アドバイザリー

電子カルテの功罪(後編)

2013.03.26
日向野 奈津子
日向野 奈津子
新日本有限責任監査法人
ITリスクアドバイザリー部 シニアマネージャー
システム監査技術者、医療情報システム監査人
大手電機メーカーにて約10年間、大規模病院向けの医療情報システムを構築。その後、外資コンサルティング会社にてITコンサルタントとして医療情報システムの導入企画、中長期計画策定、システム監査等に携わる。監査法人に入所後、IT全般統制評価、内部統制構築支援、医療情報システム導入アドバイザリー等に従事している。


電子カルテの功罪(前編)」では、医療情報システム全体のDB(データベース)が一元化されておらず、また、大量のデータを保管しなくてはならないことによりレスポンスが悪くなるという現状から、多くの病院でシステム導入が困難になっている理由をご紹介しました。
後編では、病院が電子カルテの導入が困難であると認識していながらも、敢えてこれに挑戦する最大の魅力、地域医療連携についてご説明したいと思います。

3. 電子カルテの恩恵

一般的にシステムの導入効果と言うと、①入力ミスの低減(エディットチェック、テンプレート利用、過去データの自動転記等)、②ペーパレスによるコストメリット(紙の購入・運搬・保管コストの削減)、③情報共有の促進、等が挙げられます。もちろん、電子カルテにおいてもこれらの効果は発揮されています。ですが、診療情報を電子化することによる最も大きな効果は、地域医療連携を実現するインフラが整備されることです。地域医療連携とは、医療機関がIT利用により施設を超えてネットワーク内で診療データを共有することです(図1)。これにより患者サービスが大きく向上するため、行政は10年以上前から推進事業を進めていました。

(図1) 地域医療のシステム連携例

図1 地域医療のシステム連携例

(1) 電子カルテデータの有効活用事例とメリット

ここで、2001年度に経済産業省による「先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業 -電子カルテを中心とした地域医療情報化-」を利用し、地域医療連携の黎明期において見事に実現することができた代表的な事例を2つご紹介します。この推進事業は、全国から169地域が応募し26地域のみが採択され、総額58億円をかけて行った実証事業です。しかし、稼働した26地域のうち14地域が主に運用費の確保が困難なことを原因に数カ月から数年以内に休止していまい、地域医療連携の運用の難しさを露呈した事業でした。(厚生労働省:「全国で行われている医療連携の事例(平成17年10月時点のとりまとめ)」より)。

① 千葉県立東金病院におけるわかしお医療ネットワーク

  • 地域の中核病院である千葉県立東金病院が中心となり、診療所20か所、訪問看護ステーション、長期療養型病床群、老人健保施設、調剤薬局、保健所等が連携。
  • 病院完結型医療から地域完結型の医療へ、地域全体が一つの病院であることを電子カルテネットワークで実現させる。
  • 地域医療連携を強化して、定期的糖尿病研修会と電子カルテネットワークを活用し、診療所へのインスリン療法の啓発・普及を図る。
  • わかしお医療ネットワークによる在宅ホスピス支援システムも実施。

② 山形県鶴岡地区医師会での統合型医療連携システムNet4U

  • 鶴岡地区医師会が中心となり、鶴岡市と周囲6町村、病院7か所、診療所35か所、健康管理センター(検体検査システム)、訪問看護ステーション、介護老人保健施設、調剤薬局等が連携。
  • 1生涯(地域)/1患者/1カルテを実現する地域電子カルテシステムを構築。二次医療圏および医療圏を超えた診療情報の共有を可能とし、かかりつけ医制度の普及、役割分担に、基づく医療機関連携を推進。効率的で安心かつより質の高い医療の提供を目指す。
  • 鶴岡地区医師会の医師会館内にサーバを設置し、許可された各施設はブラウザを用いて電子カルテを利用。

