アシュアランス
業種別IFRS解説

IFRS導入が小売業に与える影響について

2010.06
小売業研究会 公認会計士 小澤敏宏

I はじめに

小売業の特徴として、取り扱う商品が多岐にわたっているため、取引先によって取引の契約形態が非常に複雑であること、同じ小売業でも業種により特殊な取引慣行が依然として残っていることが挙げられます。本稿では、小売業を営む企業が国際会計基準(IFRS)を導入する際に検討すべきと考えられる主要な論点を中心に解説します。なお、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。

II 個別の基準の解説

1. 収益(IAS18号)

(1)通信販売・WEB売上

最近の小売業界の動向として、消費全体が低迷する中で通信販売やインターネット上での売上が伸びてきていることが挙げられます。実務上は、こうした顧客からの受注と商品配送にタイムラグがある場合、多くの企業において商品の出荷基準で収益を計上しています。しかし、IFRSでは物品販売からの収益は、次の条件がすべて満たされた場合にのみ認識されるとしています。

  • 物品の所有による重要なリスクと経済価値が買い手に移転すること
  • 物品に対する有効な支配を企業が保持しないこと
  • 収益および原価の額が信頼性をもって測定可能であること
  • 経済的便益が企業に流入する可能性が高いこと

従って、IFRSの適用に当たっては、商品売買契約の内容について個別に吟味する必要があります。一般に、重要なリスクと経済価値の移転は出荷時ではなく、顧客への商品の到着時や検収時になることが多いと考えられ、その場合、出荷基準による収益認識はできないこととなります。

(2)お中元・お歳暮

同様の論点として、お中元・お歳暮の売上の計上時期も挙げられます。お中元・お歳暮は、店頭で注文を受ける際に代金を受領しているケースがほとんどであることから、出荷基準よりさらに早い受注段階で収益を計上している企業が多いと思われます。IFRSを適用し、着荷基準を採用した場合、受取人にいつ商品が届いたのかを把握しなければならず、非常に煩雑な実務対応を求められる可能性があります。

(3)クーリングオフの扱い

商品売買契約上、買い手が契約を解除し、当該商品を返品する権利(クーリングオフ)を有することがあります。このような場合、商品の納入時点で収益を計上し、返品された時に収益を取り消している企業があると思われます。IFRSでは、返品の可能性を信頼性をもって見積もることができない場合、出荷あるいは検収時には重要なリスクが移転していないと見なされ、買い手が購入意思を示すか、クーリングオフ期間の終了など返品されないことが明確になるまで収益認識ができないことになります。

(4)総額表示と純額表示

百貨店やスーパーマーケットなどでは、商品が顧客に販売されると同時に仕入れ先からの商品仕入が計上される、いわゆる消化仕入(売上計算仕入ともいう)と呼ばれる商品売買契約を仕入れ先と締結することがあります。消化仕入契約においては、百貨店などは商品の価格変動リスクや保管リスクを通常は負いません。IFRSでは、こうした売上について総額表示とするか純額表示とするかは、企業が本人として取引を行っているのか、代理人として行っているのかで判断するとしています。消化仕入に関しては、顧客への販売代金を売上高として計上するとともに、仕入れ先からの仕入れ代金を売上原価として総額表示している企業が多いと思われます。しかし、商品販売に伴う重要なリスクにさらされておらず、経済価値も有していない取引については代理人取引と判断し、商品の販売代金と仕入れ代金の差額を手数料収入として計上する純額表示とすることが適切と考えられます。

(5)値引き・リベート

小売業界においては、その流通過程で、さまざまな商慣行が存在しています。得意先が、あらかじめ契約により定めた量や金額を超えた仕入れを一定の期間に行った場合、得意先に対してリベートを支払うことがあります。この性格をどうとらえるかによって、リベートを売上高から控除している企業と、販売費として処理している企業があります。IFRSでは、収益は受領した、または受領可能な公正価値、すなわち値引き・リベート額の控除後の金額で測定しなければなりません。値引き・リベート額を過去の実績などに基づいて期末時点で合理的に算定できる限りでは、それが得意先における販売促進費などの経費の補てんであることが明らかな場合を除き、売上高からの控除が適切と思われます。なお、値引き・リベート額が合理的に算定できない場合は、収益を信頼性をもって測定できないため、販売時点で収益認識できないと考えられます。

2. 棚卸資産の評価(IAS2号)

(1)売価還元法・最終仕入原価法

多くの百貨店やスーパーマーケットにおいては、売価還元法によって棚卸資産の評価を行っています。IFRSでは、売価還元法はその適用結果が原価と近似する場合にのみ簡便法として認められているため、実務上は原価と近似していることをどのように立証するのかという非常に悩ましい問題が生じます。また、生鮮食品などについて最終仕入原価法を採用している場合、IFRS上、小売業においては適用が認められていないので留意が必要です。

(2)簿価切下額の戻入れ

日本基準では評価減の戻入れに関して洗替法と切放法の両方が認められていますが、IFRSでは正味実現可能価額の評価は毎期行うこととされており、結果として洗替法のみが認められています。

3. 引当金(IAS37号、IFRIC13号)

(1)ポイント引当金

大手家電量販店などにおいては、顧客囲い込みの一環として他社との差別化のためにポイントを付与しており、ポイント発行残高は増加傾向にあります。ポイントは、発行元の家電量販店などでの商品購入の際、現金同様に使用できる権利などを有しています。実務上、発行ポイントの会計処理方法としては、次のいずれかを採用しています。

