑤)。

  • 対象となる資産又は負債の金利が変動金利である場合には、その基礎となっている金利指標が金利スワップで受払される変動金利の基礎となっている金利指標とほぼ一致していること
  • 金利スワップの金利改定のインターバル及び金利改定日がヘッジ対象の資産又は負債とほぼ一致していること
  • 金利スワップの受払条件がスワップ期間を通して一定であること(同一の固定金利及び変動金利の金利指標がスワップ期間を通して使用されていること)
④ 外貨建取引等会計処理基準等における為替予約等の振当処理

外貨建金銭債権債務等と為替予約等との関係が、ヘッジ会計の要件を満たしている場合には、当分の間、為替予約等により確定する決済時における円貨額により外貨建取引及び外貨建金銭債権債務等を換算し直物為替相場との差額を期間配分する方法(以下、為替予約等の振当処理)によることができるとされています。しかし、振当処理が認められるのは、為替予約等によって円貨でのキャッシュ・フローが固定されているときに限られるとされています(外貨建取引等会計処理基準一1、2(1)、同注解(注6)、会計制度委員会報告第4号「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」第3項、第5項)。
ここで、本実務対応報告の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段として為替予約等の振当処理を適用する場合、金利指標置換前においては、円貨でのキャッシュ・フローが固定されているかどうかの判断にあたって、ヘッジ対象及びヘッジ手段の参照する金利指標は金利指標改革の影響を受けず既存の金利指標から変更されないとみなすことができるとされています(本実務対応報告第12項)。

(2) 金利指標置換時の会計処理

ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)について、金利指標置換前において本実務対応報告の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用していた場合、金利指標置換時において、当初のヘッジ会計開始時にヘッジ文書で記載したヘッジ取引日(開始日)、識別したヘッジ対象、選択したヘッジ手段等を変更したとしても、ヘッジ会計の適用を継続することができるとされています(本実務対応報告第13項)。

(3) 金利指標置換後の会計処理

金利指標置換後の会計処理については、次のとおりとなります。
なお、本実務対応報告公表時には、金利指標の選択に関する実務や企業のヘッジ行動について不確実な点が多いため、本実務対応報告の公表から約1年後に、金利指標置換後の取扱いについて再度確認する予定であるとされています(本実務対応報告第53項)。

① ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)

ヘッジ会計の原則的処理方法(繰延ヘッジ)に関する金利指標置換後の主な取扱いは次のとおりとなります(本実務対応報告第14項、第17項)。

  • 金利指標置換前において本実務対応報告の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用していた場合、<表3>の事後テストに関する取扱いを適用していたか否かにかかわらず、金利指標置換時以後、当該取扱いを適用し、23年3月31日以前に終了する事業年度までヘッジ会計を継続することができる。
  • 当該取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換え、ヘッジ文書の記載を変更したとしても、ヘッジ会計の適用を継続することができる。
  • 金利指標改革とは関係なくヘッジ会計が中止となった場合で、本実務対応報告の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象としている場合、当該ヘッジ対象の契約の切替が行われたときであっても、契約の切替後のヘッジ対象に係る損益が認識されるまで、ヘッジ手段に係る損益又は評価差額を繰り延べる。
② 金利スワップの特例処理等

金利指標置換前において本実務対応報告の適用範囲に含まれる金融商品をヘッジ対象又はヘッジ手段としてヘッジ会計を適用していた場合、金利スワップの特例処理に関する3(1)③の取扱い及び為替予約等の振当処理に関する3(1)④の取扱いを適用していたか否かにかかわらず、金利指標置換時以後、当該取扱いを適用し、23年3月31日以前に終了する事業年度まで金利スワップの特例処理及び為替予約等の振当処理の適用を継続することができるとされています。また、これらの特例的な取扱いを継続している間、再度金利指標を置き換え、ヘッジ文書の記載を変更したとしても、金利スワップの特例処理又は為替予約等の振当処理の適用を継続することができるとされています(本実務対応報告第19項)。

4. 注記事項

報告日時点において本実務対応報告を適用することを選択した企業は、本実務対応報告を適用しているヘッジ関係について、次の内容を注記するとされています(本実務対応報告第20項)。

  • ヘッジ会計の方法(繰延ヘッジか時価ヘッジか)並びに金利スワップの特例処理及び振当処理を採用している場合にはその旨
  • ヘッジ手段である金融商品の種類
  • ヘッジ対象である金融商品の種類
  • ヘッジ取引の種類(相場変動を相殺するものか、キャッシュ・フローを固定するものか)

また、本実務対応報告を一部のヘッジ関係にのみ適用する場合には、その理由を注記することとされています。ただし、連結財務諸表において、上記の内容を注記している場合には、個別財務諸表において記載することを要しないとされています(本実務対応報告第20項)。

5. 適用時期等

本実務対応報告は、公表日(20年9月29日)以後適用することができるとされています。ただし、公表日より前にヘッジ会計の中止又は終了が行われたヘッジ関係には、適用することができないとされています(本実務対応報告第22項)。また、本実務対応報告を適用するにあたっては、ヘッジ関係ごとにその適用を選択することができるとされています(本実務対応報告第23項)。

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