概要
カナダでは公的説明責任のある企業(PAE)は、2011年12月31日に終了する事業年度以降より、IFRSに基づく連結財務諸表を作成し公表しなければならない。2011年は、カナダの会計制度に多くの変更が生じたが、PAEに対するIFRSの適用もその一つである。カナダ会計基準審議会(AcSB)が策定した新たな会計フレームワークは、IFRSの適用は任意であるものの、非公開企業にも適用される。IFRSの任意適用が非公開企業にまで拡張されることで、カナダにおけるIFRSに関わる関係者の裾野が拡大することになった。その結果、IFRSの適用という決定は、非常に大きな影響を及ぼすことになった。財務報告作成者、規制当局、会計・監査専門家、基準設定主体、アナリスト及び投資家など、会計及び財務報告に関与するすべての関係者は時間と労力を使ってIFRSを理解しなければならなかった。
しかし、米国SEC登録企業でもあるカナダの上場企業は、カナダの証券規制当局に提出する財務諸表に対して、IFRSの代わりに米国会計基準を適用することも容認されている。その結果、多くのこのような上場企業が米国会計基準に従って引き続き財務諸表を作成、あるいは米国会計基準の適用を選択している。本稿では、カナダにおけるIFRS移行時の経験、移行に際して直面した課題及び学んだ教訓について詳しく見ていくことにする。
変更の理由及び適用プロセス
カナダにおけるIFRSの適用は、多くのカナダの事業がグローバルな内容であるという実態、及びグローバル規模の資本競争においてカナダ固有の報告フレームワークでは、カナダのPAEが不利な立場に置かれるという大多数の考えに影響を受けて決定された。世界の資本市場に占めるカナダの割合はほんの僅かであるが、グローバルに認められた会計フレームワークを使用すれば国際資本市場の利用が増大し、長期的なコンプライアンス・コストが減少することになり、資本コストが減少することになる。
IFRSを適用したカナダの企業の大半が、IFRSを初度適用した年次財務諸表をすでに公表しているが、今後はじめてIFRSに基づいて報告を行なわなければならない大手上場企業も数多く存在する。特に注目すべきは、2011年11月1日にIFRSに移行したカナダの大手銀行が、IFRSを初度適用した2012年10月31日に終了する事業年度の年次財務諸表を、2012年12月に公表予定であることだ。
AcSBは2012年9月に、2011-2012年に関する年次報告書(AcSB報告書)8を公表したが、その中でIFRS適用戦略について振返っている。AcSB報告書では、「2011年12月決算の期末財務諸表及びその前の四半期報告書の作成は総じて順調に行われた。企業によっては、最後まで様々な問題を解決するために作成者及び監査人が大変な苦労を重ねることになった。しかし、IFRSへの移行は、カナダ資本市場の通常運営に目立った影響は与えなかった」と説明している。
IFRSを適用する際に直面した課題
カナダの企業が直面した課題の多くは、ITシステムの変更や限りある資源など他の国がIFRSへの移行過程で直面した課題と類似していた。移行の決定から、強制適用日までに、かなりの準備期間が設けられていたにもかかわらず、移行に向けて重要となる時期に、景気が落ち込んだため、緊急性の高い問題に資源と手当てが向けられてしまい、移行に向けた資源が制約された。
もう1つの課題が、これはIFRSを適用した他の国にも共通して言えることであるが、IFRSの規定を解釈するときに、どうしても従来のカナダの会計基準を基に解釈してしまう傾向があり、そうした傾向を抑える必要があったことである。IFRSと以前のカナダの会計基準の間には類似点もあれば相違点も存在する。両方の会計基準は、類似の概念フレームワークを基にしているために個々の基準のスタイルと様式が類似するなど、様々な類似点が見られる。実質的に類似している会計分野としては、棚卸資産、セグメント報告及び金融商品に関する多くの側面を挙げることができる。しかし、重要な相違点も数多く存在する。例えば、減損引当金は、2つのフレームワークではそれぞれに異なる方法で決定され測定される。一般的には、減損はIFRSの方が発生する頻度が高く、カナダの従来の会計基準では減損を戻し入れることはできない。もう一つの相違分野が、金融資産の認識の中止である。IFRSではリスク及び経済価値の評価が中止要件に含まれているが、カナダの従来の会計基準はそれとは大きく異なり、法的な移転に焦点を当てた中止要件が規定されていた。こうした相違により、カナダの企業は、IFRSへの移行時に重要な調整を行なわなければならなかった。
現在、多くの企業がIFRSに従って報告を行っているが、IFRSの適用に関する課題がすべて払拭されたわけではない。AcSB報告書ではそうした課題のいくつかについて触れている。表1にその要点をまとめている。
表1:AcSB報告書で説明しているIFRS適用時の課題及びIFRS財団が施した措置に関するEYの所見
AcSB報告書で説明している課題 | IFRS財団が施した措置 |
料金規制事業に関する会計処理 | |
|
この問題を解決するために、IASBは、ディスカッション・ペーパーを公表すべきか、暫定的なIFRSを短期間で策定すべきかなどをはじめ、料金規制事業に関する基準レベルでのプロジェクト計画の立案を検討している。 |
投資企業 | |
「カナダの投資企業はIFRS基準でまだ報告を行っていない。IFRSへの移行準備の初期段階で、AcSBは、投資企業の支配する投資先の会計処理を変更しなければならないことに重大な懸念を抱いた。AcSBは、投資企業のすべての投資について引き続き公正価値での報告ができるようにIFRSを改訂するプロジェクトの実施をIASBに要請し、そうせざるを得ないような事例を提示した」 | IASBは2012年10月に、IFRS第10号「連結財務諸表」の改訂を公表し、投資企業の定義を満たす企業に対する連結規定の例外措置を設けた。連結の例外措置により、投資企業は、子会社をIFRS第9号「金融商品」に従って純損益を通じて公正価値で会計処理しなければならない。 |
IFRS解釈指針委員会の役割 | |
「AcSBは、IFRS解釈指針委員会はIFRSの適用に関して非常に役立つ指針を提供していないため、ここ数年の活動に満足していない」 |
|
IFRS適用への反応及び教訓
IFRSの適用過程は非常に長く、多くの企業が多大な負担を強いられる。こうした先に触れた困難や課題が存在するにもかかわらず、IFRSを適用した企業の多くが、カナダのPAEにとってIFRSの適用は高品質かつグローバルに認められた会計フレームワークを有するという目標達成への最善のルートであったと今なお考えている。
カナダの企業は、2013年に強制適用になるIFRS第10号「連結財務諸表」、IFRS第11号「共同契約(ジョイント・アレンジメント)」、IFRS第12号「他の事業体への関与の開示」、IFRS第13号「公正価値測定」及びIAS第19号「従業員給付」の改訂版に伴う重要な会計上の変更、及び2015年にIFRS第9号が適用となった際に生じる一連の会計上の変更に向けて精力的に次の段階に進み始めている。
IFRSの適用及び今後も行われるIFRSの改訂に費やした努力のうち、まだはっきりと表面に出てきていない便益の1つが、一般的な財務報告向け会計基準及びその解釈指針さらにはその適用に対する関心の集中である。そうした分野に焦点が当てられることにより、より幅広い分野の利用者及びその他の関係者の会計基準及び財務諸表に対する理解が深まり、それは間違いなく、今後の財務報告の質に良い影響を与えることになるであろう。
- 8.出所: The AcSB website www.frascanada.ca.
本報告書は、The AcSB website で閲覧可能
Accounting Standards Board - ANNUAL REPORT FOR THE YEAR ENDED MARCH 31, 2012 (PDF)