2020年の第三四半期(以下、3Q)は、「IPOが鈍化する時期」というこれまでの傾向に逆行するものとなりました。これは各国の市場の流動性が非常に高まったためで、3Qの調達額としては過去20年間で最大となり、IPO件数は歴代2位を記録しました。IPOは世界的に大変な活況をみせ、2020年これまでの件数が前年同期比14%増の872件、調達額は大きく43%増の1,653億米ドルとなりました。
Americasでは、188件のIPOにより624億米ドルが調達され、それぞれ前年同期比で18%、33%の年初来増加となりました。Asia-Pacificでは、件数が前年同期比で年初来29%増の554件、調達額は年初来88%増の853億米ドルでした。両エリアでは既に、2020年のこれまでのIPOの件数・調達額が、前年同期のレベルを上回っています。EMEIAにおけるIPOは、3Qは前年同期比で増加しましたが、2020年全体(現時点まで)をみると、件数が27%減(130件)、調達額が24%減(176億米ドル)となっています。クロスボーダーIPOは、案件数、調達額ともに堅調を保っており、世界全体のIPO件数の8%、調達額の10%を占めています。
セクター別にみると、テクノロジー、製造業、ヘルスケアがここでも上位を占めていました。テクノロジーでは、210件のIPOにより合計539億米ドル、製造業では168件のIPOにより合計233億米ドル、ヘルスケアでは159件のIPOにより合計333億米ドルが調達されました。より詳細な分析データについては、EYが3カ月毎に発表している『Global IPO trends』 の最新版(『Global IPO trends: Q3 2020』 英語版のみ)をご覧ください。
EY Global IPOリーダーのPaul Goは次のように述べています。
「市場心理は不安定なものですが、IPOの勢いが2020年4Qも続いたまま、激動の2020年が幕を閉じるシナリオが整いました。2020年にはいくつかの注目案件も見られました。世界の主要証券取引所で行われるクロスボーダーIPOの今後を占う上で、カギとなるのが11月の大統領選挙とその後の米中関係でしょう。不確実性にもかかわらず、「ニューノーマル」に適応し、そこで結果を出している企業やセクターは、IPO投資家の関心を惹きつけ続けることは確実です」
AmericasにおけるIPOは2020年3Qに勢いにはずみがつく:
AmericasにおけるIPOは、2020年3Qに全般的に勢いが増し、2020年これまでのIPOは前年同期のレベルをしのいで、案件が18%増の188件、調達額は33%増の624億米ドルとなりました。2020年これまでで、IPO件数が一番多かったセクターはヘルスケアの71件で、調達額ではテクノロジーセクターが最大となり、3Qを通して223億米ドルを調達しました。また、Americasは今期もユニコーン(10億米ドル以上の市場価値を持つ、未上場のスタートアップ)IPOの量産地であることを証明しました。2020年これまでに行われた18件のユニコーンIPOのうち、3Qだけでも12件がAmericasで行われました。
Americasの2020年3QのIPOの大半が米国の証券取引所で行われ、件数の82%、調達額の87%を占めました。さらに、米国の証券取引所では、特別目的買収会社(SPAC)を通したIPOが、2020年に重要性を増しました。Americasではこの他にも、ブラジルのIPO市場が勢いを増し、これはブラジルの金利が下がったことで、投資家資金がブラジルの株式市場へ流れ込んだたためです。2019年3QにはIPOが0件だったブラジルですが、2020年3Qには13件のIPOが行わました。これによって、2020年はブラジルにとって、2007年以来最もIPOの勢いが活発な年となることが確定しそうです。
AmericasのIPOリーダーであるRachel Gerringは次のように述べています。
「Americasでは6月以降IPOが勢いづいてきました。2020年3Qの調達額は、すでに2014年から2019年までの各年の年間調達額を上回っています。9月には米国の証券取引所におけるテクノロジーセクターのIPOが新記録を達成し、月間のIPO件数が過去約20年間で最高となりました。市場に楽観が広がっている中で、未上場企業が株式公開の準備を進めているため、IPOのパイプラインは引き続き積み上がっています。AmericasのIPOの大半は相変わらず米国で行われていますが、ブラジルのIPO市場が今活況を見せていて、多くのIPOがブラジル市場で行われています」
