アシュアランス
業種別IFRS解説

IFRS導入が海運業に与える影響について

2010.10
海運業研究会 公認会計士 佐藤洋平

I はじめに

本稿では、日本の海運会社が国際会計基準(IFRS)を適用する際の、主として外航海運業に特有と考えられる重要な論点を紹介します。なお、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。

II 個別論点

1. 収益認識(IAS第18号)

日本の海運会社では、収益認識基準として、積切出帆基準、航海完了基準、複合輸送進行基準、航海発生日割基準などが採用されています。しかし、IFRSでは、運送などの役務の提供について、取引の結果の見積りが可能ならば、次 の要件がすべて満たされる場合に、取引の進捗度に応じて認識されることとなっています。

  • 収益の額が信頼性をもって測定できる。
  • 経済的便益が企業に流入する可能性が高い。
  • 取引の進捗度が報告期間の期末日をもって測定できる。
  • 原価が信頼性をもって測定できる。

また、役務の提供について、取引の結果の見積りが不可能な場合には、費用が回収可能と認められる範囲でのみ収益を認識します。

従って、取引の進捗度が非常に低い出帆時点で収入額のすべてを収益として認識する積切出帆基準を採用している場合、原則として別の収益認識基準へ変更が必要になると考えられます。また、航海完了基準を採用している場合は再考の必要があると考えられます。

なお、本年6月に公開草案「顧客との契約における収益認識」が公表されており、履行義務に着目した新たなアプローチが提案されています。取引実態によっては大きな影響が生じる可能性もあるため、留意が必要です。

2. 機能通貨(IAS第21号)

機能通貨とは、企業が営業活動を行う主たる経済環境の通貨をいい、この「企業が営業活動を行う主たる経済環境」とは、通常、企業が主に現金を創出し支出する環境をいいます。

企業が機能通貨を決定するに当たっては、営業活動を構成する売上と仕入れの両面から要因を考慮する必要があります。

【売上に関連する通貨】
  • 財貨および役務の販売価格に大きく影響を与える通貨。多くの場合、財貨や役務の販売価格が表示され、決済される通貨が該当
  • ある国において競争相手や規制が存在することにより、それらが財貨と役務の販売価格を主に決定している場合には、当該国の通貨
【仕入れに関連する通貨】
  • 財貨や役務を提供するために費消される労務費、材料費、その他の原価に主に影響を与える通貨。多くの場合、当該原価が表示され、決済される通貨が該当

企業が前述の事項を検討しても、機能通貨を適切に決定できない場合、さらに次の要因を検討する必要があります。

  • 負債性金融商品や持分金融商品の発行といった財務活動により資金が調達される通貨
  • 営業活動からの受取金額が通常、留保される通貨

また、在外営業活動体の機能通貨を決定し、それが報告企業の機能通貨と同じであるかについて判断する場合、次の事項を追加的に考慮します。

  • 在外営業活動体の活動が、かなりの程度の自主性をもって営まれているか、または報告企業の延長線上で営まれているか
  • 在外営業活動体の活動に占める報告企業との取引の割合
  • 在外営業活動体からのキャッシュ・フローが、報告企業のキャッシュ・フローに直接の影響を与えるか、また報告企業にすぐに送金できるようになっているか
  • 在外営業活動体からのキャッシュ・フローが、報告企業による資金援助がなくても、既存の、および通常予定される債務の返済原資として十分か

以上の事項を検討しても機能通貨が明確に決定できない場合には、経営者の判断により、基本となる取引、事象および状態の経済的効果を最も忠実に表す機能通貨を決定する必要があります。

日本基準には機能通貨という概念がないため、連結グループ各社の個別財務諸表は、所在地国の法定財務諸表で求められる通貨での記帳を前提にしていると考えられます。しかし、IFRSでは各社の機能通貨での記帳が明確に定められています。

海運会社においては、運賃・貸船料の決定や授受などが米ドルで行われることが多いため、日本の海運会社でも、米ドルを機能通貨として採用すべきかについて慎重に検討する必要があります。

なお、最終的な財務諸表の表示通貨は、必ずしも機能通貨と同一である必要はありません。通貨が異なる場合、機能通貨で記帳された機能通貨建ての財務諸表を表示通貨に換算することになります。

3. 傭船(ようせん)契約とリース取引(IAS第17号、IFRIC第4号)

(1)定期傭船契約とリース取引

日本の海運業会計の実務では、定期傭船契約はリース会計の対象外とされています。しかし、IFRSでは、ある契約がリースに該当するか、またはリースとしての性質を含むかを判断するに当たり、法的形式にかかわらず、契約により資産の使用権が移転しているかなどに着目することとされます。

ここで、定期傭船契約は一般に船舶賃貸借の要素と、船員の配乗などサービスの要素を含む取引と考えられるため、個々の契約の実質をとらえた結果、前者についてはリース会計の対象となることも想定されます。

(2)リース契約の会計処理

前述のとおり、定期傭船契約についてリースの性質が認識された場合、当該部分についてリース会計が適用されますが、これがファイナンスリースとオペレーティングリースのどちらに該当するかの判断が必要です。すなわち、ファイナンスリースとして判断された傭船契約は、通常のリース資産である船舶の売買取引と考えられるため、特にリース契約の借手側となる場合、大きな影響があると思われます。具体的には、借手側はリース期間の開始時点で、船舶を固定資産(リース資産)としてオンバランスし、その期間にわたって減価償却を行う会計処理になると考えられます。