  • ポイントを発行した時点で費用処理(または売上のマイナス処理)
  • ポイントが使用された時点で費用処理するとともに、期末に未使用ポイント残高に対して過去の実績などを勘案して引当処理
  • ポイントが使用された時点で費用処理(期末の未使用ポイント残高は引当計上しない)

IFRSでは、このようなポイントサービスをカスタマー・ロイヤルティー・プログラムと呼びます。ポイントは、当初販売時に引き渡された商品またはサービスに直接関連する費用ではなく、将来、引き渡される別個の商品またはサービスであると見なし、当初販売取引の別個の構成要素として認識することを求めています。すなわち、販売時点において販売金額を、①付与されたポイントに見合う額を控除した金額、②付与されたポイントの価値に見合う額に分解し、①の金額を収益計上する一方で、②の金額は実際にポイントが使用されるまで負債(繰延収益)として計上することとされています。繰延収益はポイントの公正価値で評価されるため、これをどう見積もるかという難しい問題が生じます。

(2)商品券回収損引当金

百貨店などが販売する商品券は、実際に使用され、商品を引き渡した時に収益計上するのが一般的です。このような場合、未使用の商品券は負債に計上され続けますが、実務上は法人税法の取扱いに準拠して、会計上も商品券の販売年度終了の翌日から3年を経過した日に負債計上を中止し、収益計上することが広く行われています。このように、収益に計上された後も引き続き顧客は商品券を使用できるため、百貨店などは負債計上を中止した商品券に対して将来、使用が見込まれる額を商品券回収損引当金として計上しています。IFRSでは、このような法人税法に準拠した会計処理は認められないので留意が必要です。

4. 固定資産・リース(IAS16号、17号、23号、36号など)

(1)減価償却

多くの企業においては実務上、明らかに不合理であると認められる場合を除き、法人税法の規定を参照した上で耐用年数を決定しています。IFRSでは、耐用年数は企業が当該資産を使用すると予想される期間、もしくは当該資産から得られると予想される生産数または類似単位数とされていることから、実際の使用期間の見積りが必要となり、法人税法のみに基づく決定は認められません。百貨店などでは営業政策上、定期的なリニューアルが行われますが、耐用年数の見積りに、こうしたリニューアルを織り込む必要があります。また、IFRSでは、残存価額、耐用年数、減価償却方法を少なくとも各事業年度末に見直す必要があることにも留意が必要です。

(2)固定資産の減損

日本基準では、まず簿価と割引前キャッシュ・フロー(CF)を比較し、割引前CFが簿価を下回らない限り、減損損失を認識しません。IFRSでは、減損の兆候がある資産の回収可能価額と簿価を比較し、回収可能価額が簿価を下回った部分を減損損失として認識しますが、回収可能価額のうち使用価値は割引後CFで算定されるため、日本基準よりも減損損失の計上の可能性が高くなります。また、IFRSでは、のれんを除く資産の減損損失の戻入れを検討するため、留意が必要です。

(3)借入費用の資産化

一口に小売業といっても、大規模小売店舗である百貨店からドラッグストアなどの小規模のものまで、さまざまな業態がありますが、中には建設に相当の期間と多額の資金を要する場合があります。日本基準では、自家建設の固定資産に関して、借入資金に係る支払利息を資産化できるとされています。IFRSでは、適格資産の取得、建設または製造を直接の発生原因とする借入費用は当該資産の取得原価の一部として資産化しなければならず、適格資産と直接的な関係が識別できない借入費用も、資産化率を用いて資産化しなければなりません。一般目的借入金が含まれる点や、資産化すべき借入費用の範囲なども相違しているため、留意が必要です。

(4)資産除去債務

小売業においては、多店舗展開するため賃借物件を活用するケースが多く見られ、退店する際の賃借契約に基づく原状回復費用を見積計上することが会計上の問題となります。日本基準でも、平成22年4月1日以降開始する事業年度から、企業会計基準第18号「資産除去債務に関する会計基準」に基づき、原状回復義務に伴う資産除去債務の計上が求められますが、その範囲や測定がIFRSと異なっているため、留意が必要です。IFRSでは、有形固定資産に含めるべき資産除去費用や原状回復費用の見積額は有形固定資産の取得原価を構成し、資産除去債務の計算に当たって貨幣の時間価値に重要性がある場合は、貨幣の時間価値と負債特有のリスクを反映した税引前割引率を使用して割引計算しなければなりません。また、CFの見積額や割引率など、資産除去債務の算定の基礎となる前提が変動した場合には、それを反映する必要があります。

(5)ファイナンス・リースの判定

日本基準では、ファイナンス・リースの判定においては、現在価値基準と経済的耐用年数基準の数値基準が示されています。IFRSでは、所有権の移転という法的・形式的な要件を問わず、店舗資産の所有に伴うリスクと経済価値のすべてが実質的に借り手に移転する場合、ファイナンス・リースとしてリース資産および負債の計上が必要とされます。また、日本基準で定められている300万円の重要性基準がIFRSにはないことにも留意が必要です。

III おわりに

以上、主要な論点に限って日本基準とIFRSの相違を見てきましたが、IFRSの導入は小売業に対し、関連する数多くの会計処理について日本基準からの大きな変更を強いる可能性があります。小売業における契約は複雑であり、IFRSの適用に当たっては、取引の実態、契約内容などを慎重に検討し、適切な会計処理を採用していくことが肝要と思われます。




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