アドバイザリー
SIU(Strategic Impact Unit)コラム【考察:なぜ「ナッジ」は世界中の政策で活用されているのか】

第1回 世界各国で活用が進む「ナッジ」

2020.02.25

本コラムでは、今世界で注目を浴びている「ナッジ」にスポットライトを当て、「世界各国のナッジの活用状況」と「ナッジとは何か」をご紹介した上で、最後に「政策でのナッジ活用に向けた具体策」を提言したいと思います。

第1回では、本コラムの前提となる「世界各国のナッジの活用状況」について考察します。

1. 200を超える「ナッジ・ユニット」の歴史

OECD(経済協力開発機構)の発表によると、2018年8月時点で世界各国には欧米を中心に202ものナッジ・ユニット(ナッジの活用を推進する政府や公的機関の専門組織)が存在しています(*1)。なぜ、こんなにも多くのナッジ・ユニットが設置されることになったのでしょうか。その歴史を振り返りたいと思います。

(OECD発表を基にEY作成)

※地図上のナッジ・ユニットの設置件数は、OECDの発表に基づき算出しているが、合計で202件とはなっていない。

ナッジ・ユニットを世界で初めて設立したのは、英国です。英国では、2010年にキャメロン政権が「ナッジ」を提唱したリチャード・セイラー教授の協力を得て、内閣府にBehavioural Insights Team(BIT)を設置しました。これが、ナッジ・ユニットの始まりです。当初、BITの活動期間は限定的なものでしたが、さまざまな社会実験で成果を残したことから、現在では政府から独立し、世界各国に拠点を構えるグローバルな組織となっています。それらの成果を受け、オーストラリア、カナダ、オランダなどでナッジ・ユニットが設置されることとなりました(*2)。

さらに米国では、2015年にオバマ政権において大統領令が出されたことがきっかけとなり、国家科学技術会議の中にSocial and Behavioral Science Team(SBST)が設置されました。オバマ大統領(当時)による大統領令は、「行動科学(ナッジ)の知見を活用し、米国国民に良いサービスを提供すること」(*3)というものであり、米国でもナッジへの対応が求められることとなりました。

ナッジの効果が徐々に明らかになるにつれ、現在では世界銀行においてもナッジ・ユニットが設置されるなど、世界各国にナッジ・ユニットが広がりました。

日本においては、2017年4月に環境省がBEST(Behavioral Sciences Team)(*4)を、2019年5月に経済産業省が「METIナッジユニット」(*5)を発足しています。

2. 日本の政策にも「ナッジ」の活用が期待されている

日本において、ナッジの政策への活用が期待されている分野は、環境・エネルギー分野と社会保障分野です。

環境・エネルギー分野においては、表1のように省エネ行動を促進することを目的としてナッジを政策へ活用することが複数回閣議決定されています。

表1 「ナッジ」の政策への反映状況

文書名 主体 時期 反映状況(抜粋)
未来投資戦略2018 内閣(日本経済再生本部) 平成30年6月15日閣議決定 ビッグデータ分析等を活用して行動変容を促す情報発信(ナッジ)等による国民運動の展開や省エネガイドラインの整備により、低炭素型製品・サービス・ライフスタイルのマーケット拡大を図る。
成長戦略フォローアップ 内閣 令和元年6月21日閣議決定 ナッジ・ブーストなどの行動インサイトとIoT、AIなど先進技術の融合(BI-Tech)により、個人の価値観に即した働きかけを通じて環境配慮などの行動変容を促す製品・サービス・ライフスタイルのマーケット拡大を図る。
統合イノベーション戦略2019 内閣府 令和元年6月21日閣議決定 ナッジやブースト等の行動インサイトとAI /IoT(BI-Tech)を活用して一人ひとりにパーソナライズされたメッセージをフィードバックし、省エネ行動を促進する実証事業を実施
令和元年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書 環境省 令和元年6月7日閣議決定 ナッジやブースト等の行動インサイトとAI/IoT(BI-Tech)を活用して一人ひとりにパーソナライズされたメッセージをフィードバックし、低炭素型の行動変容を促しました。
エネルギー白書2019 経済産業省資源エネルギー庁 令和元年6月7日閣議決定 ナッジやブースト等の行動インサイトとAI / IoT等の先端技術を組合せた BI-Techにより、一人ひとりにパーソナライズされたメッセージをフィードバックし、低炭素型の行動変容を促しています。

社会保障分野においては、2018年6月に世耕弘成経済産業大臣(当時)が若手議員と立ち上げた「新しい社会保障改革に関する勉強会」における中間とりまとめがきっかけとなり、年金分野や医療・健康分野の政策においてナッジを活用していくことがさまざまなところで検討され始めています。

このように、日本においては、ナッジが政策に活用された例は現時点では存在しませんが、今後政策へのナッジの活用が大きく期待されています。

【筆者】

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
マネージャー 伊原 克将

早稲田大学大学院 環境・エネルギー研究科 博士課程(工学)修了。大手印刷会社、米国系戦略コンサルティングファームを経て現職。
気候変動・省エネルギー分野を中心に、国の制度設計や政策手法の検証に関わる多数のプロジェクトに従事。また、国内最大手の小売電気事業者を含む10団体の産学官連携のコンソーシアムを牽引し、国内最大級となるナッジを活用した省エネ実証を推進、政策手法としてのナッジの効果を検証した。
スマートコミュニティや電力小売り自由化に関連する多くの新規事業開発(戦略立案、アライアンス推進、ソリューション開発など)にも関与している。

※所属・役職等は掲載当時