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業種別IFRS解説

IFRS導入が製薬企業に与える影響について

2009.08
医薬品業研究会 公認会計士 矢崎弘直

IFRS導入が製薬企業に与える影響について(PDF:149KB)

I はじめに

製薬業の特徴の一つに、製品化までの多額で長期にわたる研究開発があります。また、他社との物質・製品上の提携がさまざまな形で行われ、契約の形態が多様化・複雑化していることも挙げられます。最近では、研究開発の効率化や新たなパイプラインを求めて、企業の買収や合併が活発に行われてきています。会計上の論点も、こうした業界の特徴の周辺に多く存在します。特に、研究開発段階における他社との提携においては、導入側の費用計上、導出側の収益認識が、それぞれ論点となります。今回は、国際会計基準(IFRS)の導入が製薬企業に大きな影響を与えると考えられる、研究開発費、企業結合、収益認識における論点を中心に解説します。

II 個別の論点

1. 研究開発費

製薬企業は新薬の開発にしのぎを削っており、研究開発費は巨額かつ増加傾向にあります。研究開発のパターンとして、主に自社で行う、他社から、あるレベルの研究成果(仕掛中の研究開発)を取得し、その後、自社で継続する、他社に委託する、他社と共同で行う、研究開発型企業を買収するなど、さまざまな形態が存在します。ここでは、自社開発の場合、他社から仕掛中の研究開発を取得する場合、他社に委託する場合の論点を考察します。

(1)自社開発の場合

IFRSでは、研究段階と開発段階の二つに区分して資産認識要件を検討し、研究段階の支出は発生時の費用として認識し、開発段階の支出は次の6つの要件をすべて満たすものについて資産計上することとされています(IAS38号57項)。この点で、研究開発費をすべて発生時に費用処理する日本基準と異なります。

  • 技術的に無形資産を完成させることのできる可能性(技術的実行可能性)
  • 無形資産を完成し、使用あるいは売却する意思があること
  • 無形資産を使用あるいは売却する能力があること
  • 無形資産が将来の経済的便益を生成する方法を示せること
  • 無形資産を使用あるいは売却するための十分な技術、財務その他資源があること
  • 開発中の無形資産関連支出を信頼性をもって測定できる能力があること

製薬企業の研究開発では、どの時点から開発費の資産要件を満たすのかが議論となります。ポイントは、技術的実行可能性がどの時点で確立されるのか、ということになりますが、開発期間である臨床試験の段階では、一般的に製品化への不確定要素が大きく、技術的実行可能性があるとはいえません。医薬品の販売には当局からの認可が必要になりますが、この認可をもって技術的実行可能性が確立されたとみるのが妥当と考えられています。実際、ほとんどのIFRS適用企業が、当局からの認可取得前の開発費は費用として計上することを会計方針で開示しています。この点、日本の実務においても、当局からの認可を研究開発段階の終了としているため、一般的な自社研究開発で、IFRS導入の影響はほとんどないと考えられます。

一方で、製薬企業の研究開発にはバリエーションがあり、例として、すでに当局からの認可を受けている製品に対し、ほかの効能向け、あるいは服用者の対象拡大の認可を取得すべく、追加開発を行うケースがあります。この場合、資産計上要件(特に技術的実行可能性要件)を満たすか否かを個別に慎重に検討し、開発費の資産計上時期を検討することになります。技術的実行可能性がある(すなわち認可取得の可能性が極めて高い)ときは、当局からの認可より早い段階から開発費の資産計上を行うことがあり、現行の日本基準との違いが生じます。

(2)他社から取得する仕掛中の研究開発

製薬業では、他社の仕掛中の研究開発プロジェクトを、一括支払いあるいはマイルストーン支払い契約により取得し、自社で開発を継続するケースが多く見られます。この場合も、取得した研究開発プロジェクトの対価が、開発費としての資産計上要件を満たすのかが論点となります。すなわち、将来収益への不確実性があるとして費用計上するか、取得対価の存在を経済的便益流入の合理的な測定の根拠とみて資産計上するかが検討点となります。これについては、取得対価にプロジェクトの成功確率が反映されていることから資産計上要件を満たすものと考え、取得対価を無形資産として資産計上するのが一般的です。一方、日本の実務においては、研究開発段階のプロジェクトの購入は原則、研究開発費として費用計上されるので、このケースではIFRS導入の影響が大きくなると考えられます。

