コンサルティング
SIU(Strategic Impact Unit)コラム【バイオの世紀】

第6回 人工生命の可能性と懸念

2020.04.06

遺伝子を自在に操作できる「ゲノム編集」の先にあるのが、人工的に生命を作り出す「合成生物学」だ。人工的に設計した遺伝子を微生物や藻類に組み込み、これまで治療が難しかった病気のバイオ新薬の製造やバイオ燃料製造の高効率化などを実現する技術として大きな注目を浴びている。

以前からこうした試みはあったが、脚光を浴びるようになったきっかけは、米国の研究者クレイグ・ベンター氏が2010年、人工的に合成したゲノム(全遺伝情報)を細菌に入れて世界で初めて動かすことに成功したことだ。遺伝子が実際に働いてタンパク質を作り、生きた細菌として増殖した。

合成生物学を支えるのは、さまざまな学問分野である。生命にはゲノムだけではなく、細胞を包む膜、物質を変換・合成する酵素などさまざまな「パーツ」がいろいろな形で関わっている。人工生物を作るには、それらの「パーツ」を作る学問的な知見も欠かせない。

もう1つ、合成生物学で重要な役割を果たしているのが、デジタル技術だ。膨大な情報量を持つゲノムを自在に設計するには、コンピューターの力が不可欠だからだ。先のベンター氏も細菌に組み込むゲノムの設計にはコンピューターを活用した。コンピューター上で生命の設計図(ゲノム)を書き、新しい生物を創り出す時代が来ようしているとも言える。

さまざまな学問分野の集大成が合成生物学だけに、そこから派生する技術にも大きな期待が寄せられている。実際、応用例も出てきている。米国バイオベンチャーのアミリス(カリフォルニア州)だ。

同社は有用な化合物を作る酵母を合成生物学の技術を応用して効率的に開発している。目的の物質を作り出す酵母の遺伝子の組み合わせをコンピューターで予想・設計。それをもとにロボットが自動的に遺伝子操作して新たな酵母を開発するのである。この結果、開発スピードが桁違いに速くなった。このシステムを使って植物由来のマラリア治療薬の低コスト化に成功したほか、ジェット燃料や化粧品原料、甘味料、タイヤ素材などさまざまな物質を生産している。

海外だけではない。日本でも大学を中心に複数の研究者がバイオ燃料の生産などに応用する取組みを進めている。天然の生物を上回る高い効率でさまざまな物質を作ることができるようになれば、素材・化学・薬品工業に大きな変化をもたらす可能性がある。

合成生物学はまだ初歩の段階で、自然界にない生物を自在に創り出すところまでは達していない。それがいつ実現するかは定かではないが、もしそうなれば、倫理・社会的に大きな影響は避けられない。加速する技術にコントロールが及ばなくなる前に、現在の状況に即したルールを早急に検討する必要に迫られている。

合成生物学の応用例

図 合成生物学の応用例
(日経産業新聞連載より転載)

【筆者】

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
シニアマネージャー 齊藤 三希子

国内シンクタンクを経て現職。再エネ活用の地域活性化、スマート農業、農作物のブランド化、食農ヘルスケアなどの業務に従事。最近ESG(環境 ・投資・企業統治)など社会課題解決型の事業組成に取り組む。

※所属・役職等は掲載当時