世界の新規上場動向 - 2020年1月~6月

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EY Japan

2020年10月23日
カテゴリー IPOの動向

EY新日本有限責任監査法人
クロスボーダー上場支援オフィス
公認会計士 山本 竜大

クロスボーダー上場支援オフィスでは、世界のIPOの情報を提供し、日本企業の海外市場での上場等をサポートしてまいります。今後、益々増えていくクロスボーダー上場の一助になれば幸いです。

1. 世界のIPO市場の状況

ハイライト

2020年4~5月は、COVID-19の影響により南北アメリカ大陸とEMEIAの双方で前年同期に比べ新規上場は激減しましたが、アジア太平洋エリアでは小幅な減少にとどまりました。ボラティリティ水準が低下し市場心理が安定したことから、6月には3つのエリア全体でIPOが復調に向かいました。

6月にはIPOが相次いだにもかかわらず、2020年第2四半期は前年同期に比べ全エリアでIPO件数が減少し、南北アメリカ大陸とEMEIAでは調達額も減少しました。この結果、上海証券取引所の活況と史上最高額を調達したタイにおけるIPOに加え、米市場に上場する複数の中国企業による香港「回帰」上場の恩恵を受けたアジア太平洋エリアを除いて、2020年上半期におけるエリア別のIPO活動は前年同期比で減少しました。

南北アメリカ大陸では、新型コロナウイルス感染症の蔓延は、2020年第2四半期のIPOにマイナスの影響を及ぼしました。しかし、6月に入るとIPOが力強い回復を見せ、2020年上半期には米国NASDAQが調達額で世界首位となりました。

アジア太平洋エリアでは、対前年比ではIPO件数及び調達額共に増加したものの、2020年第2四半期の件数は前年同期比で18%減少しました。一方調達額は28%増加しました。2020年上半期は、世界のトップ5の取引所のうち取引件数では4つ、調達額では3つがアジア太平洋エリアからランクインしました。

EMEIAでは、未曽有の市場ボラティリティ、とりわけ2020年第1四半期終盤のボラティリティは2020年第2四半期のEMEIAのIPOを大幅に減速させ、前年同期比で件数は66%、調達額は60%減少しました。2020年上半期は、世界のトップ10の取引所のうち、取引件数では2つ、調達額では3つがEMEIAからランクインしました。

見通し

各国政府は短期から中期のスパンで継続的に政策を打ち出し、上昇する失業率への対策として景気刺激策を講じていくでしょう。中央銀行による金融システムへの資金供給も実施される予定です。いずれの施策も、株式市場とIPO市場にとっては朗報と言えるでしょう。

COVID-19の影響で取引に遅れが生じているものの、主要な市場のIPOパイプラインは継続的に拡大しています。2020年下半期には、6月の堅調なパフォーマンスに支えられIPOのさらなる回復が見込まれます。ただし、依然として不確実性は残っており、COVID-19第2波の懸念、米中対立、ブレグジット交渉、米国大統領選挙、原油価格の低下によって、6月に復調を見せ始めた活気がそがれる可能性があります。

エリア別では、南北アメリカ大陸の経済やビジネス基盤への逆風はあるものの、株価及び評価額は好転しボラティリティ指数(VIX®)は低下しています。結果的に、2020年下半期にはよりIPO環境は上向きになるでしょう。

アジア太平洋エリアでは、2020年下半期は、米国市場に上場している中国企業による重複上場の増加に牽引され活動の活発化が見込まれます。一方、米中対立は引き続き市場ボラティリティを引き起こし、2020年下半期のIPOは不透明感が増すでしょう。

EMEIAでは、2020年下半期にはボラティリティが低下し、IPO活動が上向くと予想しています。しかし、2020年第3四半期にパンデミックが再拡大する場合、ボラティリティ指数が上昇しEMEIAのIPO市場は引き続き低迷する可能性があります。

IPOを目指す企業は、不測の事態を見越して準備を進めておく必要があります。

表1 主要エリア別上場件数・調達額(2020年1月~6月)

  資金調達額(前年同期比) IPO件数(前年同期比)
全世界
695億米ドル( 8%減) 419件(19%減)
EMEIA 101億米ドル(44%減) 68件(50%減)
南北アメリカ大陸 245億米ドル(30%減) 81件(30%減)
内)米国 223億米ドル(31%減) 64件(28%減)
アジア太平洋 349億米ドル(56%増) 270件( 2%増)
内)グレーターチャイナ 309億米ドル(30%増) 179件(74%増)

(出典:EY Global trends:Q2 2020)

2. 米国

ハイライト

2020年3月から5月にかけて米国のIPOはCOVID-19の影響を受けましたが、6月に入ってからは回復基調にあります。2020年上半期のIPOは、前年同期比で件数は28%、調達額は31%減少しました。

これには、5件のユニコーンIPOが含まれています。ヘルスケア企業は、市場ボラティリティのさなかにあっても順調に稼働を続け、2020年第2四半期にはIPO件数の60%、調達額の45%に相当する実績(24件のIPOで67憶米ドルを調達)をあげました。テクノロジーセクターは、2020年第2四半期に11件のIPOを通じて40憶米ドルを調達し、件数では全体の28%、調達額では全体の27%を占めて2位となりました。

市場ボラティリティをよそに、2020年第2四半期には中国本土と香港の企業9社を含む17件のクロスボーダーIPOが行われました。

見通し

多くのIPO市場では明るい兆しが出ています。株価と評価額の好転は、投資家心理やリスク選好が上向いていることを示しています。ボラティリティ指数(VIX®)は3月の高水準から大幅に低下し、上場予定企業が受入れ可能な水準に近付きつつあります。