(3)他社に委託する研究開発

製薬業界では企業間の研究提携が活発で、研究開発の一部または相当部分を他社に委託するケースが多々あります。対価の支払いパターンはさまざまですが、契約一時金とマイルストーン支払いの組み合わせによる支払い方法が一般的です。その支出が開発費としての資産計上要件を満たす場合は、無形資産として認識されることになりますが、それ以外は研究開発費として費用計上されることになります。費用計上する場合、契約一時金はいったん前払金として計上し、開発期間にわたり、費用として認識することになります。また、製薬業では、臨床開発試験をCRO(開発業務受託機関)のような他社に委託することが一般的です。支払い方法については、さまざまな実務がありますが、費用認識は委託開発の進展度合い、または期間に応じて行われることになります。日本において費用計上のタイミングにさまざまな実務が見られるので、影響が出ることが予想されます。

2. 企業結合

新たな製品パイプラインの構築、研究開発の効率化、規模の拡大化などを求め、企業買収や合併といった企業結合が多いのが、この業界の特徴です。2009年に入り、ファイザーのワイス買収、メルクのシェリング・プラウ買収、ロシュのジェネンテック完全子会社化など、大型の話が相次いでいます。

(1)企業結合会計

企業結合の会計処理はIFRS3号に規定されていますが、現行の日本基準と大きな差異のある部分です。ただし、08年12月に日本の企業結合会計が改正され(10年4月1日以降適用)、のれんの償却など、いくつかの点を除き、IFRSに近づくことになります。

(2)企業結合によって取得した無形資産

IFRS3号では、企業結合の処理は取得(パーチェス)法のみとされ、識別可能性の要件を満たす無形資産を可能な限り、のれんと区分して認識する必要があります。また、のれんについては償却せず、減損テストを行うこととされています。現行の日本基準では持分プーリング法が認められる場合があり(ただし10年4月1日からは持分プーリング法廃止)、パーチェス法での無形資産の認識も厳格でなく、また、のれんは一定の期間で償却され、IFRSとは大きな違いがあります。

企業結合により取得した無形資産は、IAS38号「無形資産」で定義されたものであれば認識されることになりますが、その際、分離可能または法的権利である必要があります。製薬企業の場合、商標権、特許権、独占販売権、仕掛研究開発費などが企業結合時の無形資産として認識されることが多くなります。無形資産の測定は、一般的に将来キャッシュ・フローの割引現在価値から求めますが、将来の事業計画、無形資産の寄与率、割引率など、さまざまな仮定の検討が必要になります。

(3)仕掛中の研究開発費

研究開発型企業を買収した場合は、無形資産の中でも、仕掛研究開発費への配分が大きくなると思われます。仕掛研究開発費は、無形資産の定義を満たした場合は資産として認識しますが、製品化への不確実な要素が含まれるため、その測定は一般の無形資産よりも困難なものになることが想定されます。仕掛研究開発費は資産計上された後、当局の認可を取得した時点から耐用年数にわたり償却されることになります。また、当局の認可が取得されるまでは、いまだ使用可能でないため、毎年の減損テストを実施します。研究が失敗に終わった場合は、その時点で損失処理されることになります。現行の日本の実務では、仕掛研究開発費の資産計上が認められませんが、改正企業結合会計基準では、ほぼIFRSと同等の処理が求められています。

(4)条件付取得対価

製薬企業の買収事例には、契約で将来の特定の事象(例えば特定の物質についての当局からの認可)によって取得対価が変更される場合があります。09年7月1日から開始する事業年度に含まれる企業結合より適用となる改訂IFRS3号では、こうした条件付取得対価は、測定が信頼性をもって行える場合、発生可能性にかかわらず、公正価値で負債計上されることになります。日本の改正企業結合会計基準では、条件付対価の交付が確実となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識することとされているので、会計処理に差異があります。

3. 収益認識

(1)商品販売

IFRSの収益に関する規定はIAS18号※1にありますが、14項で、次の条件が満たされた場合に収益は認識されるとしています。

  • 物品の所有による重要なリスクと経済価値が買い手に移転すること
  • 物品に対する、有効な支配を企業が保持しないこと
  • 収益および原価の額が信頼性をもって測定可能であること
  • 経済的便益が企業に流入する可能性が高いこと

現行の日本基準では、具体的な収益認識の要件は特別に規定されておらず、実務上、出荷基準で収益認識をしているケースが多いと思われます。IFRSの適用に当たっては、商品売買契約の内容について慎重に吟味する必要がありますが、一般的に重要なリスクと経済価値の移転は出荷時ではなく、到着時や検収時になることが多いと考えられ、その場合、出荷基準による認識はできません。

また、商品売買契約上、買い手が返品の権利を有することがありますが、返品の可能性を信頼性をもって見積もれない場合は、出荷あるいは検収時には重要なリスクが移転していないと見なされ、返品されないことが明確になるまで収益の認識ができません。