Asia-PacificのIPO活動はさらに勢いを増し、依然として絶好のチャンスが残されている:
Asia-Pacific のIPO活動は、2020年現時点まで、IPO件数(29%)、調達額(88%)ともに前年同期と比較して増加しました。同地域でのIPO活動が加速した理由の一つは、政府がコロナ対策として打ち出した景気刺激策でした。その一つに同地域の航空会社に対して支給された雇用調整助成金があります。
中華圏のIPOは、2020年3Qには前年同期比で件数が152%、調達額が139%増加し、過去最高を記録する見込みです。米国の大統領選挙に向けて米中間の貿易摩擦が高まる中、米国の証券取引所に上場している中国企業の一部は、中華圏の証券取引所にセカンダリー上場し、中国の資本市場を活用することを選択しています。
日本でも同様に2019年3Qと比較してIPOは活況を呈し、件数は67%増、調達額は40%増となりました。
EY Asia-Pacificの IPO リーダー、Ringo Choiは次のように述べています。
「2020年3Q のIPOの活況を見る限り、Asia-Pacificエリアの企業は最悪のシナリオに備えるため、資本市場を活用して自社の価値を守ろうとしているようです。IPOを検討している企業は、将来の投資に備えて資本基盤を増強し、パンデミックの第2波に対し対応するため、この機会を捉えて上場しようとしています。最近上場した「ニューエコノミー」企業や新型コロナウイルスの影響を受けない企業の一部が高いバリュエーショ得たことが契機となり、他のIPOを検討中の企業も、今後、数四半期の間にIPOを実施しようとしています」
EMEIA のIPO市場は勢いを得て軌道に戻る:
EMEIAのIPO市場は2020年上半期は低調でしたが、2020年3Qには勢いを取り戻しました。同地域で大規模なIPOが複数実施されたこともあり、前年同期比で件数は34%、調達額は49%増加しました。このエリアで大きな成功を収めたのはジタル化の波に乗っている企業、中でも、テクノロジー、製造業、ヘルスケアのセクターに属する企業です。
ヨーロッパのIPO市場は持ち直しており、2020年3Qには、前年同期比で件数は48%増、調達額は51%増となりました。英国でも全域でIPOは活発化しました。メガIPO(調達額10億米ドル超の案件)も1件実施されており、市場には利用可能な流動性が存在し、適切な案件に対する海外投資家の関心が高いことを示しています。
EY EMEIAのIPOリーダーであるMartin Steinbachは次のように述べています。
「EMEIAのIPOは3Qに回復し、市場は軌道に戻りつつあります。テクノロジーセクターおよびヘルスケアセクターのIPOの活発化、市場の流動性は高くボラティリティは通常に戻っていること、低金利環境、指数値が新型コロナウイルス危機以前の水準近くまで回復していることを受け、投資家のセンチメントは改善しています。IPOのエコシステムは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックという状況にあっても存続できることを示していますが、パンデミックに起因する通常では考えられない不確実性の影響を受ける状況は続きます。2020年4Qにも、IPOの回復が続くと予想しています」
2020年4Qの予想:不測の事態を予測する
2020年は、今までのところ、「予測不能」としか言いようのない年でした。最後の四半期を迎えるに当たり、投資家は市場不安の兆しが現れれば即座に利益確保に動くかもしれません。また、世界レベルで見ると、経済状況の安定、GDP、株式市場の評価額の乖離により、一部の投資家の間に不安が生じる可能性もあります。米中間の貿易摩擦、米国の大統領選挙の結果、ブレグジットを巡る不確実性には予測不能の要素があるものの、多くの市場で案件がパイプラインに堅調に積み上がっていることから、4Qに対して楽観的な見通しが維持されています。チャンスが開かれている限り、IPOは実行され続けるでしょう。