2020年第2四半期に市場を牽引した複数のテクノロジー企業には高値が付けられ取引も好調でした。さらに、成長著しい大企業数社が最近上場を申請しIPOパイプラインに加わったことは、IPOに対する意欲が未だ衰えていないことを示唆しています。

米国大統領選挙の年は伝統的にIPOが上半期に集中する傾向がありますが、最近の市場ボラティリティが動因となり従来の選挙年よりも選挙戦の前後で多くのIPOが行われる可能性があります。

市場の混乱をよそに、SPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社)の上場は2019年の実績に並び、更には上回る勢いで増加しています。これらの案件は従来よりも大型で、著名なスポンサーがついています。この傾向は、今後多種多様な発行体がSPACを活用して上場を実現させる可能性を広げるでしょう。

表2 セクタートレンド(2020年1月~6月 上段:セクター/中段:調達額/下段:IPO件数)

全世界
テクノロジー
172億米ドル
87件
インダストリアルズ
96億米ドル
83件
ヘルスケア
159億米ドル
76件
南北アメリカ大陸 ヘルスケア
102億米ドル
35件
テクノロジー
48億米ドル
18件
インダストリアルズ
15億米ドル
5件
アジア太平洋 インダストリアルズ
81億米ドル
70件
テクノロジー
120億米ドル
56件
ヘルスケア
45億米ドル
28件

(出典:EY Global trends:Q2 2020)

3. アジア太平洋エリア

ハイライト

2020年、アジア太平洋エリアのIPO件数は2%、調達額は56%増加しました。

株式市場と経済はCOVID-19の影響を受けたものの、科創板(2019年7月開設)の盛況とHKExに重複上場した中国企業数による大型IPOが寄与し、2020年上半期の調達額は著しく増加しました。

さらに、良好なマクロ経済要因も資本市場を後押ししました。多数の中央銀行が資本市場に資金を供給し、IPOに投資しています。低金利環境の長期化に対する投資家の期待を受けて、長期保有可能なIPO株が増えていくでしょう。

2020年第2四半期に限定すると、一部の市場がCOVID-19の影響を受けたことにより、アジア太平洋エリアのIPO件数は前年同期比で18%減少しました。しかし、6月に実施されたIPOが平均以上の規模であったことから、調達額は28%増加しました。

2020年上半期は、世界のトップ10の取引所のうち、取引件数では6つ、調達額では4つがアジア太平洋エリアからランクインしました。

グレーターチャイナでは、2020年第2四半期の市場ボラティリティは、中国本土の取引所以上に香港の取引所のIPO件数に悪影響を及ぼしました。2020年上半期、グレーターチャイナ全体では前年同期比でIPO件数は29%、調達額は72%増加しました。

日本では、2020年上半期にIPO件数は17%、調達額は53%減少しました。これは主に、2011年第2四半期(件数:6件、調達額:89百万米ドル)以来最も低迷した2020年第2四半期の減速(件数:7件、調達額:79百万米ドル)に起因するもので、コロナ禍を回避するため2020年夏季五輪が延期されました。

オーストラリアとニュージーランドのIPOは、2019年上半期と比べて件数は41%、調達額は82%減少しました。上場企業による追加株式売却が際立った増加を見せています。

2020年第2四半期、ASEANのIPOは前年同期比で件数は63%、調達額は89%減少し大幅に減速しました。対前年比でASEANのIPO件数は12%減少しましたが、その一方でタイ史上最大のIPOが行われるなど活況を呈した2020年第1四半期に後押しされ、調達額は72%増加しました。

2020年上半期にIPO件数と調達額が最も多かったセクターは、製造業、テクノロジー、ヘルスケアでした。

見通し

米中対立が、米国IPO市場における中国株への投資に悪影響を及ぼす懸念があります。その一方で、米国が中国企業に対する規制強化に踏み出す姿勢を示していることから、中国本土と香港の証券取引所で重複上場が加速する可能性があります。

全体的に見通しは明るいでしょう。ただし、アジア太平洋エリアの市場は2020年下半期も引き続きCOVID-19の影響を受けることが予想されます。また、経済データや企業の財務結果の一部は予想を下回る可能性もあります。こうした要因に基づくIPO予定企業への低評価は、先行き不透明感を生み出すでしょう。

グレーターチャイナの経済は、急速に回復しています。好調なIPO市場、特にChina Concept Stockのセカンダリー上場とパイプラインに控えている他の大型案件を考慮すると、2020年の調達額は巨額になる可能性が高いでしょう。

日本では、2020年3~4月にCOVID-19の影響により18社が新規上場を見送り、マーケットは大きな影響を受けました。2020年全体で見ると、IPO活動は前年よりも若干減少し、パイプラインには小規模・中規模の企業が増えていくでしょう。

オーストラリアとニュージーランドでは、コロナ禍にあっても安定したビジネスモデルを実践している企業や、安定した成長を続けている企業には新規上場への門戸が大きく開かれていますが、その他の企業にとって2020年下半期のIPOは依然として厳しいものになるでしょう。

東南アジア全体では、スタートアップがIPOの中心となる見込みですが、2020年下半期に東南アジアの証券取引所で1~2件の大型IPOが実施される可能性があります。

他のアジア太平洋エリアのIPOは、各国の経済状況と政府の景気刺激策に左右されることになるでしょう。

IPO準備を進めている経営者は、柔軟なビジネスモデルの構築に努め、短期間でIPOできるよう準備を万全にし、株価形成の調整可能性を受容する必要があります。