さらに、日本の医薬品業界独特の商慣行で、いわゆる落差回収※2がありますが、この場合、IFRSでは、代金が確定するまで売り上げは計上できないことになります。

(2)戦略的提携取引

前述のとおり、製薬業の契約パターンとして、研究開発や販売について、同業他社とさまざまな形で提携することがあります。技術、物質の権利、研究開発の委託などにおける提携を、契約一時金および、その後のマイルストーン支払い、ロイヤルティー支払いで行うことが一般的です。IFRS適用に当たっては、IAS18号の一般的な原則を参照しつつ、個々の契約の内容を吟味していく必要があります。

IFRS適用企業の事例を見ると、契約履行の達成度合いに応じて収益認識することを、会計方針に明示している企業が多数です。一般的に、契約一時金はいったん繰延収益として負債認識し、契約期間にわたり、合理的な基準で収益認識することになります。マイルストーンの受け取りについては、それが収益認識の要件を満たすか否かを吟味し、定められたターゲットの達成によるものであれば収益認識しますが、ターゲットの達成に関係なく、定額でマイルストーンを受け取るような場合は、工事進行基準や期間定額按分方式など、最も合理的と考えられる基準で収益認識することになります。その場合、必要に応じて繰延収益や前受収益などの勘定で調整することが求められます。これらについて、日本の実務では、一律に金銭の受領時に収益認識することが多く、収益認識のタイミングの修正を行う必要が出てきます。

(3)複数要素を伴う取引

製薬業における契約パターンは複雑化しており、一つの契約の中に研究開発委託取引、無形資産取引、ロイヤルティー取引、サービス取引など複数の取引要素が含まれることがあります。IAS18号13項では、取引の実質を反映するために、単一取引の、個別に識別可能な構成部分ごとに認識要件を適用する必要があるとされています。日本では具体的な基準が定められておらず、IFRS適用に当たっては、個々の契約内容の吟味および、それに対応する会計処理が求められることになります。

4. その他の論点

(1)棚卸資産

日本の企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」の導入で、棚卸資産評価に、収益性の低下に伴う簿価切下げの基準が採用され、IFRSとの間に重要な差異はなくなりました。製薬企業の実務上、差異の認められる領域として、当局の認可取得前の資産化の論点があります。日本基準では、当局の認可取得前にかかった製造費用は研究開発費とされ、棚卸資産として資産化されないケースもあります。IFRS上の実務では、申請後、当局の認可取得前であっても、取得の可能性が高いと考えられる場合は、製造費用を棚卸資産として資産化し、実現可能性に応じて評価損を計上する会計処理が一般的です。

(2)投資有価証券

製薬企業は、研究開発型の企業に対して投資し、投資有価証券を保有することがありますが、この投資に対する評価が論点となります。投資有価証券の価値の測定はIAS39号で定められていますが、これらの投資有価証券は、売却可能金融資産に分類されることになります。売却可能金融資産は、一般的に信頼性をもって測定できるものとされ、公正価値で測定されるので、時価のない有価証券は取得原価で測定される日本基準との間に差異が生じることになります。

(3)固定資産の減損

製薬企業は、生産設備や研究設備などの有形固定資産、販売権、特許権、仕掛研究開発などの無形資産が重要な資産となりますが、これらには減損適用の論点があります。減損の兆候の判定に当たり、日本基準が具体的な数値基準を設定しているのに対し、IFRSは例示を参考に総合的な判断を求めている点で相違します。また、減損損失の認識に当たり、日本基準が割引前将来キャッシュ・フローと帳簿価額を比較するのに対し、IFRSは回収可能価額※3と帳簿価額を比較する点で相違します。これらの差異により、一般的にIFRSのほうが、早期に減損を認識する傾向があります。さらに、IFRSには減損の戻入れの概念があり(のれんは対象外)、毎期、戻入れの兆候を検討する必要がありますが、日本基準では戻入れは禁止されています。

III おわりに

以上、主要な論点を見てきましたが、製薬企業における実際の契約は複雑であり、IFRSの適用に当たっては、取引、契約内容をじっくり検討し、会計処理を定めていく必要があります。特に、今後ますます活発になる他社との戦略的提携や企業買収のケースでは、いっそうの慎重な適用検討が求められることになります。本稿が、そうした論点検討の参考になれば幸いです。

  1. ※108年12月にディスカッション・ペーパー「顧客との契約における収益認識についての予備的見解」が公表され、新たな認識モデルの開発が提案されています。10年上半期に公開草案を公表し、11年に最終基準書を公表する予定です。
  2. ※2製薬企業の販売代金の回収方法について、医薬品卸し企業が医療機関等へ販売した部分に対してのみ代金回収請求を行う慣行
  3. ※3売却費用控除後の公正価値と使用価値のいずれか高い金額





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