世界の新規上場動向 - 2020年1月~9月

2021年1月25日
カテゴリー IPOの動向

EY新日本有限責任監査法人
クロスボーダー上場支援オフィス
公認会計士 若林 真喜子

1. 世界のIPO市場の状況

ハイライト

第3四半期は、一般的にIPO活動が停滞する傾向にあります。しかし、本年は、人々の移動の減少、在宅勤務の増加、市場の過剰流動性といった社会変化に直面する中で、米国の株式市場は次々と新記録を打ち立て、世界のIPO活動は急速な回復を見せました。

2020年第3四半期は、過去20年間の同時期における資金調達の最高額を更新し、IPO件数では2番目を記録しました。全世界の取引所で445件(前年同期比77%増)のIPOが実施され、計950億米ドル(前年同期比138%増)を調達しました。記録的な調達額達成の主因となったのは、過去20年間で最も活況を呈した8月と9月の結果と言っても過言ではないでしょう。

75億米ドルを調達し2020年第3四半期最大規模のIPOとなったのは、Semiconductor Manufacturing International Corp.でした。これは、科創板において、2019年7月の同市場開設以来最高額の資金を調達したIPOでもあります。

2020年第3四半期に実施された他のメガIPOの一つとして、NYSEで39億米ドルを調達したSnowflake Inc.があります。Snowflakeはまた、IPO価格の2倍の初値をつけ、現時点で本年度最大の時価総額を記録した企業となりました。

ロンドン証券取引所では、24億米ドルを調達したTHG Holdings plc(The Hut Group)が、2013年に上場したRoyal Mail Group plcを抜いて英国企業最大のIPOとなりました。NYSEでは、KE Holdings Inc.が24億米ドルを調達し、米国の証券取引所に新規上場した中国企業としては2018年のiQiYi, Inc.を超えて最大のIPOとなりました。中国企業のYum China Holdingsは、香港のメインマーケットで22億米ドルを調達しました。

Yum China Holdingsは、2019年第4四半期以降に香港で重複上場した8社のFPI(米国証券市場に上場している米国外企業)のうちの1社であり、この8社中5社の上場が9月に完了しました。

2020年第3四半期、世界のIPOを牽引したのは上海証券取引所、深セン証券取引所、NASDAQで、全体の54%にあたるIPOがこの3つの証券取引所で実施されました。2020年第3四半期に調達額で首位に立ったのは、全体の25%に相当する資金を調達した上海証券取引所で、2位のNYSEと3位のNASDAQは共に17%を占める結果となりました。上記4つの取引所で活発だったセクターは、テクノロジー、ヘルスケア、製造業でした。

2020年第3四半期におけるIPO市場の急成長により、第3四半期累計において、IPO市況は、南北アメリカ大陸とアジア太平洋エリアの市場で、前年同累計よりも高水準となっています。一方でEMEIAでは、2020年第3四半期累計のIPO件数及び調達額は前年同累計を下回っています。

2020年第3四半期累計で前年同累計と比較して、世界全体のIPO件数は14%増加し、調達額は43%増加しました。アジア太平洋エリアでは、取引件数が29%増加し、調達額は88%増加しました。南北アメリカ大陸でも、2020年第3四半期累計で取引件数は前年同累計と比較して18%増加し、調達額は33%増加しました。一方 EMEIAでは、取引件数は27%減少し、調達額は24%減少しました。

テクノロジー、製造業、ヘルスケアセクターが世界のIPO活動を主導しており、取引件数は62%、調達額は67%を占めています。

調達額では、2020年第3四半期累計で上海証券取引所が世界のIPO市場を牽引しており、NASDAQと香港証券取引所が続きました。取引件数では、上海証券取引所、NASDAQ、深セン証券取引所の3取引所が最も活動的な証券市場でした。

Semiconductor Manufacturing International Corp.が2020年第3四半期累計で上場が最大規模であり、上海の科創板において75億米ドルの資金調達に成功しました。またJD.com Inc.が45億米ドルの資金調達をして香港証券市場において上場しました。さらにBeijing-Shanghai High-Speed Railway Co., Ltd.が北京証券取引所で44億米ドルの資金調達を行って上場しました。

米中情勢の緊迫した状況が続いているにもかかわらず、86億米ドルの資金調達を行なった米国へのインバウンドクロスボーダーIPOのうち、中国本土企業の米国へのインバウンドIPOは全体で46社中23社を占めています。したがって、これは米国外企業による米国へのインバウンドクロスボーダーIPO取引件数の50%を占めていますが、2019年の47%を超える件数です。

2019年11月以来、米国FPIである5社の中国企業が香港証券取引所でも重複上場しました。それら5社のうち2社はそれぞれ6月と9月と過去4ヶ月間のうちに上場しました。

世界のIPOを牽引する南北アメリカ大陸とアジア太平洋エリアの2020年第3四半期累計は、米国とブラジルのIPOが好調であったことから、前年同累計を上回りました。南北アメリカ大陸の新規上場件数は18%、調達額は33%それぞれ増加しました。

