ビジネスと人権・ニュースレター 第5号  CSRサプライチェーンにおける人権問題

2015年9月1日
カテゴリー ビジネスと人権

グローバル化の進展する中、企業は原材料を調達する際、品質・価格・納期だけでなく、サプライチェーンの労働者や地域住民に対する人権配慮状況を把握し、改善への影響力行使等の対応が必要となっています。世界では大手企業中心に、こうしたサプライチェーンにおける人権状況の把握や対応を強化する方向にありますが、急激な変化に臨機応変に対応する難しさも発生しています。今回は、企業のサプライチェーンにおける人権問題について、身近な食品に関する事例をご紹介します。

サプライチェーンにおける人権侵害(タイ水産業の事例)

タイの水産養殖業における強制労働に関連して、欧米の大手食品/小売企業に対し、これまでに消費者から複数の訴訟が提起されています。2015年8月にも、米カリフォルニア州において、大手食品企業に対する新たな集団訴訟が起こされました。原告は、調達過程での強制労働の事実を知らないまま大手食品/小売企業から製品を購入し、間接的に人権侵害に関与させられたと主張しています。これらの訴訟は国際的な注目を集め、企業は自社のサプライチェーンと人権方針の再検討を迫られています。

こうした人権課題が脚光を浴びるきっかけの一つとなったのが、2014年6月の英ガーディアン紙による、タイのエビ養殖業界における強制労働等の人権侵害に関する報道です。英ガーディアンの報道では、エビのエサを生産する業者が、洋上で操業する船で労働者を陸から孤立させた状態で、長時間の無給労働に加え、暴行や処刑すら行っていたとされます。被害者はミャンマーやカンボジア等周辺国出身で、タイの工場か建設現場での働き口を紹介されたはずが、人材仲介業者によって船上で強制労働させる業者に売り飛ばされたとされ、当該事例が強制労働だけでなく、移民労働者の問題など、多くの課題をはらんでいることがわかります。

米国務省が毎年発行する「人身取引(Trafficking in Persons)報告書」は、国別に人権侵害の深刻度をランク付けしています。タイは、2014年版から2年連続で、3段階中最低ランク(Tier3)に分類されています。エビの事例においては、タイの大手エビ養殖業者Charoen Pokphand(以下CP)が問題のエサを調達していたとされ、CPはWalmart、Costco、Tesco、Carrefour、Morrisons等の欧米大手スーパーマーケットにも卸しているとしています。報道を受け、Walmart、Costco及びTescoは、当該問題を認識した上で、サプライヤーを変更するのでなく、改善に向けて働きかける方法を取る旨を述べました。Carrefourは複雑なサプライチェーン末端まで把握しきれていないことを認めた上で、サプライヤーに対して監査を行う旨を述べています。他方、Morrisonsは、強制労働は自社の倫理ポリシーに違反するため、CPとの取引を停止する旨を述べています。なお、Tescoは、ガーディアン紙に寄稿した記事の中で、当該事象はどのサプライヤーを選ぶかの問題ではなく、タイからエビを調達するすべての企業が、タイのエビ養殖業においてこのような人権問題が起こっていることを考慮しなければならないとし、また今後も当該問題を無視するのではなく、国際機関やNGOと協力して取り組んでいく旨をコメントしています。各社のアプローチは異なりますが、各社とも自社の人権課題ととらえて対応しようとしています。

当該事例における業界イニシアティブ

タイのエビ輸出量は年間約50万トン(約73億ドル相当)で、日本は年間約1.2万トンを輸入しており、当該問題と無関係ではりません。今回の事例に関する報道では日本企業に対して直接の批判はありませんでしたが、今回批判対象となった欧米企業も各社対応が分かれる中で、日本企業はどのような対応を検討できるでしょうか。

当該事例に対しては2014年9月、英国小売等10社(ASDA、M&S、The Co-operative Food、Sainsbury's、Tesco、Waitrose、CP Foods UK等)が参加し、イニシアティブ「Project Issara」が立ち上がりました。強制労働からの救済、水産業における倫理的商品調達チャネルの開発等を目的に、官民協働で対応する動きです。プロジェクトには、エサ業者等へ影響力があるタイ水産輸出大手企業との対話、当該問題の専門家であるAnti-Slavery International、Faro Global、Emerging Markets Consultingによるサプライチェーンの労働者供給プロセスや管理プロセス等についての調査が含まれます。労働者が直接救済を求められるワーカーホットラインを、タイ語のみならず、移民労働者の母国語であるミャンマー語、ラオス語、クメール語で設置し、さらに国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿って移民労働者の人権課題に取り組む(事業者と市民社会団体との協働、被害者救済、継続的なサプライチェーンモニタリング等)としています。

日本企業は、自社単独でのサプライチェーン把握・管理を主眼に置いている企業が少なくないのが現状かと思われます。しかし、1社の予算・人材は限られ、また自社だけでは世界各地のサプライチェーンに影響力を行使することや、世界各地の現場を確認することは、困難が予想されます。 Project Issaraでは各参加企業が市民社会と協働し、継続的な被害者の救済処置を構築しています。国連「ビジネスと人権に関する指導原則」においても、企業は直接人権侵害を起こすことのみならず、他企業との取引関係を通じて人権侵害を引き起こす場合においても責任があるとしており、Project Issaraの活動は当該指導原則に沿ったものといえるでしょう。

今回の事例は、日本企業においても、CSR調達の実施計画策定、または事業に関する深刻な課題が発見された際には、自社単独での管理にとどまらず、外部機関や専門家との協働による多様な対応策を採用することにより、本質的な課題改善の重要性を示唆しています。

チームメンバーの紹介: 寺本 侑記

CCaSS東京チームの寺本は、Creating Shared Value、サプライチェーン、ビジネスと人権、サステナビリティ、統合報告等に関する業務に携わっています。
その他これまで、国内外金融機関の監査、内部統制構築支援、内部統制保証の業務経験があります。

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