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SIU(Strategic Impact Unit)コラム【バイオの世紀】

第5回 遺伝子を手術する時代へ

2020.03.26

遺伝子を自在に編集できる「ゲノム編集」の実用化競争が激しくなっている。特に活発なのが、医療分野で、国内外の研究機関や企業が開発を急いでいる。

ゲノム編集は遺伝子の膨大な情報の中から狙ったところをピンポイントで書換えできる技術。従来の遺伝子操作技術では、1回の操作で必ずしも狙った部分を改変できず膨大な時間と手間がかかる上に、意図しない部分が書き換えられてしまう問題もあった。

ゲノム編集の歴史は比較的新しく、2012年に「クリスパー・キャス9」という手法が登場して大きく進展。簡単・安価に、改変する遺伝子情報の場所を特定し、削除、置換、挿入することができ、細菌から動植物まで広く応用できることから、一気に広まった。

医療への応用は、細胞の中の病気の原因となる異常な遺伝子をゲノム編集で働かなくしたり、正常な遺伝子に置き換えたりして治療する。その際、体内で直接細胞の遺伝子にゲノム編集を施す方法と、細胞をいったん体外に取り出して遺伝子を改変してから体内に戻す方法がある。体外で行う方が正しく改変できた細胞を選べるためハードルが低く、海外で白血病などの治療に応用する研究が活発になっている。血友病や筋ジストロフィーなど遺伝性の難病の治療にも期待されている。

臓器移植の提供者(ドナー)不足を解消する手段としても有望視されている。ブタの体内でヒトの臓器を作製する研究が進んでいる。日本では膵臓(すいぞう)を作る研究を明治大学と東京大学が共同で取り組んでいる。

また、将来的にはゲノム編集によってヒトの寿命を延ばしたり、加齢を止めたりできるようになる可能性もある。

世界的な課題が、倫理観の醸成やルールが追いついていないことだ。1年前、中国の研究者が「ゲノム編集ベビー」誕生を発表し、世界中が騒然となった。受精卵へのゲノム編集はどこまで許されるのか。世界保健機関(WHO)や米英の科学者組織などが条件づくりを始めており、厚労省も今後ゲノム編集に関する規制の在り方を検討予定である。

遺伝子データそのものをどう扱うかも課題だ。個人情報であると同時に、データを集めれば創薬などに役立つ大きな価値を生む。日本では2018年5月にゲノムを含む莫大な医療ビッグデータを研究開発に効果的に使う「次世代医療基盤法」が施行、翌月には「がんゲノム情報管理センター」が開所した。また「改正個人情報保護法」ではゲノムが個人情報の一種とみなされ、規制の対象となっている。

遺伝子を手術する時代は目前に迫っている。遺伝子組換えと同じ轍(てつ)を踏み、社会に受け入れられないまま廃れてしまうことだけは避けたい。

ブタでヒトの膵臓をつくる仕組み

図 ブタでヒトの膵臓をつくる仕組み
(日経産業新聞連載より転載)

【筆者】

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
シニアマネージャー 齊藤 三希子

国内シンクタンクを経て現職。再エネ活用の地域活性化、スマート農業、農作物のブランド化、食農ヘルスケアなどの業務に従事。最近ESG(環境 ・投資・企業統治)など社会課題解決型の事業組成に取り組む。

※所属・役職等は掲載当時