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EY Japan

2020年10月23日
カテゴリー IPOの動向

EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
公認会計士 髙橋 朗

1.「資本市場を通じた資金供給機能向上のための上場制度の見直し(市場区分再編に係る「第一次」制度改正事項)」の公表

JPXグループの東京証券取引所は、2020年7月29日に「資本市場を通じた資金供給機能向上のための上場制度の見直し(市場区分再編に係る「第一次」制度改正事項)」を公表しています。

本改正案は、新型コロナウイルス感染症の拡大が企業活動・企業業績に多大な影響を与えている現下の状況を踏まえ、新規上場の円滑化や上場後の中長期的な企業価値向上を促進するための環境整備を、市場区分の再編に係る第一次制度改正事項として速やかに実施するものとなっています。あわせて、財務状況に不安を抱える上場会社の資本政策・経営戦略の柔軟性向上のため、債務超過に係る上場廃止基準の見直しなど所要の制度整備も行われています。

2. 改正案の主な概要

(1) 新規上場等に係る形式基準の改正事項

本改正案における、新規上場等に係る形式基準の改正事項についてまとめたものが表1になります。

(i) 市場第一部への新規上場と他市場から市場第一部への昇格基準を「時価総額250億円以上」等に統一

現行制度においては、市場第一部に直接上場する場合の時価総額要件は250億円以上ですが、市場第二部から市場第一部への一部指定及びマザーズから市場第一部への市場変更(以下、「市場第一部への昇格」とする)の場合の時価総額要件は40億円以上と基準が緩和されていました。しかし、今回の改正案では、市場第一部への昇格時に適用されていた緩和要件は廃止される事となり、市場第一部への昇格時における時価総額の要件は250億円以上となり、市場第一部へ直接上場する場合の基準に統一されました。これは、2020年2月21日に公表された「新市場区分の概要等について」におけるプライム市場(仮称)の新たな基準を見据え、市場第一部銘柄への指定に係る各基準を共通化することで、上場後における中長期的な企業価値向上を促進するための環境整備を行う事を目的とした改正となっています。

(ii) 市場第一部への赤字上場の緩和

上場審査では実質基準において企業の継続性及び収益性が確認されますが、現状では市場第一部への赤字上場は難しい状況でした。しかし、今回の改正で、短期的な業績動向によらず、実質的な収益基盤や開示状況が確認される事になりました。具体的には、中長期的な企業価値向上のための投資により一時的に赤字を計上している場合には、当該投資の内容やそれを踏まえた企業全体の業績動向、今後の見通し等が勘案され、それらの内容が適切に開示されている事が確認できれば赤字であっても市場第一部へ上場できるように緩和されました。

表1 新規上場等に係る形式基準の改正事項

<市場第一部の新規上場、市場変更及び一部指定>

  項目
見直し後 見直し前
新規上場
一部指定 市場変更
流動性に関する形式基準 株主数
800人以上 2,200人以上 2,200人以上 マザーズ経由:新規上場又は一部指定のいずれかの基準を満たす

JASDAQ経由:新規上場と同一
流通株式
時価総額
100億円以上 10億円以上 20億円以上
時価総額 250億円以上 250億円以上 40億円以上
売買高 月平均200単位
経営成績・財政状態に関する形式基準 収益基盤
※いずれかを充足
最近2年間の利益合計25億円以上 最近2年間の利益合計5億円以上 最近2年間の利益合計5億円以上
売上高100億円かつ時価総額1,000億円 売上高100億円かつ時価総額500億円 売上高100億円かつ時価総額500億円
純資産の額
50億円以上 10億円 10億円

<市場第二部及びJASDAQスタンダートの新規上場>

  項目
見直し後 見直し前
市場第二部 JASDAQスタンダード
流動性に関する形式基準 株主数 400人以上 800人以上 200人以上
流通株式数
2,000単位以上 4,000単位以上
流通株式
時価総額
10億円以上 10億円以上 5億円以上
時価総額 20億円以上
ガバナンスに関する形式基準 流通株式
比率
25% 30%
経営成績・財政状態に関する形式基準 利益の額 最近1年1億円 最近2年5億円 最近1年1億円又は時価総額50億円以上
純資産の額 10億円 2億円

<マザーズ市場>

  項目
見直し後 見直し前
流動性に関する形式基準 株主数 150人以上 200人以上
流通株式数 1,000単位以上 2,000単位以上
時価総額
10億円以上

(出所)東京証券取引所「資本市場を通じた資金供給機能向上のための上場制度の見直しについて(市場区分の再編に係る第一次制度改正事項)」(2020年7月29日)を参考に記載しています。

(2) 債務超過に係る上場廃止基準等の見直し

(i) 改善に向けた計画の開示

上場会社が事業年度の末日に債務超過の状態となった場合は、早期改善の促進の観点からその改善に向けた計画を当該事業年度の末日から起算して3ヶ月以内に開示する事が求められるようになります。

(ii) 上場廃止基準等の見直し

上場会社が債務超過に関する上場廃止基準及び指定替え基準に抵触した場合であっても、以下のいずれかに該当するときは、上場廃止及び指定替えを行わないものとされます。

①時価総額が1,000億円以上の場合(前(i)の計画を適切に開示しているものに限る)
②法的整理、私的整理、地域経済活性化支援機構の再生支援により債務超過でなくなることを計画している場合

(3) 企業不祥事に対する実効性確保措置の見直し

①新規上場の申請書類に虚偽があった場合の上場廃止基準の見直し
上場会社が、新規上場申請及び上場審査において提出した書類に虚偽の記載があり、本来なら上場審査基準に適合していなかったことが明らかになった場合には、1年以内に新規上場審査に準じた上場適格性の審査に適合しなければ、上場を廃止する旨が明文化されました。
②特設注意指定銘柄制度における審査事項の明確化
不祥事等により特設注意市場銘柄に指定された上場会社に係る「改善の見込み」の審査においては、上場廃止に係る審査事項を明確化する趣旨から「再発防止に向けた改善計画の進捗状況」を勘案することが明確化されました。

3. 適用時期

本制度改正については、2020年11月1日に施行される予定です。新規上場等に係る形式基準の改正事項については、施行日以降の申請から適用され、債務超過に関する上場廃止基準等の見直しについては、施行日以後に終了する事業年度の末日において債務超過となる会社から適用される予定です。

4. 上場準備会社の対応

本改正案については、新型コロナウイルス感染症拡大により公表が遅れていましたが、今回の発表で2022年4月1日に予定している新市場区分への一斉移行の全体的なスケジュールについて変更は予定していない旨の公表がありました。冒頭にも記載のとおり、新型コロナウイルス感染症拡大による企業活動・企業業績に多大な影響を与える中、我が国経済の早期回復及び持続的成長に向けて、市場の健全性を強化しつつ、資金供給機能の向上を図るJPXグループの東京証券取引所の熱い思いを感じます。

本改正案では、市場第二部から市場第一部への一部指定及びマザーズから市場第一部への市場変更の場合の時価総額要件が250億円以上に統一される事で市場一部への昇格のハードルは高くなりますが、一方でマザーズや市場第二部への新規上場については、流動性基準の緩和により新規上場の裾野拡大が図られています。

上場準備会社においては、新規上場等に係る形式基準の改正事項を確認し、上場要件の充足状況を把握する必要があります。また、上場後の中長期的な企業価値の向上を見据えて事業活動を進める事が重要であると考えます。