アジア太平洋エリアのIPOは、対前年同期比で件数は29%、調達額は88%増加しました。中国政府の景気刺激策が生み出す流動性及び米中貿易摩擦により、グレーターチャイナ市場での新規上場または重複上場を選好する中国企業が増加しています。

EMEIAのIPO市場では、米中対立、英国のEU離脱、米国大統領選挙の先行き不透明感による影響のみならず、COVID-19パンデミックがもたらす影響が依然として続いています。2020年第3四半期累計は、前年同期比で件数は27%、調達額は24%それぞれ減少しました。

見通し

COVID-19パンデミック、米中の緊張関係、英国のEU離脱、米国大統領選挙から生じている不確実性から2020年第4四半期のボラティリティはますます高まると考えられるでしょう。

南北アメリカのIPOについては、やや弱含みな面はあるにしても、年末まで楽観できるでしょう。COVID-19パンデミックが引き続き経済に影響を及ぼしているにもかかわらず、株式市場の指標は、記録的な水準に達しています。ロックダウン下でIPOのパイプラインが積みあがっていたため、今回の大統領選挙付近のIPOは、前回の大統領選挙の時と比較して、より活況を呈すると考えられます。

アジア太平洋エリアでは、複数のメガIPOを背景に件数、調達額ともに2019年を優に超えるでしょう。しかしながら先行きについて、スローダウンするという見方があります。米国大統領選挙の結果にもよりますが、選挙の結果は、アジア太平洋エリア及びグローバルの資本市場にネガティブなインパクトを与え、結果的にIPO活動にも影響を与える可能性があります。

EMEIAでは、2020年第4四半期に向けて、突然の不安定要素(COVID-19)がそれ以前から存在している不安定要素(英国のEU離脱、米国大統領選挙、米中欧の貿易摩擦)に相次いだことで、今後の不透明感が高まり、潜在的なボラティリティが増しています。しかしながら、2020年の第4四半期でIPOの機会を伺う企業のパイプラインは堅調です。

セクター別では、テクノロジー、ヘルスケア、製造業が、今後も投資家により選好されるでしょう。加えて、現在の環境において生き延びる力を持ち、あるいは適応できる企業や、新たな標準(ニューノーム)に適合する企業も選ばれるでしょう。COVID- 19パンデミックの影響を大きく受けたセクターに属する企業は、新たな機会があるまで待つ必要があるかも知れません。

表1 主要エリア別上場件数・調達額(2020年1月~9月)

  資金調達額(前年同期比) IPO件数(前年同期比)
全世界
1,653億米ドル( 45%増) 872件(14%増)
EMEIA
176億米ドル( 17%減)
130件(24%減)
南北アメリカ大陸 624億米ドル( 33%増) 188件(18%増)
内)米国 555億米ドル( 25%増) 150件(18%増)
アジア太平洋 853億米ドル( 85%増) 554件(27%増)
内)グレーターチャイナ 782億米ドル(111%増) 394件(74%増)

(出典:EY Global trends:Q3 2020)

2. 米国

ハイライト

米国のIPO活動は、6月以降急速に活発化しています。2020年第3四半期は、IPO数が124%、調達額が182%増加し、前年同期を大幅に上回りました。

2020年第3四半期も引き続きヘルスケアが優勢であり、35件のIPOが行われ、全体のIPO件数の41%を占めました。テクノロジーは依然として調達額で最も大きい割合を占めており、2020年第3四半期において、全体の資金調達額の50%を占める164億米ドルを調達しました。

米国の証券取引所は外国企業にとって引き続き魅力的であり、2020年第3四半期に22件のクロスボーダーのIPOが行われました。米中の貿易摩擦にも関わらず、これらのクロスボーダーIPOの36%は中国企業によるものであり、クロスボーダーIPOの資金調達額の78%を占めています。

2020年第3四半期累計では18件のユニコーン(時価総額で10億米ドルを超える企業)のIPOが行われ、そのうち12件は2020年第3四半期にローンチされました。

見通し

米国のIPO市場における楽観主義は続いています。COVID-19パンデミックが続いているにもかかわらず、2020年第3四半期において、S&P 500インデックスは何度か史上最高値を更新し、IPOの初値も極めて好調でした。2020年第3四半期累計の資金調達額は、2014年以来の通年の最高水準に既に達しています。

歴史的に、大統領選挙の年における米国のIPO活動は、選挙の時期を避けて、上半期に集中する傾向がありましたが、2020年初頭の市場のボラティリティのために、多くのIPOの時期が2020年第3四半期まで延びました。更に、ロックダウン中にIPOのパイプラインが積みあがったため、選挙期間付近のIPOは過去の大統領選挙の年よりも多くなると予想されています。

