アドバイザリー

電子カルテの功罪(前編) 

2013.02.25
日向野 奈津子
日向野 奈津子
新日本有限責任監査法人
ITリスクアドバイザリー部 シニアマネージャー
システム監査技術者、医療情報システム監査人
大手電機メーカーにて約10年間、大規模病院向けの医療情報システムを構築。その後、外資コンサルティング会社にてITコンサルタントとして医療情報システムの導入企画、中長期計画策定、システム監査等に携わる。監査法人に入所後、IT全般統制評価、内部統制構築支援、医療情報システム導入アドバイザリー等に従事している。


1.はじめに

医療業界では、他の業種よりもIT化が10年遅れていると言われています。ひと頃より電子カルテが普及してきたとはいうものの、この10年間で一体何のサービスが向上したのか、病院にかかったことがある人にはなかなか実感できないかもしれません。「診察室に入ると医師がパソコンを見ている。ああ、これが電子カルテというものか」その程度の感覚ではないでしょうか。
そこで、今回は電子カルテ特有の困難と利点を前編と後編に分けて紹介し、医療サービスを存分に活用したいと考える方々に、電子カルテ関係者の努力と理想をご理解いただきたいと思います。

病院業務の電子化により患者サービスが劇的に向上したのは、十数年前です。それは、オーダリングシステムの普及がきっかけです。オーダリングシステムは、電子カルテの前身にあたるシステムです。紙の伝票だった入退院・処方・検査・再診予約等の医師の指示がシステム化され、情報を発信する行為が直接会計データとなり、計算業務が自動化されました。これにより、会計業務および部門スタッフの業務をスピードアップできました。大病院では患者はとにかく待たされるという常識を大幅に改善したのです。
病院業務の電子化はさらに進みました。紙のカルテを完全に電子化するという新たなトレンドが生まれたのです。これが電子カルテです。
2001年、厚労省が『保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン』を発表し、「平成18年度までに400床以上の病院と全診療所のそれぞれ6割以上へ電子カルテの普及を図る」という目標を掲げました。ですが、結果は400床以上の病院の32.3%、全診療所に至っては8.5%に留まっています(図1)。

(図1) 電子カルテの導入目標値と達成度

(図1) 電子カルテの導入目標値と達成度
保険医療福祉情報システム工業会(JAHIS)、月刊「新医療」共同調査資料(2007年)を元に当法人が編集

電子カルテの導入には、通常の業務システムとはまた異なる困難が伴います。事実、電子カルテを稼働させたものの、運用の困難さに耐えかねてシステム導入前の紙カルテに戻した例もあります。電子カルテの導入価格は1床100万円と言われており、大病院では導入費用全体で10億円を超えることも珍しくありません。そのような高額な電子カルテを諦めて紙カルテ運用に戻った病院の決断がどれほど苦悩に満ちたものか、想像に難くありません。
電子カルテの導入は難しいです。しかし、それでも電子カルテがもたらす利点と可能性は魅力的です。

2.電子カルテ導入の難点

電子カルテ導入が難しい理由として、二つの要因が挙げられます。

(1) 一元管理が困難
ERPのような統合化が進んだシステムとは違い、電子カルテを中心とした医療情報システムのDB(データベース)は全体最適がなされているとは言い難い状況です。医療情報システムは、診療部が使用するカルテ機能(狭義の電子カルテ)と、これと一体となっているオーダリングおよび看護部が使用する機能を含めた部分(広義の電子カルテ)、そして、接続されている検査、医事会計等の部門システムを合わせた集合体です(図2)。それぞれの部門システムの独立性が高いため、各部門システムのDBは患者属性などの基本的なデータを重複して持っています

(下の図をクリックすると拡大します)

(図2)医療情報システムの例

(図2)医療情報システムの例

これは非効率的なようですが、病院のシステム化の導入の優先順位を考えると仕方のないことかもしれません。病院では、まず、システム依存度が高い医事会計システム(部門システムの一つ)から導入してきました。次に、検査などの他の部門システムからオーダリングシステム、最後に電子カルテという順になります。増築を繰り返す建築物と同様に、古いインフラを残したままツギハギを繰り返すのです。ならば電子カルテを導入するタイミングで医療情報システム全体がひとまとめになるよう作り変えれば良いのかもしれません。しかし、電子カルテも部門システムも個々のパッケージシステムであり、病院が持つ診療科や機能に応じてメーカーが提供する多様な部門システムから選び、組み合わせて導入しているため、DBの統合はなかなか進みませんでした。
これによりどのような不便が生じるかは明白です。部門システムごとにインタフェースを用意するコスト、重複するデータを保存するディスク領域、処理が分散されていることに起因するデータ不整合のリスク等、挙げれば切りがありません。
これらの不経済やリスクに対応するため、最近は医事会計システムを電子カルテの一機能にするなどの機能統合を進めているメーカーもあります。しかし、多くの電子カルテでは未だ従来のアーキテクチャをシフトできず、統合化の機会をみすみす逃しています。

(2) レスポンスが悪い
電子カルテは画像も含む大量のデータを保管するため、一般的に長期間使用するとレスポンスが悪くなると言われています。電子カルテのデータ保管期間は、医師法で定める5年間です。また、薬事法により特定生物由来製剤の使用記録は20年間保管しなければなりません。期末決算が終われば過去データをほとんど見ることのない会計システムとは異なり、電子カルテでは、厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第4.1版」に定める通り、データを法令で定める「期間中において復元可能な状態で保存(保存性)」し、「必要に応じて肉眼で見読可能な状態に容易にできること(見読性)」が求められます。そのため、サーバに保管するデータ量がたちまち膨大になり、システムのレスポンスは遅くなります。驚くことに、来院回数の多い患者や入院期間が長い患者のカルテでは、画面を開くだけで10分以上かかることもあるのです。
病院は法令により大量のデータを保管することが義務付けられています。院内でサーバを運用する業務負荷を避けるため、ASP・SaaSも利用されていますが、これもベッド数が100床を超えるとデータ量が膨大となり、十分なレスポンスが出せません。結局、中規模以上の病院ではITスキルのある要員を採用し、院内にサーバを保有することになります。かくして電子カルテは高額で運用が難しいシステムとなり、導入しても失敗する事例が後を絶たないのです。

ここまでで紹介した電子カルテの困難な要因は、ほんの一部ですが、これだけでもシステム導入のハードルが高いことが想像いただけるでしょう。電子カルテまでは導入せず、オーダリングシステムまででシステム化をやめる病院も多いのです。それにもかかわらず、ある目的を持った病院は電子カルテの導入に挑戦しています。これについては、後編で紹介したいと思います。


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