アドバイザリー
SIU(Strategic Impact Unit)コラム【バイオの世紀】

第8回 農水産物を素早く改良

2020.04.28

遺伝子を自在に操作できる「ゲノム編集」技術は、穀物や野菜、魚などの農水産物を改良する技術としても世界的に関心が高まっている。

その主な理由として、気候変動や新興国の経済発展、世界的な人口増加による食料価格の高騰が挙げられる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2019年8月にまとめた特別報告書では、気候変動の影響により2050年に穀物価格が最大23%上昇する恐れがあると報告された。また、リコピン、カロテンなどの機能性成分を多く含む野菜の需要も拡大している。

その解決策として期待されているのが、ゲノム編集技術である。狙った遺伝子をピンポイントで効率的に改良できるようになり、高収量や高栄養、気候変動に強い農水産物を従来技術と比べて短期間で開発できるようになった。

世界の大手種子会社が活用に乗り出しており、米コルテバ・アグリサイエンス(元ダウ・デュポン)は多収量のトウモロコシを開発。独バイエル(旧モンサント)も大豆や小麦などで研究を急いでいる。新興企業の取組みも盛んで、米バイオベンチャーのカリクストは高オレイン酸ダイズを栽培し、それから採取した大豆油を2019年2月に発売している。

日本でも、京都大学で肉厚なマダイやトラフグ、筑波大学で血圧を下げる成分「GABA」が通常の15倍のトマト、農業・食品産業技術総合研究機構で超多収量イネなどの開発が進められている。

世界中の期待を集めるゲノム編集農水産物だが、広く普及するには消費者の理解が最も重要となる。2019年6月の日本ゲノム編集学会で東大が発表した「農作物や家畜へのゲノム編集に関する一般市民の意識調査」によると、「ゲノム編集された農作物を食べたくない」と答えた人は4割だった。遺伝子組換え食品への抵抗感が強いことが原因と考えられる。

こうした問題を受けて、日本ではゲノム編集で開発した食品の販売や流通に関する届け出制度が2019年10月から厚生労働省で始まった。消費者の不安を取り除く狙いだが、届出も表示も任意で、義務ではないため、逆に企業が積極参入することが難しい状況となっている。正直に届け出て表示した会社の商品がかえって消費者から敬遠される恐れがあるためだ。

どんなに素晴らしい技術でも、需要の形成がうまくいかないと、生かされないまま終わってしまう。消費者の需要を喚起するには、ゲノム編集食品の安全性の証明と透明性の確保の2つが必須である。透明性が高まり、品種改良に対する消費者の懸念が払拭されれば、自然に受け入れられる。健康増進や美容などメリット面も含め、消費者の信頼醸成に向けた積極的な活動が求められる。

ゲノム編集食品のイメージ

図 ゲノム編集食品のイメージ
(日経産業新聞連載より転載)

【筆者】

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
シニアマネージャー 齊藤 三希子

国内シンクタンクを経て現職。再エネ活用の地域活性化、スマート農業、農作物のブランド化、食農ヘルスケアなどの業務に従事。最近ESG(環境 ・投資・企業統治)など社会課題解決型の事業組成に取り組む。

※所属・役職等は掲載当時