SPACを通じたIPOは、2020年の年初から第3四半期までを通じて極めて活発に行われ、より大規模な取引が行われるようになり、知名度の高いスポンサーも関与しました。その結果、これまでSPACによるIPOは、概ね代替的な「プランB」オプションとして行われてきましたが、SPACによるIPOを中心に検討する発行体が増えています。

直接上場(ダイレクトリスティング)もまた、2020年9月末に2件の上場があり、株式公開のための魅力的な手段となっています。

表2 セクタートレンド(2020年1月~9月 上段:セクター/中段:調達額/下段:IPO件数)

全世界
テクノロジー
539億米ドル
210件
インダストリアルズ
233億米ドル
168件
ヘルスケア
333億米ドル
159件
南北アメリカ大陸
ヘルスケア
169億米ドル
71件
テクノロジー
223億米ドル
55件
インダストリアルズ
64億米ドル
14件
アジア太平洋 インダストリアルズ
159億米ドル
133件
テクノロジー
282億米ドル
124件
ヘルスケア
148億米ドル
69件

(出典:EY Global trends:Q3 2020)

3. アジア太平洋エリア

ハイライト

アジア太平洋エリアのIPO活動は、2020年第3四半期累計は、前年同累計比で、取引数(29%)及び資金調達額(88%)の双方共に増加しました。 2020年第3四半期のIPO活動も、前年同期間と比較して、取引数(71%)及び資金調達額(115%)の双方共増加しており、IPOを目指す企業にとり、アジア太平洋エリアの証券取引所での株式公開が絶好の機会となっています。このIPO活動の活性化には、COVID-19に関連する政府の施策も影響を与えていると考えられます

米中貿易摩擦及び今後の規制変更について不確実な状況があるため、米国の証券取引所に上場している一部の中国企業は、中国の資本市場から資金を得るために、グレーターチャイナの証券取引所に重複上場しました。

グレーターチャイナでは、2020年第3四半期の取引数と資金調達額は前年同期に比べてそれぞれ152%と139%増加しています。グレーターチャイナのIPO活動は、2008年の金融危機以降での歴史的な最高水準に到達するペースにあります。

日本では、2020年第3四半期のIPO活動は前年同期比で大幅に増加しています。前年同期と比較して、取引件数では67%、資金調達額は40%それぞれ増加しました。

オーストラリアとニュージーランドでは、2020年上半期に延期された上場案件が株式公開されたため、2020年第3四半期にIPO活動が活発化しました。これにより、2020年第3四半期のIPO件数は前年同期を上回りました。

ASEANでは、2020年第3四半期は前年同期と比較して取引数が15%減少し、資金調達額が44%減少しました。2020年第3四半期累計は、前年同累計比で、取引数は13%減少し、資金調達額は12%増加しました。

韓国では、2020年第3四半期に、2017年以来最大のIPOを記録しました。SK BiopharmaceuticalsCo.,Ltd.は2020年7月に7億9,200万米ドルを調達しました。パイプラインにはもっと大規模なIPO予定企業があるため、2020年の資金調達額は2017年以来の最高値に達する見込みです。

テクノロジー及び製造業は、2020年第3四半期も、取引数と資金調達額について引き続き好調でした。ヘルスケアの取引件数は少なかったものの、当セクターは資本市場からの資金調達額でその存在感を高めました。

見通し

複数のメガIPOが間近に予定され、規模ではそれらに次ぐIPOも2020年第4四半期にて複数ローンチが予定されているため、テクノロジーは、2020年第4四半期も引き続き熱気のあるセクターになると予想されます。

COVID-19パンデミックによる影響が景況に完全には反映されていないため、今後景気が減速するとの観測があります。米国大統領選挙後の米中関係も、2021年のアジア太平洋エリアの資本市場とIPO市場に対する市場心理に影響を与える可能性があります。

グレーターチャイナでは、政府の景気刺激策と、前評判の高い複数のメガIPOを含む堅調なIPOパイプラインがあるため、2020年の残りの期間を通じて、IPO活動は記録的な水準を維持する見込みです。

高評価されたIPO銘柄の高い初値は、市場のボラティリティにもかかわらず引き続き個人投資家の注目の的となりました。

日本では、IPO活動の回復は、2020年第4四半期から2021年上半期まで続くと予想されています。

オーストラリアとニュージーランドでは、IPOは2020年の残りの期間も引き続き厳しい状況です。COVID-19パンデミック期間中に底堅いビジネスモデルを示した企業、例えば、強力な成長ストーリーと上場目的を示すことができたヘルスケアやeコマースセクターは、上場に成功する可能性が高いと言えます。

ASEANについては、マレーシアでは全体的なIPO活動は着実に改善しましたが、インドネシアとタイでは、COVID-19パンデミックの経済的影響がより大きくなっています。その結果、地域全体の回復に長い時間がかかるかもしれません。しかし、インドネシアでは、強力なIPOが1件パイプラインにあり、2020年末までに5億米ドルを調達する可能性があります。また、タイでは、パイプラインに複数の大規模IPO案件があり、これらは2020年第4四半期に上場する可能性があります。