サービス
ビジネスと人権・ニュースレター

第3号 【国際社会で強まる企業への監視の目】

「ビジネスと人権」分野において、現在、企業に対して重要な国際指針となっている原則の一つが 「ビジネスと人権に関する国連指導原則(以下「指導原則」)」であることに疑いの余地はないでしょう。EU加盟国は、指導原則実施のための「国家行動計画」の策定を開始しており、すでに、英国、オランダ、デンマーク、フィンランドが国家行動計画を公表、アメリカも、すでに計画策定のプロセスを開始しています。こうした中、 2011年に「指導原則」を全会一致で承認したスイス・ジュネーヴの国連人権理事会は、2015年7月、「ビジネスと人権」に関する新たな条約の起草について議論する初めての公式会合を開催しました。すでに、「指導原則」という国連の規範が存在する中で、なぜ、「ビジネスと人権」に関する新たな枠組み作り(条約化)が始まろうとしているのか、そして、日本企業に対して、この議論がどのような意味を持つのかについて、本号では解説します。

国連と「ビジネスと人権」:「指導原則」誕生をめぐる関係者の思惑

2011年、国連人権理事会による「指導原則」の承認は、国連史上画期的な出来事でした。国連加盟国が承認した「ビジネスと人権」に関する国際文書の中で、初めて、「企業の人権尊重責任」を明記した文書であったことに加え、世界各地域を代表する47カ国の理事国により「全会一致」で承認されたからです。こうして、企業は、国連の人権フォーラムにおける重要なステークホルダーの一員として公式に認知されることとなったのです。

しかし、企業の活動に対して、国連が高い関心を示すようになったのは、最近の話ではありません。先進国企業による途上国への進出が拡大していた1970年代、すでに、国連では、多国籍企業の活動の規制に関する議論が始まっていました。指導原則を承認した人権理事会の前身である人権委員会は、2003年、「人権に関する多国籍企業及び他の企業の責任に関する規範」と呼ばれる文書を公表します。これは、差別の禁止、労働者の権利といった人権課題から、環境、消費者問題に至るまで、企業に幅広く新たな国際的な義務を負わせることを示唆する内容となっていました。この枠組みを支持する途上国と慎重な立場を取る先進国との間での対立は先鋭化し、国連での議論は紛糾しました。

2005年、この膠着(こうちゃく)状態打開に向けて、ビジネスと人権に関する国連事務総長特別代表に任命されたのが、ジョン・ラギー ハーバード大教授でした。関係者間の合意形成を図るため、ラギー特別代表がこれまでとまったく別のアプローチとして提案したのが「指導原則」でした。 「指導原則」自体は、新たな法的枠組みではありません。むしろ、既存の国際人権法下の国家の義務、企業活動と関係する国際基準を明確化することを通じて、企業の社会的責任を明らかにしようとするものでした。こうして、国連は、「ビジネスと人権」に関して、初めて国際的な合意に達することができたのです。

国連の場で高まる企業に対する説明責任の要請

しかし、「指導原則」誕生から3年後の2014年、国連人権理事会は新たな決定をします。本テーマに関する「国際的法的文書策定(条約起草)」を前提としたオープンエンドの協議プロセスを開始することが、途上国側理事国の賛成多数(先進国の理事国は反対)で決定されたのです。多国籍企業の活動による人権侵害の防止および被害者の救済をより実効性のある形で担保するためには、新たに国際的な法的規制が必要である、というこれまでの途上国の主張が再び表面化したのです。

この第1回の会合は7月6日から10日にかけてジュネーブで開催されました。今回は、主にブレーンストーミングのようなセッションで、各国政府、企業、学識者、市民社会の代表が、新たな条約のスコープや中身ついて意見を交わしました。条約の対象となる企業の範囲および規制内容など、条約案がどのような形になるか、現時点で確たることは言えません。しかし、条約ができた場合、締約国は、ビジネスと人権に関する国内法整備や強化が求められることになると思われます。日本は、アメリカ、EUなどと協調し、今回の条約起草の協議に参加しませんでした。ビジネスと人権分野で、企業に新たな国際的規制を課す条約の必要性は現時点では認められない立場です。しかし、先進国の参加がなくても、条約案に関する国際交渉は進みます。

もちろん、こういった条約の有無にかかわらず、一部の国はビジネスと人権分野での法整備を進めています。すでに、EU域内の一定規模以上の企業は、自社の人権分野の取組みの情報開示が法的な要請となることが決定されています。

法規制がない場合でも、各企業は、人権方針の策定、人権デューデリジェンスの実施等、ステークホルダーと関与しつつ人権分野に対する取組みを深め、情報を開示することで、説明責任に関する社会の要請に応えていくことがますます求められてきます。全会一致で指導原則が承認された後も、市民社会は、企業活動による人権侵害、そして救済を受けられない被害者の事例について情報発信を続けています。ついては、日本企業に対しても、自社の事業活動に関係する人権面での取組を求める国際社会からの圧力は今後高まっていくでしょう。さらに、国連で議論が始まった条約が将来発効すると、条約を批准した途上国等での日本企業の事業活動も、人権分野において新たな法的規制を受けるようになる可能性もあります。条約起草過程において、国際社会は、企業が人権分野での説明責任を果たす取組を進めているか否かに注目するはずです。「指導原則」が、企業や政府の対応に何の変化も与えないと評価されれば、国連での議論は、企業への規制をより強める方向に振れる可能性もあります。「指導原則」を実効性のある形で実施できるか、今、まさに各企業の姿勢が問われていると言えます。

「人権報告フレームワーク」に完全に準拠したサステナビリティレポートが初めて公開

Reporting Framework and 
Implementation Guide本ニュースレターで以前ご紹介した、本年2月に公表された世界初の「人権報告フレームワーク」に完全に準拠する初めての報告書が、ユニリーバから公表されました(*1)。ユニリーバは、フレームワークに従って、差別、公平な賃金、強制労働、結社の自由、ハラスメント、健康と安全、土地の権利、労働時間の8つの人権課題を自社にとっての主要な人権課題として特定、そのプロセス、課題に対応するためどう取り組んでいるかを明らかにしています。今後、企業の人権分野における情報開示の一モデルとして注目されます。