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第6号 UK Modern Slavery Act 2015 (英国 現代奴隷法)

2015年3月、イギリス政府はModern Slavery Act 2015 (英国 現代奴隷法:以下「MSA2015」)を制定1し、イギリスにおいてビジネス活動を行う営利団体・企業のうち、年間の売上高が3600万ポンド(日本円でおよそ60億円)を超えるものに対して、自社の事業活動とサプライチェーンの取引で起こる現代奴隷と人身取引についての年次ステートメント(Slavery and Human Trafficking Statement)を公開する義務を課しました。この報告義務は同年10月から導入され、イギリス内務省の調査では、イギリス国内外合わせ1万2000社が対象になると言われています。10月29日には、本法律の実務的ガイド(a practical guide)2が英国政府から公表されました。本号ではMSA2015の具体的な内容と、この法律が企業に与える影響についても紹介していきたいと思います。

現代奴隷法の策定とその内容

現在もなお続く、「奴隷」状態に置かれた労働 - 「現代奴隷(Modern Slavery)」とは、人々が奴隷状態または隷属状態を強要されるといった拘束労働、児童労働、強制労働、人身取引等のことを指します。国際労働機関(ILO)は、2012年の調査で現代奴隷の犠牲者が世界で約2100万人に上り、現代奴隷によって生み出される違法利益は毎年推計1,500億ドルに達しているとしています3。また、2014年のイギリス政府の調査では、イギリス国内だけでも現代奴隷に該当する人々は、10,000~13,000人4いると報告されています。

2010年ごろから、イギリス国内も含めたNGOなどによって、この問題に取り組むための新しい包括的な法を求める動きが強まりました。イギリス政府も現代奴隷は世界的な組織犯罪であるとし、2014年には現代奴隷法案が提出され、2015年にはMSA2015が、サプライチェーンから現代奴隷と人身取引を排除することを目的としたヨーロッパ初の法律として成立しました。

MSA2015は、企業がSlavery and Human Trafficking Statementにおいて、(a)当該年度の自社の事業活動とサプライチェーンにおいて、現代奴隷と人身取引が行われていないことを保証する手段(方法)、もしくは(b)自社が対応をしていないことを表明する必要があるとしています。

MSA2015のSection54(5)では、対象となる企業がSlavery and Human Trafficking Statementに含み得る内容として以下の項目を例示しています。

  • a. 企業の組織構成、事業内容、サプライチェーンとの関係
  • b. 現代奴隷と人身売買についての関連方針、規定
  • c. 事業活動とサプライチェーンにおける現代奴隷と人身売買についてのデューデリジェンスの工程
  • d. 現代奴隷と人身売買のリスクが懸念される地域での事業活動と サプライチェーンでのリスク評価とリスクマネジメントの情報、またその手順
  • e. 自社内の企業活動とサプライチェーンに現代奴隷と人身売買が発生していない場合、その判断に妥当性があることを示す情報
  • f. 従業員に対する現代奴隷と人身売買防止についての研修

報告書はウェブサイトにリンクを貼るなどして情報公開し、社会に対し説明責任を果たすことが求められています。また、報告書は最高責任者またはそれに準じる経営レベルでの役員会等の承認が必要となります。

MSA2015対象企業と今後の動き

MSA2015の適用対象企業は、イギリス国内外に本部が位置するか否かに関わらず、イギリスにおいて事業を行う、年間3600万ポンド以上の売上高を有している企業です。現在、イギリスで事業を展開している日本企業は約1,000社5があるとされています。適用対象企業はMSA2015への対応が必要となりますが、他方で、ガイドラインの中で、英国政府は本法律の運用には「常識的なアプローチ(common sense approach)」を適用し、英国内で「明白な事業の実体(demonstrable business presence)」がない企業は関連条項の適用を受けないとしています。また、「イギリスにおいて事業を行っているか」否かの最終裁定者(final arbiter)は英国の裁判所になります。

この法律は2015年10月29日に施行されました。本法律には情報公開を行わない企業に罰則を科すことのできる手続きを規定した条文も含まれています。経過措置として、2016年3月31日以降に終了する会計年度から、当該会計年度期間中の関連する取り組みの情報公開を求める本法律の規定が適用されることとなります。

イギリスでは既にCompany Act 2006(Strategic Report and Directors' Report)Regulations 2013(2013年上場企業によるナラティブ・レポーティング(記述情報開示)改正規則)6によって上場企業は人権に関する方針・実績を報告することが求められています。これにより2014年、EUでも約6000社を対象として2017年までに人権を含む非財務情報の公開を義務づけるEU指令が可決されました。このように、イギリスが起点となってEUに広がりを見せることとなった過去事例から見ても、今回のMSA2015と同様の法整備が他国や地域に波及していくことも予想されます。日本企業はこうした世界的な動向を見据えて、人権政策の方針と枠組み決定、そして国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に沿った人権デュー・ディリジェンスの活動を行い、その情報を開示していくことが求められていると言えます。

本法律の関連情報については、「ビジネスと人権・ニュースレター」等で引き続き情報発信をしていく予定です。Ernst & YoungのClimate Change & Sustainability Service(EY CCaSS)では、イギリスEYの専門家チームを含む各地の本分野の専門家と連携し、企業に与える影響や最新情報を情報提供・助言業務が可能です。また、現代奴隷と人身取引についての年次報告書の作成へのサービスもいたしますので、お気軽にお問い合わせください。

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チームメンバーの紹介: 大内 美枝子

写真Japan CCaSSチームの大内は、ビジネスと人権分野における調査研究や、企業の人権方針策定、人権デュー・ディリジェンスの仕組み構築・実施等の支援を行っています。EYに入所する前は独立行政法人国際協力機構の専門家としてアフリカ地域の中小企業、地場振興政策、ビジネス支援のため、各国政府・国際機関・企業・市民社会関係者と連携し、プロジェクトを運営、管理をした実務経験があります。ブラッドフォード大学開発プロジェクトマネジメント学修士持っており、日本語、英語・ポルトガル語での業務が可能です。