なお、オペレーティングリースを含めた、すべてのリース取引について、貸借対照表(財政状態計算書)に計上するという処理が提案されています。2010年第3四半期に公開草案の公表が予定されているので、今後の動向に留意が必要です。

4. 有形固定資産(IAS第16号)

(1)有形固定資産の減価償却単位(コンポーネントアプローチ)

IFRSでは、有形固定資産の減価償却は、全体の取得原価に対して重要となる取得原価を持つ構成部分について、個別に実施しなければならないとされています。従って、特に船舶について、重要な構成部分を認識し、それぞれ使用見込みに応じた耐用年数や、便益の消費パターンに即した減価償却方法を検討する必要があります。海運会社にとって船舶は主要な資産であり、金額的重要性が高いため、大きな影響があると考えられます。

(2)残存価額

IFRSでは、資産の残存価額とは、耐用年数が到来した時点で予測される状況において、資産処分によって受領すると現時点で予想される、見積処分費用控除後の価額とされています。残存価額は、現時点までの使用状況を考慮し、耐用年数終了時点での資産の売却可能価額に基づき算定され、継続的な見直しが求められます。従って、海運会社では、例えば中古売船マーケット価格やスクラップ価格が著しく変動した場合、残存価額を見直すことが考えられます。

(3)耐用年数

IFRSでは、耐用年数は企業にとって資産を使用できると期待する期間であり、企業は取得原価から残存価額を控除した額である償却可能価額を、耐用年数にわたり規則的な方法で償却するとされています。従って、残存価額と同様、耐用年数についても継続的な見直しが必要とされます。

(4)減価償却方法

IFRSでは、使用される減価償却方法は、資産の将来の経済的便益に関する予測消費パターンを反映するものでなければなりません。現行の償却方法がIFRSに照らして妥当であるか、慎重に検討する必要があります。

なお、前述の残存価額、耐用年数、減価償却方法については、少なくとも各事業年度末には見直しを行い、変更があれば会計上の見積りの変更として会計処理を行う点に留意が必要です。

5. その他の論点

(1)定期検査費用の取扱い(IAS第37号)

日本基準では、船舶の定期検査費用に関して特段の規定はなく、各企業で独自の基準により、引当金の計上要件に当たるかなどを検討し、船舶特別修繕引当金を計上していると考えられます。つまり、引当金について債務性が求められておらず、船舶特別修繕引当金のような非債務性引当金の計上も認められています。

IFRSでは、非債務性引当金の計上はできません。有形固定資産の定期的な大規模検査に関する支出について、資産の認識要件を充足すれば、支出時点で資産として関連資産の帳簿価額に算入され、減価償却に含められることにより、当該資産の利用期間(次回の定期検査までの期間)にわたって費用化されます。

(2)借入費用の資産化(IAS第23号)

日本基準では、借入費用は「不動産開発事業を行う場合の支払利子の監査上の取扱いについて」(日本公認会計士協会業種別監査研究部会)において、一定の条件の下、支払利子を取得原価に算入できるとされています。これに対し、IFRSでは、適格資産(意図した使用または売却が可能となるまでに相当の期間を必要とする資産)の取得原価の一部を構成することとされています。

従って、海運会社の主要な資産である船舶について、新造船で竣しゅん工こうまでに相当な期間を要する場合、その借入費用(紐ひも付きのない借入に係る費用も含む)は船舶の取得原価に含めて処理されます。借入の利子を期間損益とし、船舶の取得原価に算入していない会社では、IFRS適用による影響が大きいと考えられます。

(3)デリバティブ取引(IAS第39号)

IFRSでは、金利スワップの特例処理および為替予約の振当処理は認められておらず、ヘッジ会計は公正価値ヘッジまたはキャッシュ・フロー・ヘッジにより会計処理されることとなっています。

日本基準では、ヘッジ全体が有効と評価され、ヘッジ会計の要件が満たされている場合、ヘッジ手段から生じる純損益のうち結果的に非有効となった部分についても繰延処理することができます。しかし、IFRSでは、非有効部分については、その他の包括利益ではなく、純損益として認識しなければならないとされています。

海運会社では、金利スワップや為替予約などのデリバティブによるヘッジ活動が頻繁に行われているため、IFRS適用による影響が大きいと考えられます。

(4)不利な契約(IAS第37号)

不利な契約とは、契約等による債務を履行するための不可避的な費用が、契約上見込まれる経済的便益の受取額を超過しているものをいいます。これらの契約によって生じる現在の債務は、引当金として認識しなければなりません。不利な契約とは、単に現在の価格を参照した場合、経済的に不利になるものを意味しているのではなく、契約に関して直接損失が発生するという点で不利になるものに限られます。傭船契約について、IFRS上の不利な契約に該当するものがないか、検討が必要と考えられます。

III おわりに

海運業は設備産業であり、また国際的に展開する役務提供型の事業であるため、IFRSの導入は、固定資産や収益認識、外貨建て取引の取扱いといった会計処理に大きな影響を与える可能性があります。IFRSの導入プロジェクトを立案・実施する際には、会計処理に与える影響の範囲や程度、選択可能な会計処理等を調査することが必要です。




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