これらの事例では、各医療機関が相互に連携することによって各々の機能分担を明確にし、専門性を発揮するだけでなく、過去の診療に基づく継続的な治療を患者に提供することができます。
また、患者から見ても、これまではかかりつけの診療所で診察を受けた後、他のより専門的な病院に紹介され、同じ問診や検査を受け、無駄を感じたことのとある人は多いでしょう。あるいは、紹介先の施設で治療方針が変わってしまい、不安を覚えた人もいるかもしれません。地域医療連携によりカルテデータを共有し、病院と診療所等の他施設が治療方針を相互に理解しあえれば、このような問題は解決できるのです。
そもそも医療機関の機能はいくつにも分類されており、ある程度の高度な治療が必要な疾病については単一の施設のみで全て対応できるものではありません。定期診療ならかかりつけ医に、重篤な疾病だとわかったら急性期の病院に、退院後に長期にわたるケアが必要なら、例えば長期療養型施設やリハビリセンターへと、ステージに応じて施設を変えていくものす。このような患者の動きに合わせて、医療機関同士が資源を有効活用するために電子カルテのデータ利用範囲を拡大させようとするのは当然の流れでしょう。
これを踏まえると、情報提供の中心になる地域の中核病院が、単一施設での電子カルテ導入に困難を感じている現状は、目指すべき地域の情報共有の入口地点で躓いているようなものです。

(2) 地域医療連携の実現に向けたITの課題

施設間をまたいだ電子カルテの拡張利用によって得られるメリットは非常に魅力的です。しかし、その実現には未だ多くの課題があります。
電子カルテの導入における問題は、単一施設の課題と捉えられますが、一方、そのデータを活用する施設間のネットワーク構築はその地域や日本全体の課題と捉えられ、一つの医療機関の努力だけでは解決することはできません。
地域医療連携を開始する際の課題について、特に下記が頻繁に話題となっています。

技術面

  • 患者IDの紐付け機能
    どの医療機関も地域連携を始める前は独自の患者IDを持っています。患者データを電子カルデ上で1つにまとめるためには、複数の医療機関に存在する患者IDのうち、どれが同一人物のものなのかを見分けて紐付ける機能が必要です。
  • 標準規格の利用
    医科病名マスタ、医薬品マスタ、臨床検査項目マスタ等について標準マスタが提供されていますが、連携する全ての医療機関が標準に準拠しているとは限りません。標準に準拠していない医療機関が地域医療連携のネットワークに参加するためには、一般的な解決策としてこれまでの過去カルテデータを標準マスタコードへ変換します。しかし、それが困難な場合は施設間でのマスタの紐付けが必要となります。

運用面

  • 費用負担の問題
    経済産業省の実証事業にも表れた通り、特に施設間における運用費の調整は非常に難しい課題です。診療所にとっては、診療情報提供書をFAXで共有していた時代から飛躍的にメリットが出ないことも多く、せっかくネットワークに参加しても、数か月でやめてしまうこともあります。そのため、最もメリットの多い地域の中核病院が診療所からの紹介患者の増加を見込んで診療所の運用費を負担するケースもあります。
  • 運営作業分担の問題
    費用負担の問題と同様、作業分担において診療所の負担を大きくすることもネットワークへの参加を妨げることとなります。運用作業の具体例として、地域医療連携の機器の保守、運用ルールの策定、患者IDの紐付け作業が挙げられます。前述の2つの事例に見られる通り、ネットワークに参加している中核病院や医師会が強力な推進役となり、運用作業のかなりの部分を負担するケースが多いです。

電子カルテの真のメリットを享受するには、一つの医療機関の電子カルテが実現した後の拡張を見越す必要があり、これらの課題解決が不可避なのです。

4. 今後の医療情報活用

電子カルテのデータ活用はどこまで拡張することができるでしょうか。
政府のIT戦略本部が2009年に発表した「I-Japan戦略2015」において3大重点分野にあげられるように、医療はIT化が推進されている注目市場です。さらに2011年3月の東日本大震災以降、地域の患者データの保管・共有の重要性が再認識されています。
そのような注目の中、現在、診療データは医療機関の枠を超えて、フィットネスセンター、給食事業者、エステティックサロンにまで広げる実証事業が進められています。例えば、病院の担当医が運動支援・栄養指導等のサービスが必要と考える患者を選定し、コーディネーターに診療情報を提供します。コーディネーターは複数のサービス提供事業者の中から適切な事業者を選択し、サービス内容を指示します(例:給食事業者が患者へ栄養指導や宅配サービスをするよう指示)。患者は医療機関へ行かずともこれらのサービスを受けることができます。一方、サービス事業者が患者の利用状況をデータベースに登録して医療機関に提供することにより、医師がこれらのデータを治療に活用可能となるのです。
今後、ますます電子カルテの必要性が高まると共に、医療機関と民間事業者の連携・協力が進むことで新しいビジネスモデルが生まれるでしょう。医療従事者、自治体、IT関係者それぞれが電子カルテの困難を乗り越えた先に、より便利になった医療サービスの将来像が見えてくるのです。


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